3-2b. 月夜渡り【ご褒美】
極意とか、奥義とかいう言葉の意味を思い知る。
ゼルダとて、一通りの死霊術は修了しており、あまつさえ、稀に優秀な死霊術師との誉れを欲しいままにしてきたのだ。それでも、ヴァン・ガーディナとは比肩するべくもない。
初日に威力を拡大するという考え方を教わったけれど、今夜は真逆のやり方だ。極小の効果にして行使する術を隠し、魔力の消耗も呪文の詠唱にかかる時間も抑えて、涼しい顔で夜空を渡る――
ヴァン・ガーディナは思いのままに、翼があるか、猫の化身かのしなやかさで月夜の闇を渡って行く。
けれど、本来それは、方法を知っていたとしても至難の技なのだ。
ゼルダは緊張した面持ちで、具現させた棺に足をかけてみた。
棺の呪文は本来、死者を凍る亜空間に閉じ込め、綺麗なまま、生前の姿そのままに埋葬するための死霊術だ。生者を閉じ込めれば凍死するため、攻撃呪文としても、使われることがある。
けれど、足場にしようなどと、誰が最初に考えたのだろう。
うっかり、棺に呑み込まれたら死んでしまうし、死霊術の棺って、具現したその時だけでなく、宙に浮いた状態を維持できるのか。
「あ、出来た。ねぇ、兄上、見てました!? ほら、私にだって出来ました! ねぇ!」
見上げれば、ヴァン・ガーディナときたらゼルダなんて見ていなくて、子猫にエサをやっていたりした。子猫がにゃーにゃー、ヴァン・ガーディナの手に頭をこすりつけていて、この上なく可愛らしい。
う、羨ましい。
「あぁ、兄上ばっかり! 私も、私もやりたいです!」
「おまえ、猫だと思ってがっかりしたくせに、可愛がるのは可愛がりたいのか」
「それはそれ、これはこれでしょう!」
ヴァン・ガーディナが麗しく笑った。
「じゃあ、さっさとここまで来なさい。さっさとしないと足場が消えるぞ?」
「あ゛。」
べしゃっ、とかなった。
高級な衣装を汚すな愚か者とか言われた。弟皇子より衣装の心配された。
――く、くそう!
結局、ゼルダは塀の上まで跳び移ったところで、ヴァン・ガーディナの手を借りて、屋根の上に引き上げてもらった。
「ねぇ、兄上。私も、可愛い猫にエサをやりたいです」
「満腹だよ、もう」
ゼルダ、ややしょんぼり。
そんな気はしていたのだ。でも、とてもガッカリした。
こうして、子猫の可愛らしさを見せつけられると、途端に、自分も私邸で猫を飼いたくなるゼルダなのだった。
兄皇子にばかりなついてズルい。
自分もあんな風になつかれたい。
あろうことか、肩乗りだなんて!
羨ましすぎるよ!?
くっ、とかやってたゼルダの顎を、ヴァン・ガーディナがくいっと取った。
「また、からかおうとして! もう、その手には――」
「ゼルダ、ちゃんとついて来たな? ご褒美をあげるから、ガッカリするのはよしなさい」
――え?
ヴァン・ガーディナが羽織る紗のケープが夜風に揺れて、雪のような風合いのその紗が、幻想的に月明かりを散らしていた。





