4-1d. 悪夢の夜【その微笑みを】
「――兄上、もう、起きられますか?」
「ゼルダ……?」
どうして、普段と変わらない様子のゼルダが傍にいるのか、ヴァン・ガーディナはひどく違和感を覚えた。夢か、襲ったと思ったのも。
「石榴の烙印、解いて頂けませんか? 施術されたままでは困ります」
「――あぁ、醜態を晒したな。悪かった。おいで、解いてやるよ」
「はい」
呪いを解くため傍に寄せたゼルダを、ヴァン・ガーディナはなんとなく、抱き寄せた。
「兄上?」
「おまえ、私を憎んでいないんだな」
ヴァン・ガーディナは花瓶のリンドウを数本手折って、ゼルダの栗色の髪に飾ると、微笑んで、優しく唇を合わせた。瞳の魔力で軽くゼルダの心を侵して、利き手をつかんだ。深めのキスに少し苦しげにしたゼルダの額や首筋にも、ヴァン・ガーディナは愛しむように、口付けては、痕を残した。
「兄上、こういうことはお妃様になさって下さい」
それに耐えながら、ゼルダが抗議した。妃にバレたら私の後宮が解散してしまいますと、涙目になっていて、ヴァン・ガーディナはくすくす笑った。
「おまえがいい」
絶句した後、ゼルダは深々と嘆息した。
「胸もない柔らかくもない私を相手にして、何が面白いんですか!」
「それは別に、面白くはないな。だから、最後まではしなかっただろう?」
「じゃあ、なんで!」
「おまえの声と表情がそそるんだよ。あまり絡むと、また襲いたくなるよ」
――げ。
「もぉ、わかりましたから、解いて下さいったら!」
「ん。解いてやるよ、おまえが、私を愛していると告白したらね」
支配者然とした優雅さで、微笑みさえ浮かべながら、容赦は一片たりとてない。
「~…!」
とても、ヴァン・ガーディナを直視はできず、ゼルダは目を逸らして従った。
「ガーディナ兄様、愛して、います――」
**――*――**
呪いを解いた後も、ヴァン・ガーディナは抱き寄せたゼルダを離したくないかのようだった。優しく、その横顔や額にキスをして、やや乱れた胸に抱き締めた。
酒が残っているのか、体温が高い。
「兄上、まだ酔っていらっしゃるんですか? 二日酔いで執務に当たれないと仰るなら、私が代行しますが」
「いや、……何だろう、迎え酒でも飲むかな」
「それは、やめて下さい!」
「ゼルダ、おまえが愛しいよ。愛している。邪魔してやるから、迅速かつ誠実に、執務を頑張りなさい」
――いつもは有能な兄皇子が、果てしなく、ぐだぐだだった。
「兄上、酔いが醒めたら、そのセリフ、死ぬほど後悔なさいますよ」
「つれないな」
ゼルダは嘆息すると、跪いて、兄皇子の衣装の裾でなく、手の甲に、忠誠を誓ってキスした。
「――ご満足ですか?」
立ち上がったゼルダが腰に手を当てて、めーと叱るような口調でそう聞くと、兄皇子はやや驚いた様子を見せた。
やがて、ヴァン・ガーディナが浮かべた微笑を、初めて、愛に満たされたような表情を、ゼルダは永遠に忘れないと思った。





