第20話 フォアローゼス 【慧眼の第六皇子】
話し声を聞きつけたのだろう、顔を見せたヴァン・ガーディナが、裏切り行為を目撃してしまったように、その表情を凍りつかせた。
ゼルダはしまったと思ったけれど、もう遅い。ゼルダだって、彼だけをのけ者にして、残りの皇子達が歓談していたら傷つく。まして、クローヴィンスとヴァン・ガーディナは競っているのだ。ゼルダが裏切り、ヴァン・ガーディナの孤立を狙ったようにしか見えないだろう。何を言っても言い訳がましいし、疑心暗鬼に囚われたが最後、ヴァン・ガーディナは他者の言葉なんて信じない。聞こうともしないのだ。どうしたら――
ゼルダとヴァン・ガーディナの視線が絡み、一触即発の緊張が走ったことなどお構いなしで、マリが歓声を上げた。
「ガーディナ兄様!」
マリの明るく澄んだ碧眼が、屈託のない歓迎と憧憬の色を湛えて、ヴァン・ガーディナに吸い寄せられた。
「わぁ、ガーディナ兄様、すっごく綺麗! 僕、こんなに近くでガーディナ兄様を見るのは初めてだもの。ヴィンスと違って、優しそうで素敵だね。いいなぁ、ゼルダ兄様♪」
――て、第一声がそれなのォ!?
さすがのヴァン・ガーディナも、マリの奇襲には絶句していた。この兄皇子が途惑うのを、ゼルダは初めて見たように思った。
「マリ……? そちらは、兄上とお見受けしますが?」
「おう、邪魔しに来てやったぜ!」
「僕たち、ガーディナ兄様を皇太子に立てられないかと思って、相談に来たの。ヴィンスが馬鹿なことばっかり言うから、ちっとも話が進まなくて、ゼルダ兄様のお返事がまだなんだけどね。ガーディナ兄様も、座って座って♪」
マリが笑顔で椅子を引く。天然なのか配慮なのか、どちらだとしても、ゼルダは感心するしかなかった。それなのに、何か狭量な感情が胸を掠めた気がして、ゼルダは必死にそれを否定した。平たく言えば、私の兄上に馴れ馴れしくしないでみたいな、そんな感情だったからだ。
そんな馬鹿な。
欲しければのしをつけてあげるよ、くらいの気持ちだったはずだ。断じて、ヴァン・ガーディナに手懐けられてなどいない!
「マリ、おまえなあ! 何をいきなりバラしてんだ、バラしちまったら、ゼルダが本音で答えられねぇだろが!」
「何、言ってるの! ガーディナ兄様だけに隠したら、ガーディナ兄様が悲しくなるじゃないか! ゼルダ兄様だって、僕たちが抜き打ちで訪ねたのに、ガーディナ兄様に誤解されちゃうんだよ!? ゼルダ兄様の答えは『即答できない』でいいじゃないか。続きはガーディナ兄様も交えて、みんなで話し合おうよ」
可愛らしい見かけによらず、マリはきっぱりとクローヴィンスに主張した後で、ヴァン・ガーディナに微笑みかけた。
「ガーディナ兄様、ゼルダ兄様はね、ガーディナ兄様を皇太子にするのはいやだって、即答出来なかったんだ。それにね、ヴィンスがゼルダ兄様を支持して皇太子に推薦してもいいって言ったら、優秀な兄上がいるのに何でって、ヴィンスは微妙らしいから、ゼルダ兄様の言う優秀な兄上って、ガーディナ兄様のことなんだ」
「うわ、マリちょっと! 違うから、それ違うから!」
「えぇ? でも、ゼルダ兄様、そう言ったよ?」
何これ、何この無邪気かつ凶悪な強襲――!? 何この弟皇子、どれだけ慧眼なの!
クローヴィンスがにやにやしながら言った。
「なぁ、どうよ? 本音を言うとだな、俺の本命はマリなんだよ。俺は断然、皇太子はマリがいいと思うんだが、マリはお子様だ、いやがりやがんだ」
嘆かわしいぜと、クローヴィンスが大仰に額を覆う。
「ヴィンス、やめてったら! 絶対やだって言ったじゃないか! もう、ほんとそういうこと言わないでよ!」
マリが泣きそうになって、目を潤ませてヴァン・ガーディナとゼルダを交互に見た。
「ねぇ、ガーディナ兄様もゼルダ兄様も皇太子はいや!? やっぱり、なりたくない!? 僕、ガーディナ兄様かゼルダ兄様なら断然、応援するよ!」
「うん? マリ、兄上が皇太子になるのはいやなの?」
やや、雰囲気を緩めたヴァン・ガーディナの問いに、マリは涙目のまま、力いっぱい頷いた。





