第5話 冥影円環 【逢引】
※ この物語は、最初の方だけ漫画にしてあります。
【漫画】 https://mangahack.com/comics/1482/episodes/9305
その夜、ヴァン・ガーディナの望み通りの姿でゼルダが中庭に赴くと、兄皇子は満足げに、感嘆さえして、ゼルダを綺麗だと褒めた。その割には、すぐ指導に入った。
「呪文は覚えてきたんだろうな? いいか、実演して見せてやるから真似てみろ」
ゼルダは神妙にうなずいた。死霊術師は術を操る姿を人に見せたがらないため、実演を伴う指導など、滅多なことでは受けられない。
「闇よ 冥き闇よ 我が破滅を願う心に集いて その在り処を蒼き月明りの薄闇に暴け ……」
ヴァン・ガーディナの呪文の詠唱は滑らかで澱みがなく、魔力の乗せ方も見事としか言い様がなく、ゼルダは息を詰め、その全ての手順を記憶に刻み込んだ。ゼルシアの皇子の真似など気が進まないと思っていたことも、術のあまりの見事さに、何処かへ吹き飛んでしまった。
「冥影円環!」
兄皇子の左眼が真紅に輝き、金色の光を放つ美しい文様の円環が、瞬時に拡大し、中庭の端辺りで、刹那の残像となり掻き消えた。
「ゼルダ、やれ」
ゼルダはうなずくと、地に指先を突いた。ヴァン・ガーディナはどうしていた――?
「闇よ 冥き闇よ 我が破滅を願う心に集いて その在り処を蒼き月明りの薄闇に暴け ……」
ゼルダはわずか、焦った。兄皇子ほどの澱みのなさで、魔力が呪文に乗ってこない。兄皇子の真似はできないのか、魔力においてか技術においてか、兄皇子に劣るということなのか。
「冥影円環!」
発動はしたものの、ゼルダの円環はようやくヴァン・ガーディナに届いた程度で、中庭の端までなど、到達しなかった。
「……く、そっ! 兄上、私はどうしてあなたに敵わないのですか! 魔力があなたのように乗らない!」
「なんだ、褒めてやろうと思ったのに。ゼルダ、何が不満だ――? 冥影円環は奥義と呼ばれる死霊術のひとつだぞ、発動しただけ満足しておけ」
言った後、ヴァン・ガーディナはふと、優越感をニヤニヤ笑いに織り込んで、クスクス笑いながら、ゼルダを見た。
「ああ、死霊術で他人に劣ると思ったこと、初めてなのか。おまえ、私に張り合うつもりなら――」
嬲りものにして、魔力の精度を上げてやろうかとのたまう。
悲惨な境遇にある死霊術師ほど傑出するとされているので、兄皇子の申し出は、必ずしも、理に適わないものではなかった。
「結構です!!」
絶対、不幸に見舞われるほど、格の高い死霊術を操れるなんて迷信だ。真実だとしたら、ヴァン・ガーディナの魔力の高さを説明できない。
「ゼルダ、私に跪いて敬意を示したら、とっておきの智慧を授けてやるよ」
ヴァン・ガーディナが何のつもりなのか、その瞳をじっと見て、測れないまま、ゼルダは従った。それを強いられるのは初めてのことでもなく、死霊術師として兄皇子はその要求にふさわしい上位者だった。すなわち、無償も同然の条件なのだ。
「たとえば、祭事などの折、群衆を狙って冥影円環を仕掛ければ、何が出来ると思う?」
ゼルダは視線を虚空に向け、考えを巡らせた。
「叛意のある者や刺客を突き止められる。皇族であれば、それにどれほどの意味があるか、わかるだろうな」
ゼルダが考えもしなかった、驚くべきその奥義の使い途は、疑いようもなく、術者を破滅から遠ざけるものだった。
「兄上、なぜ――? 冥影円環のことなど教えなければ、遥かに、私の命を絶ちやすかったはずです!」
ヴァン・ガーディナは後ろ手に、大理石の台座に手を突いて、怠慢な姿勢を取った。兄皇子が浮かべる優麗で艶やかな微笑みからは、到底、その考えは読み解けない。ただ、ゼルシアを彷彿とさせるので直視を避けて来たヴァン・ガーディナの風貌が、抜きん出て美しい麗容だと、ゼルダはにわかに気付いて動揺した。綺麗すぎて、誘われそうになる。
「冥影円環のことを教えたら、私がその気になって、おまえを殺せないとでも?」
ヴァン・ガーディナが左眼を真紅に輝かせ、ゼルダを支配するべく侵攻をかけてきた。戦慄して、その魔力に抗おうとするも、ゼルダは兄皇子の前に跪かされたまま、動けなくなっていた。兄皇子がゼルダの顎を取って、その瞳を見るよう、その魔力の影響を強く受けるよう仕向けた。
「支配印なしにそのザマで、私にどう抗う気だ、話にならないな。なんなら、私の支配印も与えてやろうか」