3-3d. 闇色の獣【絶対零度の囁き】
「夜風が気持ちいいな」
兄皇子が言うので、こくと頷いた。
こんな風なヴァン・ガーディナは珍しくて、もったいなくて、もう少し嬉しいままでいて欲しかったから、ゼルダは何も言わずに、兄皇子に言われるままに夜風を感じておとなしくしていた。
「ゼルダ、おまえは何も隠せないだろう? 父上は、だから、おまえに何も教えないだけだよ」
そうしたら、教えてくれたヴァン・ガーディナの言葉に、もちろん、ゼルダは納得がいかなかった。
「兄上、私が何を隠せないと仰るのですか? 必要なことなら、私は隠せます、きちんと隠します。私は、口堅いんですから」
途端に、ヴァン・ガーディナが腹抱えて笑った。
「失敬な!」
「ゼルダ、おまえ、私への恋心は、隠さなくていいものなわけか? おまえが私に懸想してるって、噂になってるのを知らないのか。隠せると言うなら、私が大好きでたまらないのを、まず隠してみなさい」
「な、何のことですか、隠すも隠さないも! 私があなたに懸想って、何なんですか! そんなの濡れ衣です! ちょっと、誰なんですか、そんな馬鹿なこと言い出したのは!」
それ、物凄くおかしいだろう、明らかに変態な兄皇子の方が迫ってるのに!
「声のトーンが高い。私と話す時、声色が可愛い、笑顔が妙に綺麗、総じて、私がいるだけでやたら嬉しそう」
がふ! げふ! ごふ! と、容赦のない立て続けの強打にぐろっきー状態になりながら、ゼルダが抗議した。
「ぬ、ぬぬ濡れ衣ですってば!!」
「私が言ったんじゃないよ、私も全く異論はないけどな。おまえ、衝撃的な態度だったぞ、今日は? 私が見ていない場所でもあの調子だったなら、一日で噂が広まっても何の不思議もないな」
ナンダッテー!
「ゼルダ、笑い事じゃないからな。いいか、父上が母上の裏切りを知っていると母上にバレたなら、この帝国は内乱を免れないだろう。父上にも母上にも、お一人では御し切れないほど危うい均衡の上に、今の帝国はかりそめの平和を保っているんだ。だから、父上こそがたぶん――」
ゼルシアを利用するだけ利用して、使い捨てるつもりでいるだろう。それが、ハーケンベルクの復讐なのだと、ヴァン・ガーディナは思う。
最初からそうだったわけではあるまい。先に、ハーケンベルクを裏切ったのはゼルシアなのだから。
それでも、だから、父は彼をもたぶん、むしろ当然に切り捨てるだろうとヴァン・ガーディナは思う。
アルディナン皇太子が死んだ時には、まだゼルシアに利用価値があったから。
彼まで死ねば、その母皇妃を利用できなくなるから。
だから、生かしたのだと、心の奥から、絶対零度の闇色の獣が囁く。
その囁きを受け入れまいと、ヴァン・ガーディナはしてこなかった。
考えてもいいことはないので、どうでもよかった。父が死ぬなと言ってくれた理由が、彼への愛情によろうが、よるまいが、父にとって、彼の命に価値があったことだけが、確かなことだ。
あとは、どうでもいいだろう。
父が後日、彼の命を奪うつもりであったとしても――
それが父の望みなら、それでいい。どうでもいい。
だが、どうしたことだろう。父は最愛のゼルダを彼に預けた。ゼルダを生かすも殺すも、彼次第にしたのだ。
彼が、ゼルダを陵辱したら? 取り返しのつかない傷を負わせたら?
父皇帝は、どうするのだろう。
「父上はたぶん? ――兄上?」
ゼルダは容姿も綺麗だし、時折、手籠めにしてしまいたくなる。
父皇帝が彼をどうするのか、確かめたくなる。
羨ましいのか、愛されるゼルダが?
「ねぇ、兄上? 父上は、アルディナン兄様やガーディナ兄様のことは信頼しておいでなのに、私だけ、愛して下さらない。どうしてなのかな……」
何か、世迷言を言っている。
「私は、そんなにみそっかすですか」
「うん」
あ。屋根にめり込んだ。面白いかも。
ヴァン・ガーディナはくすくす笑って、案外、嫉妬とは違う感情なのかなと思った。
ゼルダが彼の手の届かないところに行けないように、してやりたいのか。
手元につないで置きたいのか。
彼はゼルダが信じるほど、いいものじゃない。
残酷に傷つけて、その信頼を裏切って、ゼルダの翼をもいでしまいたい衝動に駆られるのだ。
「ゼルダ」
軽く肩を押して、組み敷いた。半泣きだったゼルダの表情に、緊張が走る。
「えっ……兄上、な、変態な真似はやめっ……!」
聞かず、肩から胸元にかけて、着衣を剥いでやる間にも、抵抗しようとしてバランスを崩してひゃっという顔になったり、うらめしげにヴァン・ガーディナを見てみたり、ゼルダなりに頑張って睨んでみたりと、初々しく、よく動く表情が、ヴァン・ガーディナを楽しませてくれ、誘惑した。
さすがに、男に組み敷かれるのは初めてなのだろう、なにしろ麗容の持ち主なので、鬼気迫る表情も綺麗で艶やかだ。
十五歳のゼルダは反応も瑞々しく、誰にも嬲られたことがないだろう肌は滑らかで、蹂躙しがいはあった。





