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雪月花の物語  作者: 冴條玲
第二章 フォアローゼス
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第31話 月光の下【あなたのためなんかに死なない】

 ゼルダは失念していたけれど、フォアローゼスが揃ってその日を迎えることが、言葉にした望みよりも遥かに大切で、ヴァン・ガーディナがゼルダの真逆の方策を示したのは、より誠実にゼルダの望みに応えてのことだった。

 たとえ、ヴァン・ガーディナが皇太子に就けても、その日にフォアローゼスが崩壊していたら、ゼルダはこんな形では意味がないと、兄皇子をなじるに違いないからだ。そのくらい、愚かで甘えた弟皇子なのだ。


「私達はこの二年を生き延び、その間に、皇后陛下と渡り合える権勢を得なければならない。それは、皇太子として認められることより、遥かに至難です。すなわち、私達が指名する皇太子が、通るくらいでなければならないのだから」


 ヴァン・ガーディナの判断は『堅実にまっとうに努力して、皇子として実力を蓄えて下さい。私もそうします』という、何の仕込みもない、誠実なだけのものに酷似していた。

 それでも、ヴァン・ガーディナがこれだけ考えて決断しているのだと知ると、慄然とさせられるのだ。

 己が洞察力を活かし、創意工夫を凝らしてライゼールの改革に挑むことは面白いけれど、その間、どう身を守るつもりだったのか。

 問われれば、ゼルダは気付いた。父皇帝や兄皇子をアテにしていて、守ってもらえて当然だと思っていた。


 ――こんな感じで、反省したかな? とてもよく、反省したよね?


 ゼルダは割にあっさり立ち直ると、ヴァン・ガーディナの隣の席についた。


「私は、陛下は母上を欺いておくため、私が兄上を大きく突き放してしまう初期査定を公表しなかったのだと思います。皇太子ザルマークを暗殺した黒幕がゼルダだという噂を放置したのも、母上や諸侯がゼルダを侮り、次の皇太子が定まるまでは、おとなしく待った方が得策だと踏むようにでしょう」


 ゼルダは上目遣いに、首を傾げてヴァン・ガーディナを見た。

 その考えは少しおかしい。父皇帝がゼルダを信じてくれているなら、そうまでしてゼルシア皇妃を断罪しない理由は何だろう?

 ヴァン・ガーディナにとって、皇帝と皇妃は両親だ。

 その二人が喰い合わないのはおかしいなんて、口に出すのもはばかられたので、ゼルダは聞かなかった。

 聞かなかったことを後悔する日が来るなんて、思いもよらなかった。

 聞けば、クローヴィンスが答えただろう。馬鹿、ヴァン・ガーディナまで断罪されるからに決まってるだろ、と。

 その言葉を、聞くことが出来ていたら――

 取り返しのつかない間違いを、犯すこともなかったかもしれない。


「でもおそらく、二年もないな。私がボロを出して、遠くないうち、ゼルダを死なせるでしょう。二人の兄皇子を守れなかったのは、私だから。ゼルダ、覚悟しておおき? おまえ、私のために死ぬよ、きっとね――」


 ヴァン・ガーディナは笑っていた。一段と綺麗に。――泣き顔を隠しているみたい、だった。

 ゼルダはむぅと、ヴァン・ガーディナを睨んだ。黙っていられなかった。


「兄上、今宵は一段と世迷言に磨きがかかっておいでですね? あなたのためなんかに、私が死ぬものですか! 私は、ええと、あなたの庇護を受けてるんじゃなくて、庇護させてるんだから! 私の実力で! あなたのためだなんて、思い上がりです!」

「ぷっ」


 あ、笑った。


「そう」


 ヴァン・ガーディナの手が伸びて、ゼルダの頭を撫でた。


「大好きだよ、ゼルダ」


 ゼルダはわたわたして、紅潮した顔を指で覆った。

 目のやり場に困るっつーの再びになりながら、クローヴィンスもヴァン・ガーディナを認めた。


「こりゃあ……見損なってたぜ。おまえ、指揮も統率も出来んのな。俺も人の話くらい聞かねぇと、勝てそうにもねぇぞこりゃ」


 マリが間髪を容れず突っ込んだ。


「だから、聞きなってばそれは!」


 えーやだぁとか、超まじめにやれと言いたい。

 ヴァン・ガーディナの手の優しさにゴロゴロ言ってる状態で、何を偉そうにとかいう突っ込みはなしの方向で。


「ゼルダ、私とヴィンスの評価は、いずれも高いに越したことはない。だけど、ライゼールの連中がどれほど腐った査定をして、私とヴィンスのどちらが皇太子に選ばれようと、構いやしないよ。初日に私を皇太子にすると合意しただろう? 何かの奇跡でヴィンスが選ばれてしまったら、ヴィンスが快く皇太子の位を私に譲る、それだけの話じゃないか」


 ――ぶっ!


「奇跡とは大きく出やがったな、ガーディナ。だが、俺達が皇太子を指名する高みっつーのは、俺としたことが盲点だったぜ。文句なしに最高だな、それでいこう。おまえに全面的に協力してやるが、それ、俺が勝ったらマリを指名してもいいのか?」


 これには、指名されるマリが悲鳴を上げた。


「やめてったら!」

「私はマリの意向を尊重するけど、それを承知の上での指名なら、構わないよ。じゃあ、私が勝ったらゼルダを指名してもいいんだ?」

「ぶふ!?」


 今度はゼルダが吹いた。


「おぉ!?」

「ガーディナ兄様、無駄な対抗意識で馬鹿をおっしゃらないで下さい! 何で、あなたがいるのに私!?」

「何だ、おまえ、皇帝になりたくないの? おまえが私におねだりするなら、譲ってやらなくもないかと思って。私は優しい兄上だからね」

「何かそれ、かえって屈辱です!」


 ぷっと、ヴァン・ガーディナがまた笑った。


「おまえ、ずっと、私の好きにされていたいんだ? 可愛いね、そういうことなら、そうしてあげようかな」

「そうじゃなぁあい!!」


 何という、恐ろしい兄皇子か!

 クローヴィンスとマリも、じゃれてるな、じゃれてるね、とか言い合ってる場合じゃないし!


 

 ――やっぱり、皇子様たちがわかり合う日は、遥か彼方に遠いのだった。

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