第13話 夜会 【ヴァン・ガーデン物語】
木陰に一人、二人、三人。
あとは、門柱の影に二人。
たぶん、イルメスの仲間だろう。粗暴な悪意を冥影円環で捉えている。もっとも、刺客というようなものではなくて、生意気な奴をちょっと痛めつけてやれという感じだ。
取り囲んで袋叩きにする気だろうか。
「ねぇ、私が死霊術師だとご存知ないのかな? 大勢で取り囲むなら容赦しないよ?」
十五、六歳の少年を、この人数で袋叩きとはえげつない。これが元領主の息子では、ライゼールは結構荒れた領地かもしれない。
「――はっ! あいにくだね、ここは墓地じゃないし、邪術師の君を守ってくれる取り巻きの姿も見えないな!」
「あなた程度を相手に、護衛なんて必要なさそうだけど」
イルメスが怒りの目で、プライドを傷つけられた様子で、ゼルダを睨んだ。
「君、そんな風にいい気になっているようだけどね、すぐに、お終いだと覚悟しなよ! 知っているかい? 死を司る氷のヴァン・ガーディナ、君の兄上様は死神だってね! 師も召使も庭師も皆死んだ、次は君の番さ、泣き喚けよ、せいぜい、綺麗さっぱり忘れてもらうがいい! 誰だっけ、忘れたなってね!」
「――!」
ゼルダは軽く目を見張った。その言い様を、忘れてなどいなかった。けれど、兄皇子はゼルダの前でだけ、冷酷に振る舞ったわけではなかったのか。
イルメスが何を言っているのか、よく飲み込めなかったものの、ヴァン・ガーディナの悪い噂など、知らなかったゼルダは驚いた。
「先の皇妃様だって、皇太子殿下だって、きっと、奴に殺されたんだと思ったことはないのかい? 君の母君だろう、同腹の兄君だろう、そうさ、奴が皇太子になるのに邪魔だったからね! よくも、皇族の誇りを捨てたじゃないか? 親兄弟を縊り殺したお兄様に命乞い! さあ、僕にも跪けよ、得意だろう? 奴には跪くんだろう?」
「――……」
ゼルダの瞳が赤味を増すことに、それが危険な徴だということに、イルメスは気付かなかった。
それは、ゼルダを咎め続けてきた、やましさでもあったのだ。ヴァン・ガーディナの誠実さと優しさに惹かれ、心許すようになるにつれ、死に至らしめられた、愛した人々を裏切っている気持ちになって、苦しかった。
「はーっはっは! 待たせたね、お楽しみの時間だ、君、袋叩きにして、君のお兄様にこう伝えてあげるよ。『殿下の弟君が、先の皇妃様と皇太子様を謀殺したのは殿下だと、殿下など死ねばいいと恐ろしい言葉を吐きましたので、このように痛めつけまして御前にお連れしました』ってね!」
思考が、真っ白になった。
「――おまえ!!」
どうして、その言葉がヴァン・ガーディナを深刻に傷つけると思ったのか、それを許せないと思ったのか、わからない。
それでも、ゼルダは怒りに目の色を変えていた。
「ぎゃあ!?」
たとえ年長者でも、本物の死闘さえ知らない、大勢で一人を袋叩きにするしか能のない者の数人がかり程度で魔剣士をどうにかしようなど、その恐ろしさを知らないにも程があるのだ。
剣を抜く必要さえなかった。
冥影円環で完全に彼らの気配を把握できるゼルダにとっては、彼らはただの、連携さえ出来ない烏合の衆だ。冥魔の瞳でとらえ、同士討ちに誘い、端からのした。
「――死を司る氷のヴァン・ガーディナって、何かな? 初耳だよ、そんな話は。でも、参考になった」
「御伽噺だよ、ヴァン・ガーデン物語!」
ほうほうのていで逃げ出そうとしていた一人が、悲鳴のように叫んだ。
「御伽噺って、童話とかの? ヴァン・ガーデン物語――」
師も召使も庭師も皆死んだって、何なのか。あの兄皇子が、従者や召使の首をささいな粗相で刎ねるとでも? ヴァン・ガーディナなら、笑って誰の首でも刎ねそうだという思いと、矛盾する優しい人だという確信があって、ゼルダを混乱させた。
――兄皇子に尋ねれば、粗相なんてしたらおまえの首も刎ねるよと、答えるに違いない。
けれど、本当に粗相をしたら、容赦なく残酷な言葉を並べても、庇ってくれる人だ。本当は、もう、知っていたから。
あるいは、それも、御伽噺のフレーズなのか――
**――*――**
二階のテラスに、アデリシアとシルフィスと、二人を預けたヴァン・ガーディナの姿が見える。シルフィスはほっとした様子、アデリシアは歓声を上げて手を振っていた。ゼルダが英雄譚の主役のように悪役(アデリシア的に)をみんなのしてしまったので、興奮している。
ヴァン・ガーディナがこの場にいるなら、ゼルダにとって最も信頼できるのは、この兄皇子だったのだ。何のつもりかなんてわからないけれど、ゼルダの冥影円環に、兄皇子がかかったことはない。
ゼルダの心配なんて欠片もしていなかった様子で、ヴァン・ガーディナは涼しい笑みを零していた。





