第10話 夜会 【侯爵令嬢のお楽しみ】
ゼルダが正妃であるアデリシアに極上のドレスを五枚も六枚も仕立てて夜会巡りをするのは、アデリシアをいずれは本物の正妃として迎えるため、ゼルダもまた夜会を楽しむため、そして、ライゼールにおける確かな権力基盤を築き上げるために他ならない。
社交上のはったりだ、夜会巡りをして、正妃にいつも同じドレスしか着せないのでは、侮られるのだ。逆に、夜会の度に異なるドレスを着せたアデリシアを連れ回せば、この年齢で既にこれだけの財貨を得ているのかと、この皇子に取り入っておけばいいことがありそうだという打算を上流の連中が働かせるので、はったりが本物になる。夜会は立派な戦場なのだ。
もっとも、そういう手腕にはサンジェニ侯の方が長けていて、娘婿の栄達に力を貸すことに、侯爵は当然ながらやぶさかではなかった。
アデリシアを着飾らせることにゼルダは苦労しなかったし、アデリシアは誰よりも綺麗に着飾らせてもらえて、魅力的な皇子様のエスコートつきでライゼールの夜会に咲き誇れることが、嬉しくて仕方がないようだった。笑顔の絶えないアデリシアの様子に、ゼルダも嬉しかった。ゼルダの大好物が綺麗なコの笑顔であることは、自他共に認めるところだ。
とはいえ、シルフィスをいつも一人きりで待たせていることに、ゼルダは心が咎めていた。
何が幸せかなんて人それぞれで、シルフィスは優しい笑顔で二人の帰りを待っていてくれる。そうだとしても、寂しくないはずがない。
レダスの罪姓を持つシルフィスは、夜会など社交の場では、ゼルダがよほど隙のないエスコートの手腕を見せつけなければ、かえって辛い目に遭わせてしまうのだ。
それでも、シルフィスにも、少女時代の思い出になるような楽しい時を、寂しくない時を、過ごさせてあげたかった。
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「いやぁん♪ アデリったらモテモテ!」
今夜も、貴公子達からのお誘いが引きも切らないアデリシアが、満面の笑顔でゼルダに突撃してきた。それを難なく受け止めて、ゼルダは軽く、アデリシアを抱き締めた。
白い結婚だというので、あわよくばとアデリシアに求婚するようなのもいる。少々目のよい手合いは、ゼルダの豪遊を可能にしているのがサンジェニ侯爵家の後援の賜物だと心得ているので、ゼルダを飛び越えてアデリシアを狙ったりするのだ。たとえ、第五皇子であるゼルダに睨まれることになっても、第四皇子ヴァン・ガーディナの方に取り入ればいいとの考えで、あまり深刻になる者はいない。ゼルダが十五歳という若年を活かした無邪気さと、麗しい笑顔で立ち回っているため、いまだ、その牙に気付かない者も多いのだ。
なにしろ、求婚されるのもアデリシアのお楽しみなのだから、邪魔は野暮だった。
「アデリったら困っちゃいますわ♪ 今夜も、ステア家のアルレッド様に求婚されちゃいました。もちろん、アデリはゼルダ様一筋ですもの、丁重にお断りしましたけど! ゼルダ様、嬉しい?」
こうやって、ひとかけらも困っていない笑顔で報告するのが、アデリシア至福の瞬間だ。ゼルダも喜んで、アデリシアに感謝と称賛の言葉で応えることにしていた。
肝の据わらない男では、正妻の浮気を疑ったあげく、自滅するように信頼関係、ひいては結婚生活が破綻したりするのだけれど、ゼルダはそういう意味では必要以上に自信家だ。完璧なナルシストで、世の中の女性は誰しも己になびくと確信していると、もっぱらの評判である。その評判はかなり的確で、ゼルダとサンジェニ侯爵家の信頼関係はまったく揺らいではいない。
「やっぱり、ゼルダ様が誰より綺麗で素敵です!」
「ありがとう。ねぇ、誰より、かっこいいのも私じゃない? アデリ、こっち向いて♪」
言うや、凄まじい色香の流し目を、ゼルダがアデリシアにくれる。
きゃーっと、アデリシアは卒倒せんばかりに、大はしゃぎした。
「ずきゅぅーん!! ゼルダ様かっこいい、魅惑的、アデリめろめろです~! ゼルダ様、もう一回! ね、もう一回やって下さい♪」
「ふふ、だーめ。また、何かのご褒美にね?」
たしたしと地団駄を踏んで、アデリシアが頬を膨らませる。可愛らしいこと、この上ない。
ゼルダが気を遣うのは、どんなに綺麗な令嬢がいて誘惑されても、アデリシアの不興を買わないよう、何があっても誘惑されないことだった。ゼルダにとって、これだけが苦手なことだったけれど、シルフィスもリディアージュもいるので、女性に飢えてはいない。
三人目を迎えた妃の、どの笑顔がそれぞれ魅力的だったか、なんて思い返していたら、ふと、兄皇子の優麗な微笑みが、脳裏を掠めた。
――見なかったことにしよう。気の迷いだし、むしろ、大間違いだ。
アデリシアは天真爛漫、リディアージュは純情可憐、そして、清楚で優しい雰囲気ならシルフィスだ。ゼルダの後宮は、現状で非常に贅沢なのだった。
どよどよと、会場がざわめいた。
皇太子候補のヴァン・ガーディナが初めて、ライゼールの夜会に姿を見せたのだ。紹介と、その麗姿に驚愕してのざわめきだった。





