第4話 冥影円環
※ この物語は、最初の方だけ漫画にしてあります。
【漫画】 https://www.alphapolis.co.jp/manga/153000069/330480951
【表紙】谷空木まのみ様
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ライゼールに移り、ゼルダが領主館に初めて出仕した午後のことだった。
「ゼルダ」
兄皇子ヴァン・ガーディナが、ふいにゼルダの腕を引いた。
何かがゼルダの首筋を掠めて過ぎ、壁際の彫刻に突き立った。
短剣――
毒が塗られているのか、暗い緑色の液体が滴っていた。
「出会え! 刺客だ、殺しても構わん、逃がすな!」
ヴァン・ガーディナが呼ばわった。まさか、死ぬところだったのか。
「ゼルダ、冥影円環は使えないのか」
「――それは、習得していません。冥影円環など、物の役にも立たないでしょう?」
ゼルダが動揺を隠して答えると、嘲笑のような表情を浮かべたヴァン・ガーディナが、書棚から黒表紙の書物を抜き取った。
「ゼルダ、この程度の奥儀書を鵜呑みにしているのか」
帝国内で最も評価の高い、死霊術の奥儀書だ。ゼルダは途惑った。
「していますが」
奥儀書によれば、冥影円環は領域内に術者の破滅や死を願う者、すなわち邪悪な意思を持つ者が居る時に、術者にその存在を感知させる。しかし、肝心の領域が狭いのだ。せいぜい、腕を伸ばして届く範囲だった。そんな至近距離まで迫った刺客に気付いたところで、何の意味があるだろう? 方術の守護輪の方が、遥かに使える術だ。
「ゼルダ、奥儀書を著したエシャは、死霊術師としては凡庸な使い手だった。優れた死霊術師は奥儀の授受や呪文書の編纂などには興味を示さない。その為に、エシャ程度の術書が奥儀書として残るんだ。奥儀書はエシャを遥かに凌ぐ領域、威力で操れると慢心して読め、鵜呑みにするな」
ゼルダは驚いて、ヴァン・ガーディナを見た。
「兄上は、冥影円環の領域拡大を成し遂げたとでも――!?」
ヴァン・ガーディナは麗しく笑んで、造作もない事として、肯定した。
「私の最大瞬間領域は、あの辺りまでだな」
窓の外、郊外の小塔を指し示す。
「まさか!」
「建国帝ルディナ・リュードが具現した領域は皇都を覆うほどだったと、伝承にあるよ。知らないのか、ゼルダ」
「それは、御伽噺だとばかり……!」
ヴァン・ガーディナは呆れた顔をした。
「おまえ、よく、クレール戦役を生き延びたな。郊外まで届く冥影円環など、一瞬しか具現しないが、邸内の廊下に届く程度のものなら、そうだな――」
どれほど使える術かわかるだろうな? と、ヴァン・ガーディナが艶のある表情で、ゼルダに流し目をくれた。ヴァン・ガーディナは冥影円環で、刺客に感付いたのだ。
「私の魔力で二刻はいける。その都度、術を掛け直せば何刻でも。ゼルダ、そのままでは足手まといだ。今夜、冥影円環を仕込んでやる、礼装で中庭へ。私を待たせるなよ」
「礼装?」
「貴重な余暇をおまえに割いてやるんだ、目の保養にくらいなれ」
――ぶ!?
ゼルダは途惑いを隠せず、まじまじとヴァン・ガーディナを見た。
「礼装は柊式の桔梗、髪はジゼルの十六番。知らなければ私の侍従に結わせていいよ。そのままの姿で来たら、不敬罪で重い罰を与えるからな」