第19話 フォアローゼス 【わがままな皇太子候補たち】
「ヴィンスったら大袈裟じゃなく、書物は読む気ないんだよ。歴史書のひいおじい様の肖像画とかに落書きしてて、テッサリアにすごい大目玉喰らってたもの。しかも、反省したかと思ったら、こないだなんて僕の本にまで変な落書きしたんだよ!? ひどいんだから、もう最悪だよ! よりによって神聖なカムラ法典にひわいな落書きだなんて! 無駄に上手いから余計に腹が立つよ!!」
「――それは、なんていうか、ヴィンスにちょっと師事してみたいな♡」
「ゼルダ兄様ぁ!!」
マリが可愛らしく、ほっぺたをぷうと膨らませて怒った。
「おぉ、ゼルダはやっぱり話がわかる。いか様でも後宮持ちはお子様とは違うな♡」
いか様ゆーな。
「まぁ、それでも、俺はガーディナに勝てねぇとは思ってねぇけどな。ゼルダ、おまえがどうしても望むなら、俺は皇太子を狙ってやるし、これからガーディナにも会ってみてだな。俺の剣を捧げるにふさわしくねぇ奴だったら、ゼルダ、俺はおまえが皇太子になるのを支持してやってもいいんだぜ?」
「えぇっ!? ちょっと、何で私なんですか!」
「おまえな、何でじゃねぇだろ! 正嫡の皇子のくせに、皇帝になりたいと思ったことねぇのか!」
「あるわけないでしょう、優秀で立派な兄皇子が四人もいるのに! あ、ヴィンスは微妙だと会ってみて思ったけど!」
だいたい、どうしてヴァン・ガーディナに勝つ気なのだろう。この長兄、帝王学の全二十六巻と言わず、第一巻も修了できないんじゃないの。
「ヴィンス、貴方が勝つ方法は?」
「ガーディナは優秀らしいが、統率力ねぇだろ? 致命的だぞ、奴がそれを克服しない限りは、正攻法でいい勝負だな」
目から鱗が落ちるとは、このことか。
ヴァン・ガーディナは決して、他人前に立てないわけではないから、ゼルダの目には盲点だったのだ。
兄皇子が何かを主張したり、望んだり、民衆を統率して事業を成し遂げたりしたことは、指摘されてみれば、ゼルダの記憶には皆無だった。なぜ、いつもゼルダにやらせるのかなと思っていたのだ。まさか、クローヴィンスの言う通り、出来ないのか。そんな馬鹿な、あの優秀さで出来ないわけがない、怠慢じゃないの?
「俺も、勝ちに行くなら、人の話を聞けって言われるのを何とかしねぇとな。だから、ガーディナがいい奴だったら、皇帝になろうと努力するのが、まず、めんどくせぇだろ?」
「聞きなよ、それは!」
マリが嘆いた。なるほど、書物に目を通すのも、他人の話を聞くのと同じことだ。目を使うか耳を使うかの違いに過ぎない。どちらも面倒くさいと。
クローヴィンスは人の話を聞くのが嫌いで、ヴァン・ガーディナは人に話をするのが嫌い、なんて我が侭な皇太子候補たちなのか。
けれど、ヴァン・ガーディナは話術そのものは巧みだし、観衆の視線を独占しながら、優雅に踊ることさえ出来るのだ。統率だけが出来ないなんてこと、あるだろうか。やっぱり、怠慢じゃないの?
「ゼルダ、誰か来ているのか?」





