3-1c. 死霊術師【今、もう一度】
「兄上、紅茶をお持ちしま――」
ゼルダの顔をまじまじと見たヴァン・ガーディナが、なぜか、おかしくてたまらない、という様子で笑った。
「ああ、丁度よかった。今、客を帰したところだ」
「え、ちょっと、何がおかしいんですか! 人の顔を見て笑わないで下さい!」
「何がって、おまえ、どうしたんだ? 何で、私に会えてそんなに嬉しいんだ。おまえ、そんな可愛らしい声色が出るんだな。自覚ないのか」
何だってぇえー!
「な、誰が可愛らしい声色ですか! あ、兄上の耳がどうかなさったんでしょう!?」
「仕方ないな、そういうことにしておいてやるよ」
ゼルダを軽く引き寄せて額にキスしたヴァン・ガーディナが、耳元でくすくす笑った。
「兄上、こういうことはお妃様にして下さいって、何度言ったらわかるんですか」
「おまえが綺麗だよって、何度言ったらわかるんだ」
だから、世迷言はたいがいにィ――!
囁かれた耳元にもヴァン・ガーディナのキスが降りて、ゼルダは息を詰めた。
「んっ……」
マズイ、変態にされる、調教される、この兄皇子やばい……!!
ゼルダはテーブルに両手をついて動揺を抑え込み、乱された息を整えた後、嘆息した。
「兄上、その、表情が豊かにおなりです」
何を言われたのか、ヴァン・ガーディナは怪訝な顔でゼルダを見た後、紅茶を一口飲んだ。
「ああ、そうか。母上の監視を逃れて、正直ほっとしたからな。顔色を読まれないよう、随分、気を遣っていたし」
「……は?」
「――アーシャ様とアルディナン兄様を死に至らしめたのは、私だよ」
ヴァン・ガーディナは静かにテーブルに就いて紅茶を飲むと、慎ましく、笑ってみせた。
「私が好意を示した相手は、母上がそもそも推薦した者を除いて皆殺しにされた。ほんの、ささいな好意でも。アーシャ様と兄上は、それを別にしても母上にとっては邪魔だった。私が慕ったがためにアーシャ様と兄上が亡くなったのでなければ、多少は、気が楽になるけどな。こんな責任逃れのような考えは、軽蔑するだろう、憎んで構わないよ」
ゼルダの母妃アーシャが死んだ日に、嘆き悲しんだヴァン・ガーディナを覚えている。あの姿の方が、本物だった――?
当時はヴァン・ガーディナもまだ、七、八歳だった。
「――いえ」
兄皇子は、どんな思いを抱えて生きてきたのだろう。ゼルダには、想像もつかないけれど。
「兄上」
呼び止めると、ゼルダは兄皇子の手の甲にうやうやしく口付けた。
「ゼルダ?」
「申し訳ありません。以前、兄上が差し伸べて下さった手は、ご本気だったのですね? それなのに、傷つけてしまったと思って」
「――本気、だったよ」
「もしも、今、もう一度差し伸べて下さるのなら……」
「下さるのなら?」
「あなたの手を取ります」
ヴァン・ガーディナは苦笑して、ゼルダの額を小突いた。
「気が向いたらな」





