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雪月花の物語  作者: 冴條玲
第二章 フォアローゼス
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第17話 フォアローゼス

 ライゼールに移って、一月あまりが経つ頃のことだった。


「動くな、命が惜しければね――」


 黒覆面に黒眼鏡をかけた、見るからに怪しい二人連れが、領主館の前をうろうろしていた。

 背の高い方の背後に回り、抜き身の剣を突きつけたゼルダを振り向き、小柄な方の不審者が、可愛らしい少年の声を上げた。


「うわ、待って! ゼルダ兄様、僕だよ、マリ、マリ! そっちはクローヴィンス! うわぁん、だからこんなカッコやめようって言ったのに、ヴィンスが馬鹿なんだもん~!!」

「っさいな! ここまで皇子だってバレなかっただろ! 怪しまれたっていーんだよ、そっちがバレなければ!」

「いやだよ! じろじろ見られてさぁ!?」

「――て、兄上!? マリなの!?」

「久しぶりだな、ゼルダ」


 第三皇子クローヴィンスを名乗った不審者が、しっと指を一本立てて、にやりとした口調で告げた。


「お忍びだ、極秘で邸内に入れてくれ。ガーディナとも話したいが、とりあえずおまえだ」

 


 

 貴公子然とした、優麗な風貌の皇子が多い六皇子の中にあって、クローヴィンスは異彩を放つ。日焼けした浅黒い肌や精悍な顔立ちは、いかにも武官という風情だ。性格もかなり荒っぽい。もっとも、クローヴィンスの強引さは、軍事国家の皇帝然とした威風と知性ならしっかり備えたもので、良く言えば頼りがいや統率力を感じさせる。


「俺とマリは、皇太子はヴァン・ガーディナで構わないと思ってる」


 客間の椅子に掛け、泰然と構えたクローヴィンスの第一声に、ゼルダは振る舞おうとした紅茶のカップを取り落とした。


「ゼルダ、父上は生まれた時から、おまえを皇帝の補佐にするつもりで仕込んでるだろ。父上がおまえの指導を言い渡すのが、父上が皇太子にしようと考える皇子だぞ」


 クローヴィンスの指摘に違わず、アルディナン、ザルマーク、ヴァン・ガーディナ、皇太子も同然の兄皇子たちに、ゼルダは父皇帝の命令で預けられてきた。事の真相を知らずに観察すれば、そう取れないことはない。


「おまえもガーディナも知らないだろう、俺も知らなかった。おまえ達が、五歳の頃から帝王学やってたなんてな」

「――まさか! 兄上は修めていないとでも!?」


 我が意を得たりとばかり、にやりとしたクローヴィンスが断言した。


「そのまさかだ! 恐れおののけ、自慢じゃないがな、俺は三日前に文字の綴りを覚えたばかりだぜ!」


 ゼルダは間髪いれず、クローヴィンスの()れ言を冷たく一蹴した。


「兄上、そんなわけないでしょう」


 クローヴィンスは初等部から寄宿学校に通っているので、ゼルダとの面識はあまりない。それでも、帝国屈指の名門校に優秀な成績を残したと聞いているのに、文字が綴れないわけはない。


「マジだって。俺、文字がみっしり並んだ教本なんて、見ただけで眩暈(めまい)がするんだぜ!」

「わぁ、本当!? 十八歳まで文字も書けずに生きてきたなんて、前から思ってたけど、ヴィンスって、ただ者じゃないよね!」


 真に受けたマリが感嘆すると、それまで熱心に本当だと主張していたクローヴィンスが、手の平を返して馬鹿にした。


「嘘に決まってるだろ! 何でおまえが騙されてんだ、恋文のやり取りができないだろうが!」

「そういえば、ヴィンスってやたらモテるもんね、ゼルダ兄様とどっちがモテるのかな?」


 慣れているのか、マリは気にしない。


「それは、俺だな。ゼルダの後宮はいか様だ、よりによって聖女系の綺麗なのさらいやがって、どこの魔王見習いだ? ゼルダ、皇子様親衛隊みたいな取り巻きもいなくてなぁ、綺麗なのさらって後宮にねじ込む真似は、モテ皇子のすることじゃないぜ!」

「だけど、ヴィンスもどうするとあんなにモテるの? こんなに雑な性格で、デリカシーのかけらもないのに。お妃様のクリシーヌなんて、ボランティアの鑑なんだよ! 性懲りもなくヴィンスがやんちゃして、やれ停学だ退学だって騒ぎになる度に、クリシーヌが謝って回るんだもの!」


 スゴいんだよと、兄皇子の取り巻きについて、マリが語った。正妃と側室に迎えているのは、ごく一握りなんだとか。


「馬鹿マリ、おかげで俺は、クリシーヌに頭が上がらないだろうが!? 俺の後宮を牛耳ってるのは俺じゃなくて、クリシーヌなんだぞ!? あり得ない悲劇だ!」


 それ、あり得ないのはクローヴィンスの方だろう、何やってるんだか。


「やれやれ、ここにも顔騙しが」

「あぁ? なんだゼルダそれ、俺の顔が素敵だってか」

「ええ、そんな感じで。鍛え抜かれたスタイルも、男性として抜群ですよ」


 クローヴィンスといい、ヴァン・ガーディナといい、顔で女性にもてはやされてるなと、ゼルダは深く嘆息した。

 カムラの女性には見る目がない。――自分もそうだとは思わないあたりが、ゼルダなのだった。

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