4-2a. お妃様は見た
「ねぇ、シルフィスぅ。アデリつまらないの。ゼルダ様ったら、最近、帰りが遅いわ」
ゼルダに贈られた綺麗な手まりをもてあそびながら、アデリシアが頬をふくらませた。
ぽーんと手まりを放って、シルフィスに取って、と言う。
ゼルダが見ていたら、「アデリ、シルフィスを侍女みたいに使わないの、めー!」と言うところだ。
もっとも、当のシルフィスは使われているというより、子供をあやしている気持ちだった。
シルフィスの目にも、アデリシアは可愛らしくて、笑ってくれると嬉しかった。
「ゼルダ様、大丈夫でしょうか。ルディア湾の上空に出た黒い十字架は、たぶん『死の逆十字』――冥門が開いたなら、術者は死んでしまうはずです――」
「死の逆十字!? スゴイわ、なんだかカッコイイ!」
にわかに興奮して、目を輝かせてアデリシアがはしゃいだ。
「シルフィスは魔法使いだもの、魔法には詳しいのね!? ゼルダ様の危機なのね!?」
神聖魔法と死霊術を一緒くたにするアデリシア、恐るべしだ。
「ゼルダ様の危機なんて、アデリ、妃として放っておけません! ぴーん! いいことを思いついたわ、ねぇ、シルフィス、領主館に差し入れを持って行かない!? シルフィスも行こう!? わぁい、ゼルダ様に愛妃弁当をお届けしましょうよ! ねぇ、シルフィス、卵ってどうやって焼くのか教えてー。卵焼きつくろう、卵焼き。あとは、イチゴ味のカキ氷がいいわよね♪」
アデリシアが善意なだけに、真夜中まで領主館に詰めてクタクタになって、それでも、卵焼きとカキ氷の差し入れを笑顔で受け取るだろうゼルダが、不憫かもしれない。ゼルダは喜ぶだろうし、アデリシアの精一杯だけれど、体はつらいだろうから。
「えっと、私も少し、献立を足しても……?」
「うん、シルフィスは何でも上手だもの、アデリもつまみたいわ♪ だから、卵焼きはアデリに譲ってね!」
脈絡のなさに吹きつつ、シルフィスはにっこり笑って頷いた。アデリシアは凄いと、シルフィスは思う。
やっぱり、卵焼きとカキ氷だけでも、何もないよりはゼルダも嬉しいだろう。領主館を約束もなく訪ねるなんて、シルフィスには畏れ多くて、発想さえ出来なかった。
いつも、してもらうばかり、与えてもらうばかりの受け身でいる。アデリシアのように、ゼルダのために何かしようと思える勇気を持てたら――
引っ込み思案なシルフィスには、優しくて天真爛漫なアデリシアが、憧れを伴って、羨ましかった。





