第14話 雪月花の物語
随分、死者が多いな――?
イルメスの言葉が気になり、ヴァン・ガーディナの師や従者を調べたゼルダは、ざっと調べただけでも随分な死者の多さに眉をひそめた。生きていれば、ヴァン・ガーディナを支えたはずの人々なのだ、どういうことなのか。こんなでは、ヴァン・ガーディナは孤立無援で、苦境に立たされても誰も頼れない。ゼルシア皇妃はヴァン・ガーディナを皇太子に据えたいはずだ。それならば、まさか殺すはずのない人々だったし、いったい、何者の手に掛かったのか――
二人の妃と夕食後のデザートを楽しみながら、その居室でゼルダが尋ねた。
「ねぇ、ヴァン・ガーデン物語って知ってる? 死を司る氷のヴァン・ガーディナって、聞いたことあるかな?」
途端、アデリシアが目を輝かせた。
「アデリ知ってます! でも、死を司る氷のヴァン・ガーディナだなんて、ゼルダ様、誰に聞いたんですか? ヴァン・ガーディナ王子はそれは素敵な方で、雪の化身で、乙女の夢なんですよ♪」
絵本を持ってきますね! と、部屋に走って、すぐに戻ったアデリシアが、興奮した様子でゼルダの手に豪華な装丁の絵本を押し付けた。
ヴァン・ガーデン物語の表紙は白亜の城の大階段で、優しい桜色のお姫様に、ヴァン・ガーディナのような王子様が手を差し伸べる、幻想的な絵だった。
「もしかして、この王子様、ヴァン・ガーディナとかいう?」
「ええ、そうですよ! それでね、愛するお姫様が――」
やっぱりか。似合い過ぎではある。
「ゼルダ様です♪」
「――はぁ!?」
「うふふ、花の化身のお姫様は、ゼルダのお花の化身ですもの!」
「ちょっと、何それ、聞いてないよ!」
だから、いつかゼルダに見せたかったのだと、アデリシアは大喜びだ。
「ヴァン・ガーデン物語って、神話から創られていて、御伽噺にはたくさんの種類があるんですけど。さっき、ゼルダ様が仰ったのは『冬女神の死の庭園』だと思います。でも、アデリは断然『雪月花の物語』と『庭園の崩落』がお勧めですし、ヴァン・ガーデン物語といったら、ふつうはアデリがお勧めした御伽噺のどちらかなんですよ。『冬女神の死の庭園』なんて、かなり邪道です! モテない殿方のひがみだと思います!」
――ぶっ!
まあ、言ったのは確かに『モテない殿方』だった。
「『雪月花の物語』では、月の女神の嫉妬を受けて、お姫様が呪いを掛けられてお花にされてしまった姿がゼルダの花で、お姫様は二度と、雪である王子様とは会えなくなってしまうんです。でも、ゼルダ姫は愛しのヴァン・ガーディナ王子に会いたい一心で、雪が消える前に早咲きするんですよ! すっごく、切ないでしょう!?」
「ぐはっ!」
いやだー。ヴァン・ガーディナに会いたい一心で早咲きなんてしたくないー。それとか切なくないー。
「雪と花が、あまり長くは共存できない運命ですから、悲恋になりがちみたいです」
あやしい。アデリシアが悲恋ばっかり勧めてるんじゃないの。『冬女神の死の庭園』は悲恋じゃない。
アデリシアの絵本にもあったので、ざっと読んでみたところ、厳冬の地は、欲深き人間に生命を許さない聖地ゆえに美しいという物語だった。創世の遺産ヴァン・ガーデンを守護する冬女神が、その息子、氷と吹雪のヴァン・ガーディナに命じて人々を残酷に退ける様子が語られてゆく。物語の最後は雪解けの庭園で、ゼルダの花が咲き乱れ、動物達が春を謳歌する。決して、邪道な感じはしない。これをモテない男のひがみとするのはどうか。『死を司る氷のヴァン・ガーディナ』という言い様がモテない男のひがみなのか。
シルフィスが読みたそうに絵本を見るので、アデリシアに許してもらって手渡すと、シルフィスは宝物のように絵本を開いて、丁寧に読み始めた。庶民には、絵本は高価だ。憧れても、文字が読める頃には孤児となっていたシルフィスは、手に取ることが出来なかったのか。今度、贈り物にしてあげよう。
「それでね、ゼルダ様?」
アデリシアが話の続きを聞かせようと、ゼルダの袖を引いた。





