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雪月花の物語  作者: 冴條玲
第二章 フォアローゼス
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第22話 フォアローゼス 【艶やかな戒め】

「そう、そうだよね! ガーディナ兄様、お願い、ヴィンスなんてけちょんけちょんのぎったぎたにして! 僕は天文と建築を学んで、気象を読んで災害被害を抑えたりとかね、水利設備の充実とか、そういうことして、毎年豊作にして、皆に喜んでもらいたいの! ガーディナ兄様なら、僕に、そういうことやらせてくれるでしょう!? ヴィンスみたいに司法官無理強いしないでー! 僕は、僕はガーディナ兄様の味方!!」

「おぉ? マリ、じゃあ滅茶苦茶なお裁きすればいいだろ? 女奴隷を犯して殺して埋めたよーな奴、奴隷は人間じゃないからって無罪放免したり、ちょっと俺の悪口を言っただけの奴、不敬罪で死罪にしたり、どうよ? おまえを司法官に任命した俺は、民衆からも官僚連中からもごーごーの非難を浴びて、評価なんて素敵に失墜するぞ、バッチリ再起不能だぜ!」

「できるわけないでしょ! それじゃ、関係ない、僕なんかに裁かれる人たちが可哀相じゃないか!!」


 クローヴィンス、超えげつない。どれだけご無体なのか。


「マリ馬ぁ鹿。慣例通りじゃねーかよ。そんなだから、おまえ、法も秩序も知らないって言われるんだぞ!」

「その法解釈おかしいでしょ! どれだけ歪めてるの!?」

「司法官が是といえば是なんだよ」

「駄目だったら!」


 ふざけていても、クローヴィンスは本気だろう。さっきから、マリの慧眼には目を見張るものがある。

 ひとのエゴと痛みがぶつかり合う法廷で、苦しむ人々を断罪しなければならない司法官は、心ある人間にとってはつらい。

 けれど、それぞれの気持ちや立場を汲める、心ある人間こそが、人々に望まれる司法官なのだ。

 マリが法を司れば、マリが人々の痛みや苦しみを引き受けることになる。マリはつらいだろうけれど、その保護下に置かれる人々は、感謝するだろう。

 さらに、マリを皇帝に立てるなら、法王として立てるのが賢明だろうし、カムラに法王が立ったことはないけれど、マリなら帝国を平和に公平に、よく治めるかもしれない。


「ほら、いいだろ? マリって司法官向きだと思わねぇ? この責任感、自己犠牲の精神! 真似できねぇよな。前任の司法官は、俺が例に出したよーな奴だったんだぜ!」


 ――ぶっ!

 父皇帝もたいがい、問題のある領地を選り抜いて、それぞれにあてがってくれたのか。試験のついでにどうにかしろと。


「そんなの、僕じゃなくたってあの人よりマシな裁定はするよ!」

「しねぇんじゃねー? あいつと違う裁定したら、奴の派閥に睨まれて、重箱の隅つつきまくった悪口流されて、今のおまえみたいになるじゃねぇかよ。良心に誠実に裁定してるだけなのに、身内びいきだ無能だ不公平だ世の中を混乱させる駄目な司法官だって、噂流しまくられるんだぜ? おまえじゃなきゃ、それでも良心に従った裁定続けたりできねーよ。フツーは心が折れるって」


 十三歳のマリにそれ耐えさせるか。

 状況は想像にかたくなくて、ゼルダはにわかに、マリに親近感を覚えた。兄皇子の適当な偏見で、冗談じゃないことまで強いられる弟皇子ってつらい。


「マリ、頑張ってね。ガーディナ兄様の補佐は、私がしっかりやるから。ガーディナ兄様が皇太子になるまでの辛抱だよ」

「うわぁん、ゼルダ兄様ありがとう~! ゼルダ兄様も優しい! ひどいのはヴィンスだけ!」


 あ。

 それでも、クローヴィンスはヴァン・ガーディナに皇太子を譲るつもりなのだ。

 だとしたら、ヴァン・ガーディナがマリを解任した後、新しく司法官を務める人間は、マリほど不当で苛烈な誹謗中傷に遭わずに済む。案外、そこまで考えているなら、クローヴィンスも脳ミソまで筋肉ではないかも。


「いいか、俺達はフォアローゼスだ。ヴァン・ガーディナを皇帝に、ゼルダをその補佐官に、カムラ史上かつてない最高の全盛期を俺達が築く。帝国に寄生する分際で、父上を侮辱した奴らに目にもの見せてやろうぜ! 父上の偉大さを、俺達が帝国中に知らしめるんだ」


 ヴァン・ガーディナ、ゼルダ、マリ・ダナ、残りの皇子達が、それぞれなりの覚悟を映した瞳で頷くと、クローヴィンスはにやりと笑った。


「俺は、こういうの得意だからな。元帥になりたいって、この俺の手腕を見てたら、無謀じゃないって気がしねー? 人の十倍努力すれば、壮年になる頃には、元帥になれるかもしれない! と思うわけだ」

「まぁね。でもヴィンス、元帥は確かに軍事の取り(まと)めだけど、教養がいらない身分でもないよ」


 クローヴィンスはなぜか、黒焦げになって打ち倒された。


「マリ、今のは痛恨の一撃だったぜ……」

「うっわ~、根性なし! 人の十倍の努力が聞いて呆れるよ!」


 クローヴィンスとマリの仲の良さに、ゼルダは知らず嫉妬して、つい、ヴァン・ガーディナを上目遣いに見た。何を期待して兄皇子をうかがったのか、目が合った途端に気付いたゼルダは、すぐに、その顔を背けようとした。


「ゼルダ?」


 弟皇子の望みに目ざとく気付いたらしいヴァン・ガーディナが、その魔性を(あらわ)すように、不穏かつ楽しげに微笑んだ。兄皇子のそんな表情を見るのは初めてのゼルダが、途惑ったわずかな(すき)を突き、ヴァン・ガーディナが優雅な挙動でゼルダを腕に捕えた。


「え――!?」


 首筋に抜いた刃物を押し当てられて、ゼルダのみならず、クローヴィンスもマリも息を呑んだ。ヴァン・ガーディナがゼルダの命を絶ちかねないことを、皇子達それぞれが、ひそやかに危惧してきたからだ。

 (いまし)めたゼルダを(なぶ)る声音で、ヴァン・ガーディナが(ささや)いた。


「ゼルダ、欲しいものは――」


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