第25話 支配の刻印【恋と変】
「まぁ、支配印はゼルダを嬲るのにも便利だったし」
降り積もる雪が、哀しみも、死も覆い隠して行くように――
浸透しかけた、何も言えなくなる雰囲気を、そっと深呼吸したマリが、明るく優しい笑顔で祓った。
「わぁ、ガーディナ兄様、鬼畜だね♪ ほんと、ゼルダ兄様のこと愛してるんだね」
ヴァン・ガーディナの瞳から、雪の冷たさが掻き消え、優しい感情が戻った。
うん、と無邪気に頷いて、ヴァン・ガーディナが冥魔の瞳を光らせる。
「……っ……!」
支配印に魔力を流され、苦痛に喘ぐゼルダを見て、兄弟皇子が口々に言った。
「えぇ!? 苦しむゼルダ兄様、すっごく綺麗じゃない!?」
「いや、まずいだろゼルダそれ。ガーディナじゃなくても嗜虐欲をくすぐられるぞ。そんな妖艶な美貌で苦しむな」
「綺麗でしょう? 何なら、サービスしようかな」
「なっ! ……あうっ!!」
また、支配印に魔力を流して、ゼルダを苦しめたヴァン・ガーディナが、涼しげに言った。
「するな馬鹿! ゼルダが可哀相だろが!」
ヴァン・ガーディナのあまりのやり様に、半ば拒絶するように、ゼルダがその手を厭って振り切り、席を立った時だった。
ヴァン・ガーディナが刹那、容赦のない真紅の瞳でゼルダを睨み、途端、ゼルダは絶叫して地に片膝を落とした。ヴァン・ガーディナがゼルダに与えた苦痛が、綺麗だとか言っていられない深刻さだったのは、傍目にも明らかだ。
「ゼルダ、許可なしに私の手を離れることは許さない、おいで」
血の気を引かせて、クローヴィンスが椅子を蹴立てた。
「ガーディナ、おまえ、ゼルダに与えた支配印を解け! 今すぐだ!」
「なぜ?」
「ガーディナ、おまえはゼルダの心を殺し過ぎる! 絶対服従させていないと気が済まないのか! 今に、ゼルダを絶命させるぞ!」
「ゼルダが、無為に私の意向に背かなければいい」
カっとして、クローヴィンスが怒鳴った。
「ガーディナ、ふざけるな! 残酷だ、ゼルダがどんな気持ちでおまえに仕えているか、考えたことがあるのか!」
「ヴィンス、いいから」
「ゼルダ!」
「惨めになる! ガーディナ兄様の冥魔の瞳に抗えたら、解いて頂ける約束です。ガーディナ兄様に屈服したまま、憐れみで解呪されたって、屈辱でしかない!」
「ゼルダ、意地張ってる場合か! おまえの命に関わるんだぞ!」
はぁと苦しい息をして、涙さえ伝わせながら、ゼルダは首を振った。
「私とガーディナ兄様の闘いです、手出しは無用! 死霊術師として、私がガーディナ兄様に一生敵わないと、ヴィンスはそう言ってるのと同じだ!」
クローヴィンスがぐっと握り締めたこぶしを、真摯にいたわる眼をして、マリが取った。
「ヴィンス、引きなよ。ほら、心配しなくても、ガーディナ兄様はゼルダ兄様を傷つけてめげてるじゃないか。ゼルダ兄様はちゃんと言えるんだから、大丈夫だよ」
「マリ……?」
「ゼルダ兄様の言う通りだと思う。びっくりしたけど、そのうち、ガーディナ兄様の方がゼルダ兄様に逆らえなくなるかもしれないよ? ゼルダ兄様は御心が強いもの。ゼルダ兄様はガーディナ兄様に追いつきたいんだ、真っ向から競ってるのに、手出ししちゃ駄目だよ」
「はあ? ゼルダがガーディナと競ってどうするんだよ、帝位でも奪うわけか?」
「そうじゃなくて! もう、ヴィンスはほんっと、考えが大雑把だよ! ゼルダ兄様とガーディナ兄様はね、ヴィンスには理解できない次元で愛し合ってるの!」
途端、全員がむせた。
「なっ……!」
「マリ、ちょっと待て!」
「あれ? ぼく、何か変だった??」
「変すぎだろ!」
「恋と変は半分しか違わないよ♪」
「そうじゃねぇええ!」
マリの一言一言に、ゼルダに至っては異様に強烈なダメージを喰らわされて、もはや虫の息、瀕死でぴくぴくしていた。
「いや、マリは筋がいい、ヴィンス兄様より的を射てるな」
「そうだよね!」
「私はともかく、ゼルダは私を愛してるからね」
「なんっだ、そりゃあぁああ!」
「うっわ、ガーディナ兄様、鬼畜ーっ! 酷ーっ!」
「愛してな――っ!」
「否定したら、私への愛をおまえが告白するまで、苦痛を与えるよ? ゼルダ、お黙りよ」
無駄に妖艶に、ヴァン・ガーディナがのたまった。凄絶に麗しい風貌が際立つ。
「すごいね、ガーディナ兄様も負けてないね!」
「だからマリ、何の話なんだ。俺にはどこら辺に愛があるのか、サッパリわからん。あるのは鬼畜な強要だけだろが」
「だからぁ! 愛がなかったら、ゼルダ兄様はそゆこと許さないの!」
――皇子様たちがわかり合う日は、遥か彼方に遠いのだった。





