3-3a. 闇色の獣
月夜の屋根の上に、皇子様が仲良く並んで留まっているのって、何だかとてもへんな絵だった。猫も並んでいて、月明かりに浮かび上がるのは、可愛いながら、とても奇妙な絵だった。
「ねぇ、兄上」
にゃぎーにギタギタにされて血をだらだら流しながらも、子猫の取り分を死守したゼルダは、子猫を可愛がる手を止めて、兄皇子を見やった。綺麗な人だなと、この頃は、ことに思う。
「私がもし、代償に兄上のものになってもいいから、皇妃様の罪状を証言して欲しいと頼んだら……?」
「母上の? もちろん、お断りだよ」
ヴァン・ガーディナはお得意の、仮面の微笑みだ。ゼルダは深々と嘆息して、肩を落とした。
「そうでしょうね。もう、アルディナン兄様ったら、証言者にガーディナ兄様まで、含めてるんだから」
何か、含みのある口調で、ヴァン・ガーディナが答えた。
「それは、ゼルダ、おまえが頼むから断るんだよ。アルディナン兄様が頼むなら、断ったりしないな」
愕然として、ゼルダはヴァン・ガーディナを見た。
「兄上、何ですか、その差別は!!」
「アルディナン兄様が私に証言を頼んだのは、私を助命するためだ。私の証言など、母上を断罪するためには、兄上は必要とされていなかった。だが、おまえは攻めも守りも私に頼りきりで、話にならないな? 挙句に――」
左手でゼルダの肩をつかんだヴァン・ガーディナが、右手でゼルダの胸元を剥ぐようにした。
「何す……! ……っ……!!」
キス、何度され――
恐怖と、ひどく甘い感触に、ゼルダは喘ぎながらも、ヴァン・ガーディナの思うままになどさせまいとした。
「兄上、嬲らないで! やめて、ガーディナ兄様!!」
マズい、どうかしてしまう、体の芯が痺れて、言うこと聞かな――
「ゼルダ、二度と愚かなことを口走るな。支配印を与えた夜に、もう、おまえは私のものだと教えただろう? わからないなら、犯してわからせようか?」
「や、めて……!!」
「おまえなど、そうしたいと思えばいつでも、手籠めにしてやれる。魂さえ、私のものになる。出来ないと思うなら、してみせようか」
ゼルダは唇を噛んでかぶりを振った。出来る。ヴァン・ガーディナに出来ないなんて、思わない。
「おまえは、私に許されているだけなんだよ」
何が、ヴァン・ガーディナの逆鱗に触れたのだ。さしもの兄皇子も、いつもは、ここまで残酷じゃないのに。失う恐怖に、頭が回らな――
はっと、ゼルダは真っ直ぐに、ヴァン・ガーディナの瞳を見返した。失う恐怖を覚えているのは、どちらか。
「違う、あなたは、許してるんじゃない……! 兄上は、代償に私を失う、未熟な私を力で降せば、私が堕ちるから! 兄上は、私の堕落が許せないから! 今だって、私があなたの愛情に甘えようとしたから、お怒りになったんでしょう!」
ヴァン・ガーディナがようやく手を緩めた。
「何だゼルダ、たまには賢いな? それがわかるなら、許してやるよ」
兄皇子に許されて起き上がると、ゼルダはぐったりした気持ちで、深く息を吐いた。
「もぉ、兄上は手に負えないんだから……! ガーディナ兄様が抱きたいなんて言うから、気にしてたのに、あなたはつまり、抱かせるような私は許せないんでしょう!」
ヴァン・ガーディナが腹抱えて笑った。
「ゼルダ、そんなにすねなくても、そのうち抱いてやるよ」
「抱いていらない! 結構です!!」
くそう、理不尽なのに、優しい微笑みが綺麗で、何もかも許してしまうぅ~!
「ゼルダ、ご褒美に教えてやろう? アルディナン兄様は、父上とテッサリア様の事前の承認、軍部と有力諸侯の後援、皇妃の権威失墜を余儀なくさせる証言者、その全て、私を助命する手立てさえ、揃えておいでになった。母上に、言い逃れの術はないはずだった――」
当時、皇帝の動きは徹底的にマークしていたゼルシアも、二十歳も迎えない皇太子のことは、あまり警戒していなかったのだ。
皇帝に出来ないことさえ、皇太子がやってのけたのは、そのためだ。ゼルシアがそれと悟った時には、彼女は全てに包囲され、あらゆる逃げ道を封鎖されていた。
――それだけに、二番煎じは通用するまい。
今のゼルシアは皇帝に次いで、アルディナン皇太子と同腹のゼルダを警戒しているし、その暗殺も譲らない。
ゼルダが兄皇太子のやり方で、ゼルシアを追い詰めることは出来ないだろう。
追い詰められたゼルシアは、賭けに出た。
彼女にとって、誰もが彼女を断罪し、殺そうとする状況は、初めてのことではなかったから、彼女はなお、冷静だったろう。振り出しに戻っただけだ。
少女の頃、追い詰められたゼルシアは神殿を頼り、天使の住処と聞いたその場所でさえ、打ち据えられ、殺され掛けていたところをアーシャ皇妃に救われたのだ。
その出会いから十八年。
皇妃となったゼルシアは、ふたたび、密やかに神殿を訪ねた。そして、こう訴えた。





