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雪月花の物語  作者: 冴條玲
序章 皇太子争奪
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第2話 皇太子争奪

「父上――、アルディナン、ザルマーク両皇太子の死の真相を、聞いて頂きたく、参じました」


 父皇帝への目通りが叶うと、ゼルダは皇帝の目を真っ直ぐに見詰めて奏上し、胸に手を当てて一礼した。


「ゼルシア皇妃が、手を下されたのです。断罪された方術師達は、皇妃に騙され、その駒に――」


 ゼルダの言葉を遮り、その肩に手を置いた皇帝が告げた言葉は、冷酷だった。


「ゼルダ、慎むことを知れ」


 底知れないガーネットの瞳。片側のみに結われた、流れるような焦茶の髪(バーントアンバー)。ハーケンベルクは壮年だが、いまだ、精悍さと美貌を併せ持つような、端整な面差しをしている。ゼルダの美貌は父親譲りでもあるのだ。

 しかし、皇帝はゼルダの覚悟などお構いなしの冷たさで、言下にその訴えを棄却した。


「ゼルシアを糾弾することは許さぬ。私がおまえの世迷言を真に受けると思って来たなら、思い違いだ。出直せ」

「まさか、父上! 聞いてすら、下さらないのですか!!」


 正式に結われたゼルダの髪を、無造作に引きつかむと、皇帝は冷笑した。


「アーシャに似せたものだな、ゼルダ。――おまえはまず、その真似で、私にどれほどの不信感を持っているか露にしたこと、逆鱗に触れたことを知れ! おまえの話など誰も聞かぬ。ゼルシアとおまえのいずれが支持を得ているか、顧みることもできぬ、おまえの愚かさ加減――」


 ゼルダの瞳から急速に光が失せた。それでも、皇帝は残酷なまでの冷徹さを、崩しはしなかった。


「アーシャの皇子とも思われぬ。失望した」

「――……」


 父皇帝ハーケンベルクの言葉に、全身が震えていたから。

 ゼルダは、その震えを収めようとするように、胸を押さえた。鏡に映った己の瞳が、緋に輝いているのを認め、唇を噛んだ。


「ゼルダ、二度とゼルシアに牙を立てるな。この命に背いた時には、おまえの皇位継承権、永久に剥奪する。皇子だからと、死罪はないなどとは、考えるなよ」


 ――死罪?――


 信じてきた、信じようとしてきたものが瓦解し、ゼルダは心、絶望に染めながら、薄く笑んだ。

 そんなもの、恐れるはずがない。

 ゼルシアゆえに、死はいつでも隣にあるものだった。何も、変わらない。


「謁見の間へ。皇太子選定のため、皆を集めた。おまえの宮にも使いをやったが、入れ違ったようだな」


 ザルマークが暗殺されたことで、最年長となったクローヴィンスが皇太子に就くのではないのか。

 追い討ちをかけるような、不吉な皇帝の言葉に、水面(みなも)に墨を落としたような不安をゼルダは覚えた。



  **――*――**



 謁見の間には第三皇子のクローヴィンス、第四皇子のヴァン・ガーディナ、第六皇子のマリ・ダナ他、皇妃や主だった重臣達までもが集められていた。


「待たせたな。第五皇子のゼルダが遅れた。皇太子の選定だが――」


 血の気を引かせ、緋の目をしたゼルダが着席すると、その様子に気付いた皇妃が、愉しげに扇で口元を隠した。


「当面、仮にクローヴィンスを皇太子とするが、これより二年間、クローヴィンスとヴァン・ガーディナの両皇子を皇太子候補と定め、ヴァン・ガーディナが成人する二年後に、いずれの皇子を皇太子とするか、正式に選定する。両名とも、皇帝になる心づもりではなかったはずだ。両皇子は二年の間に、この帝国を治めたいか、己にその器量があるか、心して見極めよ」


 ヴァン・ガーディナは、ゼルシア皇妃の皇子だ。

 皇妃が快哉の表情を見せたのと、ゼルダが椅子を蹴立てて立ち上がったのは、同時だった。

 ゼルダの様子に、勝ち誇った顔で、皇妃が声を立てて笑った。


「陛下、ゼルダ皇子が、候補に挙げられなかったことにご不満のようですわ。あれだけの戦功を立てたのにと、不服なのでしょうね」


 血が滲むほど唇を噛み締め、慎むよう言い渡されたばかりで、皇妃に楯突くことを、ゼルダが選びかけた時だった。

 その皇妃までもが顔を強張らせることになる、皇太子の選定方法について、皇帝が続けた。


「ゼルダ、話の途中だ。皇太子候補の兄皇子はよく聞け。己の覚悟と器量を見極めよと言ったが、クローヴィンスにはマリ・ダナを、ヴァン・ガーディナにはゼルダをつける。弟皇子一人御せないようで、皇帝は務まらぬ。両皇子には、来月にも領地を与える、治めてみせよ」


 皆が、ゼルダを見た。ゼルダと皇妃の折り合いの悪さは、周知の事実だからだ。


「ゼルダ、マリ、おまえ達も兄皇子に忠誠を誓い、誠実に補佐するよう。後々、おまえ達が受ける爵位にも影響しよう、心して学べ」


 絶句したゼルダは、目の前が真っ暗になる思いがした。父皇帝は、母皇妃アーシャと二人の兄皇子を殺した毒蛇の皇子に仕えよと言うのか。

 混乱して、何もまともには考えられず、皇妃が彼と同じほどの衝撃を受けた様子を見せたことにも、ゼルダは気付かなかった。

 皇帝は構わず、皆の方へと向き直った。


「なぜ、ヴァン・ガーディナにゼルダをと、疑問に思う顔だな。知っての通り、ゼルダは皇妃と衝突している。マリの方は若年だ。両皇太子候補の皇子が、これをどう克服するのかを、見せてもらいたい」


 重臣達は、それでほぼ納得し、皇帝の酔狂として片付けたようだった。

 ゼルダと皇妃が受けた衝撃だけが並大抵ではなかったのだが、渦中のヴァン・ガーディナ皇子は――口許を軽く隠して、クスクスとおかしそうに笑っていた。

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