表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪月花の物語  作者: 冴條玲
第三章 死霊術師
42/71

3-2c. 月夜渡り【どう、嬉しい?】

「どう、嬉しい?」


 ヴァン・ガーディナの肩で、子猫がなおぅとあくびした。


「な…に……してくれてんですか――!」


 抗議はほとんど悲鳴で、ゼルダは涙目だった。


「ご褒美だと言ったろう? なんだ、嬉しくないのか」

「嬉しかったら変態です!」


 ヴァン・ガーディナがくすっと笑って、にこにこしながらゼルダの肩に手を置いた。


「おまえ、立派に変態だから安心しなさい。傷の具合を見せてごらん」


 ――誰が、誰が立派に変態かァ! 兄弟なのに、自分がキスしておいて言う!?


「擦り傷だな、このくらいなら舐めておけば治るよ。舐めてやろうかと思ったけど、嬉しくないみたいだから、自分で舐めておきなさい」


 ――ぶっ。

 たいがいにして下さい。あ、たいがいにして下さったのか。


「兄上、お心遣い痛み入りますが。私は、こういうことは女性にされたいです! シルフィスとか、リディアージュとか!?」


 ヴァン・ガーディナが興味なさげな顔をして、子猫と戯れる。


「可愛くないゼルダなんて放っておいて、行こうか」

「えっ……あ、兄上、待って!」


 ゼルダがどんなに必死になっても、舞う蝶のようにひらり、ひらりと夜闇を渡って行くヴァン・ガーディナには追いつけない。見失いそうだった。


「待って! 兄上、ガーディナ兄様!」


 すがって、ようやく待ってくれた兄皇子に追いつくと、納得行かないのにどうしてなのか、ゼルダは謝ってしまった。


「あの、ごめんなさい……」


 それで、雰囲気を緩めたヴァン・ガーディナが、ゼルダを引き寄せた。


「ゼルダ、おまえ嬉しいか?」


 ――ぐっ。

 ねぇコレ、嬉しいって答えないといけないの?

 ゼルダはむくれながら、仕方なく、こくんと頷いた。頬が紅潮してしまう。

 ふふっと、兄皇子が笑った。


「変態だね、おまえ」


 ――どっちがぁあ!

 ゼルダを抱き寄せて、そのまま抱き締めるようにしたヴァン・ガーディナが、また、深くキスした。


「んっ……」


 マ、ズイ。骨抜きにされて、腕の力、入ら――……

 泣きたい。いくら、類稀な風貌の持ち主とはいえ、兄皇子に骨抜きにされるなんて、変態でしかない。妃にバレたら言い訳のしようがない。


「おまえ、この程度の代償なら支払えるくらい、私の傍にいたいんだな。いいよ、許してやる。可愛がってやるから、私に忠誠を誓いなさい。私を愛しているね、ゼルダ?」


 ――むぅう。

 威圧的な態度で臨まれるうちは、この兄皇子に本気で忠誠を誓おうなんて、思いもよらなかった。

 けれど、優しくされると弱いのだ。駄目なのだ。

 ゼルダがうらみがましい目をして、その割に素直に従うと、ヴァン・ガーディナは雪織りのケープを軽くさばき、また、夜を渡り始めた。


「おいで」


 ゼルダに優しいのはヴァン・ガーディナだけだ。それは、仕方がない。

 皇妃を敵に回すような皇子に肩入れすれば、なまじっかな者では、破滅するだけだから。ゼルダも、それがわかっているから、誰にも、優しくして欲しいなんて願わなかったのだ。

 クローヴィンスやマリにさえ、願えなかったのだ。

 それなのに――


 夜を舞うヴァン・ガーディナは幻想的で、雪織りのケープが淡く月光を揺らし、夢か幻のように綺麗だった。

 夜に限らない。

 陽光の下でも、ヴァン・ガーディナは聡明で優雅で、ゼルダの目には完璧な貴公子だ。本音は、憧れている。兄皇子のようになりたい。

 ゼルダの瞳が緋の燐光を帯び、棺の呪文が異様に速いのを見て、ヴァン・ガーディナが足を止めた。


「ゼルダ、どうした? 私にされたこと、そんなに、嫌だったのか? ――悪かったな、でも、おまえどうして、いつもそんなに我慢するんだ。嫌なら嫌だと言わないか?」


 ゼルダは唇を噛んで、かぶりを振った。

 ずっと、本当は――


「兄上、忘れて下さいますか……?」


 ヴァン・ガーディナに愛してもらえるなら、どんなに――


「リディアージュやシルフィスに守ってあげるよなんて、皇子様のふりをして約束する度に、怖くてたまらなくて……! 私は、シャンディナだって兄上だって守れなかったのに、騙しているのじゃないかって!」


 なんて、悪夢だろう。

 ヴァン・ガーディナを信じてはならないと、支えにしてはならないと、ずっと、自戒してきたのに。

 本当は、助けて欲しかった。彼自身よりも、愛する妃と子を。

 リディアージュだって手元に置きたい。寂しい思いも、つらい思いも、させていたくないのに。いつになったらエルディナスを抱けるのだろう。


「寂しくて、死にそうだったからって! そんなの、私が死ねばよかっ――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ