第21話 フォアローゼス 【ねこさんリュックの衝撃】
「いやなの! 僕が皇太子になるのの次にいやなの! 全力でいやなの!!」
「マリ、なんつぅ恩知らずかましてくれてんだ!?」
「何の恩か言ってみなよ! 奴隷待遇の恩!? 無神経の恩!? おまえのものは俺のもの、俺のものは俺のものの恩!?」
わっと顔を覆って、さめざめとマリが泣く。
「おう、そんな感じで」
しかも、そんな感じなのか!
「これだもの!」
わっははと笑ったクローヴィンスが、ひょいとマリの口に飴玉を投げ込んだ。
何だかんだで仲がいい。クローヴィンスは仮にも、マリが望めば、マリを皇太子にしたいと言っているのだし。
「マリ、私は皇太子になっても構わないよ」
微笑んでヴァン・ガーディナが告げた言葉に、マリは諸手を挙げて喜びをあらわにした。
「本当!? よかった、よかったぁ! ガーディナ兄様なら、きっと、立派な皇太子になられるよね! 僕、全力で応援するからね!」
「あのなマリ、ガーディナの何を知ってて言うんだ、おまえは」
クローヴィンスがマリの襟首を捕まえて突っ込むと、マリは綺麗な碧眼で不思議そうに兄皇子を見て、真剣に答えた。
「顔」
『ぶっ!!』
クローヴィンスとゼルダが同時に吹いた。
「えぇ、吹くところ!? だってほら、ガーディナ兄様は最初まず、ゼルダ兄様に悲しいお顔を向けたでしょう? ゼルダ兄様を信頼なさってるから、僕達のことより、ゼルダ兄様に裏切られたかもって、ショックを受けるんだよね?」
「マリ」
ヴァン・ガーディナがやや冷酷な表情を見せ、指を口許に一本立てて、お黙りとマリに微笑みかけた。
マリがごくんと唾を呑んで、ヴァン・ガーディナの真似をして、指を口許に一本立てる。
「ごめんなさい、ガーディナ兄様。えっと、ゼルダ兄様のことも、しー?」
「ゼルダのこと? マリ、どう見えたの?」
興味を示したヴァン・ガーディナが、今度は、ゼルダがマリを黙らせようとするのを優雅に阻止して尋ねた。
「ご自分が叱られることより、ガーディナ兄様を悲しませたこと、気になさってるお顔に見えたよ?」
「――ふむ」
ギャース!
ゼルダは痛恨の一撃を喰らって、マリに打ち倒された。
「ま、俺も何をしでかすかわからんと思われてる節もあるが」
「今、まさにしでかしてるよね」
慣れているのか、クローヴィンスが気にせず仕切りにかかった。
「俺の本命マリが、皇帝はやだっつーからな。んで、根拠がイマイチわからねーが、ガーディナには『マリ様のお墨付き』が出たからな。俺はマリの勘を信じるぜ。ガーディナ、おまえが皇統を継ぐなら、俺は元帥の地位に挑戦するつもりだ。いつか、伝説に残るような剣匠になってだな、俺がおまえを守ってやるぜ!」
「僕はね、天文学と建築学を修めてるの。いつか、何千年も残るような、暦を司る宮殿を建てるよ!」
「マリは司法官がいいと思うんだがなー」
「いやだよ! もお、ちょっと聞いてよ、ガーディナ兄様、ゼルダ兄様!? ヴィンスったら、十三歳だっていうのに、カムラ法典だって修めてないのに、僕のこと司法官にしちゃったんだよ! 深刻な話がたくさん回ってくるし、僕に法廷の最高責任者として裁けとか、信じらんないよ!」
マリ、涙目だ。こっちはこっちで、兄皇子のご無体に泣かされているらしい。
「いやぁ、うけたぜ。初日のマリ、法廷にねこさんリュックで来やがったからな。腹がよじれた」
――ぶふぅっ!
「ひどいよ、おかしいって誰も教えてくれなかったのぉーっ!!」
つい、ヴァン・ガーディナでもゼルダに対して同じ反応しそうだなぁとか思ったのは内緒だ。ゼルダがうさぎさんリュックでも背負って来たら、一生、辱めるネタにするだろう。さすがは兄弟、血は争えないとはこのことだ。
「ねこさんリュックはともかくだ。マリのお裁きは見事だぜ! 俺は断然、司法官はマリがいいね、太鼓判だ。こいつは法に振り回されねぇ、法を使える奴だ」
「意味わかんないよ! ヴィンスは、僕ならヴィンスの無法を罪に問わないから僕がいいんでしょ!」
「おう、マリ、愛してるぜ♪」
「ヴィンスを見逃す度に、僕、物凄い悪口叩かれるのぉーっ!!」
「マリ、悲惨だね」
「悲惨」
「だけどな、ゼルダ。俺は本気でマリの裁きが好きだぜ。まだ今は、これまでの司法官と違うからガタガタ言われるだけだ。絶対、慣れればマリの司法区は暮らしやすいぞ」
「そんなのヴィンスだけ」
マリ、もはや卑屈だ。
「なに、心配しなくても、ガーディナが皇帝になってくれるだろ。ガーディナは俺と違って、いやがるおまえを無理強いで法王になんてしないんじゃねー?」





