第15話 雪月花の物語 【兄皇子の謝罪】
「涙なしには読めないのが『庭園の崩落』なんです! どんな病も癒す薬草を探して、冬女神の庭園ヴァン・ガーデンに迷い込んだ美しい娘を、雪精の王子様が助けて下さるの。でも、息子である王子様が恋に落ちたと知った冬の女神が、王子様を惑わす邪悪とみなして娘を殺そうとして、王子様は娘を庇って、冬の女神を滅ぼすと王子様も消えてしまうのに、滅ぼしてしまうんです! もお、アデリシア泣けて泣けて……! それで、世界で最も美しかったヴァン・ガーデンは崩落して、守り抜かれた娘は悲しくて、寂しくて、神様に願ってお花にしてもらうんです。崩落したヴァン・ガーデンを慰めるために」
「……ああ、そう……」
「ゼルダ様、やっぱり、お姫様の御名じゃ嬉しくないですか?」
「うーん、それもあるし、兄上にヴァン・ガーディナっているんだよ。なんか凄くヤだ、あの人と悲恋とかありえない。ゼルダを虐める意地悪な継兄とかのが似合う」
「まあ!」
夜会にいらしたお兄様ですか!? と、アデリシアが夢見るような目をして手を組んだ。
「きっと、それなら神話の方から取ったんですね。御伽噺だとお母様が悪役になってしまいますもの。神話では、冬の女神ゼルシアの美しい庭園がヴァン・ガーデンと呼ばれる場所で、長い冬の間、庭園に降る雪が息子のヴァン・ガーディナ、短い春の庭を彩る可憐な花が娘のゼルダなんですよ。女神様は月に象徴されますから、雪月花が揃う、雪解けの月夜が最も美しいヴァン・ガーデンなんですって♪」
――そうくるか! それも素敵に嬉しくない!
とはいえ、ゼルシアも似合いすぎではあった。授かった真っ白な子供に、親が神話から取ってつけたのだろう。
それよりも、ゼルダの命名はもとよりヴァン・ガーディナの命名も皇妃アーシャだったと聞いている。亡き皇妃が何を期待して皇子にゼルダの名を与えたのか、もの凄く悩ましかった。泣きたいし。
勘弁して下さい、愛しの母上様と、ゼルダは胸のうちで絶望の涙を流したのだった。――合掌。
**――*――**
翌日、兄皇子の方は知っているのかと思って、ゼルダは何の覚悟もなしに尋ねてしまった。
「兄上、ヴァン・ガーデン物語ってご存知ですか?」
「いや? 知らないが、どんな物語だ?」
そんな話を振れば、興味を持たれて当然だと、失言に気付いても遅かった。
王子様とお姫様の恋物語です、なんて、答えられるはずがないゼルダは、返答に窮した。
「いえ、不適切でした。ただの童話なので、執務を――」
途端、ヴァン・ガーディナが失笑した。
「おまえって、私の想像の斜め上を行く墓穴の掘り方するな。何だか知らないが、知られたくない話なら、そういう時は鎌を掛けるんだよ。まぁ、これで一つ賢くなったな? その物語はぜひ探してみよう」
「いえ、ちょっとやめて下さい! ただの童話ですから!」
「私の名前みたいだし、おまえがどうして知られたくないのか、兄上様はぜひ知りたいから諦めなさい」
あぎゃー!
「ちょうど、そろそろ飽きてたんだ。それ楽しみに、真面目に謝罪しようかな」
「謝罪って、兄上さっきから、ひと言も謝ってないじゃないですか!」
先日の夜会で、ゼルダが名家の子息を何人ものしてしまったので、その後始末に追われているのだ。元領主イクナート派の者達が、徒党を組んで直訴にやって来たためだ。
しかし、兄皇子ときたらゼルダを傍に控えさせ、口を挟むことは禁じた上で、とんでもない対応をしている。
一人ずつ通して訴えを聞いては「貴殿の子息のしてくれたことは、この私がゼルダを陥れようとして、失敗したという風評を招くでしょうね。貴殿も、そのおつもりで?」とか「十五歳のゼルダを成年の者が大勢で取り囲んでおいて、死者もなくのされるなんて、大失態だな。ゼルダの人望が高まるよう仕向けた貴殿に私の為と仰られても、私がどんな感情を抱いているか、あなたのご想像では?」とか、年長の権力者を相手に淀みなく威圧するわ脅迫するわ、あげく、退室させた後にのたまう。
「駄目だな、使えない。ゼルダ、お前の目で見ても私に威圧されていたよな、今の奴? 十七歳の皇子に威圧されてどうするんだ」
兄皇子に言わせれば、謝罪というのは、面倒を見てくれる相手に対してするものらしい。まだ十七歳の皇子なのだ、こんな時には上から物を言うべきだし、騒動の収拾を引き受けて、青二才に模範を示すべきだろうと言う。誰にもそれが出来ないから、謝らないだけだよと。
「ですが兄上、あなたは瞳に魔力があるから別格ですよ、冥魔の瞳、使っていないでしょうね?」
「そんなの、おまえが見極めろ。冥魔の瞳の魔力は意識しなくても働くじゃないか、私の知ったことじゃないよ」
いずれ、兄皇子が冥魔の瞳を使っていたとしても、それに負けるような手合いでは、見込みがないのは確かだ。
何か言う前に、ぐうぅきゅるると、盛大にゼルダのお腹が鳴った。





