3-1d. 死霊術師【たとえ、魂は殺されても】
ヴァン・ガーディナは少し不思議な気持ちで、斜向かいの席で紅茶を飲む、彼の視線に気付けば微笑むゼルダを眺めた。
「――いずれにしても、そんなこと、おまえが気にすることじゃない。アーシャ様が亡くなられた時、私が命を絶っていれば、兄上まで犠牲になることはなかったんだ。おまえに言われた通り、私が兄上を死に追いやった。あげくに、まだ、のうのうと生きているんだから」
ゼルダがびっくりした顔で、彼を凝視した。何を驚くのだろう?
「そんな、私はそんなつもりで兄上をなじったわけじゃない! 私はただ、兄上が皇太子になんてなりたくないと、ゼルシア様に言って下さったらよかったのにと、その、さっきまで思っていたから……! だって、ゼルシア様があなたを傷つける真似をするなんて、思わないでしょう!? ゼルシア様はなぜ、兄上の痛みを斟酌なさらないのですか」
「知らないよ、私は母上じゃないからな……でも、そうだな、たぶん……母上の思惑と違うからじゃないか? 私は母上しか知らない、そういうものだと思っていたけど、アーシャ様は違ったな。私がアーシャ様の思惑と違うことを望んでも、叶えて下さった」
「兄上、それは当たり前です。失礼ですが、ゼルシア様がおかしいんです!」
ヴァン・ガーディナは途端に吹き出した。
「ゼルダ、おまえだってアーシャ様しか知らないだろう? アーシャ様がおかしかったのかもしれないよ、私は――」
今、自由になって初めてわかる。
母皇妃ゼルシアは、彼を操り人形にしておくため、彼が慕った人々を惨殺し続けたのだ。
ゼルシアが彼を皇太子にしたいのは、彼のためではなく、彼女自身が支配者となるためだ。
ゼルシアには、帝国をヴァン・ガーディナに支配させるつもりなど毛頭ない。
彼の手足と翼をもいで、人形として帝位に据えるつもりでしかない。
そのためならば、彼が死にさえしなければ、ゼルシアは彼の気が狂おうと構いはしないから、容赦なく、彼から愛する者でも奪い取るのだ。二度と、言葉さえ交わさせない残酷さで。
「アーシャ様が、誰よりも好きだった。ここでなら、言っても構わないんだな」
飲み終えた紅茶を置いて、ヴァン・ガーディナは片肘をついて崩した姿勢で、両手を組み合わせた。
「ゼルダ、私が臆病でも失望するなよ? 私はね、おまえを殺すと仰せになる母上にさえ、何も言わない。言えないんだ」
「――兄上はまるで、貴方が死ぬことより、私が死ぬことを恐れておいでのようです」
ヴァン・ガーディナが微笑む。遠い記憶も、後悔も、雪に覆い隠してしまう神話のように。
「愚かだな、ゼルダ。まるでじゃない、その通りだよ、私は殺されない。――たとえ、魂は殺されても」
優しかった誰もが、命を絶たれてしまった。彼にもまた優しくして、慕われたばかりに、死の女神の抱擁を受けたのだ。
けれど、ゼルダは愚かだから。あえて、支配者と対峙する愚かさだ。
ゼルダだけは、彼が生きて守ってやらないと、死んでしまう。
そう、愛しいと思って、守ってもいいのだ。失敗しても、彼のせいだなんて思わなくていい。
誰よりも愚かで、誰よりも綺麗な、彼の弟皇子――
ずっと、守れたらいい。
「ゼルダ、これをごらん」
「何ですか?」
優美な黄金細工のイヤリングは、銀を身につけることが多いヴァン・ガーディナには珍しいものだ。
「アーシャ様が下さった。兄上が頂いていた徽章がうらやましくて、私も欲しいと、意味もわからずに欲しがったんだ。――嬉しかったな。アーシャ様は何でもさせて下さったし、いつでも、喜んで迎えて下さったよ。私は自分の宮より、アーシャ様の宮にいる方が――」
ヴァン・ガーディナはふと、不思議そうに口許に手をやった。
「……そんなだから、私が母上にアーシャ様を殺させたのじゃないかと、思っていたのに――」
アーシャ皇妃の旧家クラレットフェザーの家紋が入った徽章だったから、母妃の手前、そのままでは都合が悪かったのだ。それで、イヤリングに細工したものだ。
「どうしてかな、ずっと、忘れていたみたいだ。おまえ、よく、我慢して私に仕える気になったな」





