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7話『ふわとろオムライス』

「アリカってさ、すっごい高い所でずっと飛んでるみたいなヤツだよな」

「そうですね、あんなにハイテンションな人初めて見ました」


 夕焼けこやけ、俺は虹雪さんと二人で通学路を歩いている。あれからアリカはクラスメイトに話しかけては強引に握手を繰り返していた。それなりに高校生というのは利口で、面と向かってアリカに怒る奴はいないし、小学生みたいなアリカと呆れながらも会話していたのだ。


「友達百人、ね。でも謙遜と遠慮を知らないと日本じゃ通用しないと思うよ。虹雪さんは謙遜と遠慮し過ぎだけど」

「別に謙遜するだけのものを私は持っていないですし」


 と、彼女は愛くるしい瞳を困らせながら答える。虹雪さんは本当に自分の魅力に気づいてないのか、自覚して意識的に隠しているのか。


「まぁアリカみたいに自信たっぷりに誇られても、それは虹雪さんじゃないしな

「あそこまで極端なのは少し嫌ですけど、アリカさんがちょっと羨ましく思えたりもします」

「まさか虹雪さんがそんな事を言うとは」

「色んな人と怯えないで会話を交わせるってすごいですよね、私にはとてもできません」


 夕焼けに染まる彼女の横顔は、どこか寂しそうに見えた。


「いえ、私はそんな事をする資格なんて――」


 そんなよく分からない言葉を言って、虹雪さんは空を見上げ。


「何でもないです、ごめんなさい」


 何故か謝った。その一連の言葉と仕草は全く掴み所が無くて、俺の心をそわそわさせた。

 ああ、きっとまだ俺に話せない何かがあるんだろうな。そして俺はその何かを話せる程信頼されてないってわけだ。

 それはとても悔しいけど、同時に俺は虹雪さんの抱えてる何かを聞きたいと強く思った。


 これからだ。現にこうやって一緒に帰ってるじゃないか、一歩づつ虹雪さんに近づけばいい。


「何謝ってんだこのー」


 悔しさを紛らわす為に、虹雪さんのほっぺにむにーっと指で攻撃する。おお、もち肌。


「へひっ! だから朝倉くん、恥ずかしいからやめっ……!」

「何一人で憂鬱な美少女気取ってやがる! 今のはギャルゲで例えると一枚絵な感じだ! 回想はできないタイプのな!」

「何いちゃついてんだお前等」


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえる。幼さが残る高い声で、虹雪さんによく似ていた。


「あ、茜、違うの! これはね、この人が」

「うわーん! この人ってすごく他人行儀に呼ばれたよー!」

「うーん、けしかけたのは私だけど、こうやって目の前でいちゃつかれると何だかむかつくのは何故だろう」


 妙に冷静に両手に腰をあてて立っていたのは、虹雪妹、正式名称、虹雪茜。


「だから違うの、誤解しないで、朝倉くんはただの友達だから!」

「寸止めラブコメってやつだ!」


 俺が堂々とそう言うと、茜はまるで虫を見るかのような目でへっ……と嘲った。

「草食系男子……いや、害虫系男子」

「ひでぇ」


 草食系はモテるって聞いたのに、オタは違うんですね。嫌な世の中だな全く。

 茜は俺の耳を引っ張って虹雪さんから少し離れる。


(ともあれ、一緒に帰るぐらいには打ち解けたみたいね、良かったじゃない)

(まぁな、それもこれも茜たんのおかげだ)


「キモい!」


 鼓膜に直接響く鋭い声でそんな事を言われた、軽いアキバジョークですけど。


「茜が虹雪くんと親しげに内緒話をしています、お姉ちゃんは少しショックです

「お姉ちゃん気にしないで、ちょっとご飯一緒に食べただけだし」

「そうだぞ虹雪さん、ご飯を食べただけだ」


 虹雪さんが珍しく人を疑うような視線を俺に向ける。じとーっとした何か不満そうな目だ。


「茜が援助交際するような子じゃないのは知っています。だから朝倉くんが何かしたとしか考えられません……朝倉くんは女の子に対して割と見境が無いですから……今日だってアリカさんの胸ばっかり見てましたし」

「見てないですけど! ちょっとアメリカンなサイズだとか思っただけだよ!」

「そうですね、大きかったですねー」


 どろどろどろ、と虹雪さんから黒いオーラが出ているような気がしないでもない。茜がやれやれと虹雪さんに説明し始める。

 これは嫉妬か、と俺は心躍ったのだが、きっと不潔な男子を見て一言言いたかっただけなのだろう。勘違いしいてはいけない。


 ぷるぷると携帯が着信音を発した。メールがきたようだ、虹雪姉妹は何か言い合いしているし、チェックしても構わないだろう。俺はディスプレイを見る。


(むすこへ、きょうはゆうはんか、よういてきません。ちちとふたりてたへにいきます、かつてにくえ)


 母よ、いい加減に濁点と変換を覚えてくれ、なになに……息子へ、今日は夕飯が用意できません、父と二人で食べに行きます、勝手に食え。か。どうしようかな、家に何かあったっけ。


「虹雪姉妹よ、スーパーに寄り道していいかな」


 茜が虹雪さんを説得したのか、虹雪さんは機嫌を直してくれたみたいだ。美少女姉妹は並んで俺を見ている。なんという豪華な光景。


「スーパー? あんたって料理とかするんだ」

「違う違う、この時間なら惣菜が安いかなーって。今日俺の夕飯が用意されないらしいんだ」


 茜はその言葉を聞くと、少し考えた後にニヤっと笑う。


「んじゃあさ、うちに来ればいいんじゃない? 親睦を兼ねて夕飯を食べようじゃない?」

「いや、いやいやいや。悪いよ、そこまでしてもらわなくても」

「でもスーパーの惣菜に頼るって事は家に何も無いって事だよね、いいのかな? うちのお姉ちゃんの手料理を食べるチャンスですぞ」


 手料理……だと……。虹雪さんの細い腕で頑張って作った手料理……だと……。

~~~


「お味、どうですか?」

「すごい美味しいよ。この味噌汁とか毎日飲みたいくらいだ」

「やだ、毎日飲みたいだなんて……それじゃまるで新婚さんみたいじゃないですか」

「ははは、僕の好きな味噌は白味噌さ」

「私もです……白味噌……好き……」

「僕も好きだよ……白味噌……」

「味噌……」


~~~


「俺はお前の味噌汁が飲みたいっ!」


 妄想小旅行から帰ってきた俺は虹雪さんに頼み込む。ピンク色の妄想小旅行のつもりが味噌色の小旅行になったが。


「え、えと……」


 虹雪さんは頬を赤らめてどうしたらいいか分からない様子だ。俺は味噌汁が飲みたい、それだけさ。


「友達が困ってるみたいよ、お姉ちゃん? 助けてあげないと」


 グッジョブ茜、お前はナイスなキューピットだ! キューピット界のMVPや! 今決めた!


「そ、そうですね。困ってる人を見捨てる事なんてできません」


 虹雪さんは、いいや俺だけの今宵のラヴリーコックは照れながら頷いた。


「美味しくできるかどうか分かりませんけど、いいですよ」


 虹雪さんってやつは料理も出来たんだな、こん畜生。ますます惚れてしまうじゃないか。


 女の子の家に上がるのって初めて。

 そんなベタな台詞が浮かぶ。確か両親が仕事……だっけか、いないらしい。だから女の子の二人暮らしなわけで。


「甘い匂いがしますな」

「あんたも期待を裏切らない変態ねー」


 俺と茜はテーブルに並んで座り、エプロン姿の虹雪さんを眺めていた。

 虹雪さんは着替えずに、制服の上から可愛らしい藍色のエプロンをつけている。そして料理の邪魔になるのか長くて綺麗な髪の毛を、ポニーテールにして可愛らしく揺らしている。

 そんな格好で玉ねぎをトントンと切っているのだ。


「後ろから抱き締めて胸を揉みしだきたいなぁ」

「いや、私に真顔で言われてもねぇ。まぁ頑張って彼氏になったら許してやらない事もないけど」

「そんな理由で付き合うのも不誠実だろ。カラダが目当てで付き合うわけじゃないんだし」

「んー? あんたはお姉ちゃんだからそんな気持ちになったんじゃないかにゃ?」

 にゃ、ってお前な。

 こればっかりは難しい問題だ。虹雪さんが好きなのに彼女に触れる事ばかりを考えてしまう。じゃあもし虹雪さんに指一本でも触れる事ができないのだとしたら、俺は虹雪さんを嫌いになるのだろうか。


 それで好きと言い切れないのなら、カラダ目当てだって事で。でも指一本触れられないなんて耐えられるのか俺は。


「何真剣に悩んでるのよ……告っちゃえばいいじゃない」

「告白の事を告るとか言うのが理解できない。それに恋人になるっていうのはさ、軽はずみじゃいけなくって、お互いの事を好きあうという事でさ……」


 茜は呆れたような目で俺を見る。はーやれやれこれだからオタクは、そんな目。

「変な所で純粋なのね。そんなにじっくり考えてる暇があるのかしら? お姉ちゃんみたいな大人しくて可愛いタイプは、遅かれ早かれイケメンに喰われて女として成長しちゃうのよ」


 虹雪さんに限ってそんな事はない、俺は瞬時にそう考えたが、大人しい虹雪さんが押しの強いイケメンに喰われるイメージが瞬時に浮かんでしまった。

 それは吐き気を催す程汚くて、不快で悔しい光景である。そうか、別の人に取られちゃう可能性もあるわけか。


「もしあんたがそれが嫌で嫌でしょうがないって思えるのなら、告っちゃえ。いや告白しても問題無いと思うわよ。それって相手の事を純粋に好きだって事だもの」


 達観したかのように自分の恋愛観を語る茜、生意気だけど一理ある。


「告っちゃってよ。お姉ちゃんの寂そうな顔、見たくないんだ」


 ぽつりと茜が零すように告げた。あれやこれや俺に言っても、結局茜の想いはこの一点に尽きるわけだ。


「大丈夫だよ、薄っぺらい俺だけどさ、虹雪さんに寂しい想いをさせたくないのは俺も同じだから」

「……あんたホントにイイ奴なんだか、下半身バカなんだか分からないわねー」

「イイ奴でもあり、下半身バカでもある」

「うぜー」



 目の前には無茶苦茶美味しそうなオムライスが並んでいる。旨そうじゃなくて美味しそう。       

 これポイントな。


「うちの母は俺が何度言っても半熟オムライスにしてくれなかった。トロトロってよりカチカチなオムライスだった。俺はそれが許せなった……が、今俺の目の前に並ぶオムライスはどうだ。トロトロ祭り開催中じゃないか! これでもかってぐらいトロトロしてるじゃないかっ!」


 目がキラキラしているのが自分でも分かる。俺の今の精神年齢はしょうがっこういちねんせいぐらいだぜ!


「食べていい?」

「ど、どうぞ」


 いただきまーっ! と言う声と同時に俺はオムライスを味わう。

 口の中に広がるのは卵とデミグラスソースとケチャップライスとチキンのカルテット。酸味が少し効いたケチャップライスに、コクがあるデミグラスソースがずっしりと旨さを演出する。 そしてそれら全てを包み込む卵のフワフワ加減と言ったら!


「虹雪さん」

「お口に合うといいのですけれど」

「結婚しよう」

「へひゃいっ!」


 これは完全にやられた。

 だって好きな子がエプロン姿で、ポニーテールで、料理上手なのだ。これはつい結婚を申し込んでもしょうがないだろう。


「じょ、冗談ですよね?」

「うん。つい結婚したくなるぐらいの衝撃の美味さだったからな、何と言っても卵がフワフワでたまらないなぁ、よく作れるよ」

「えへへ、オムライスは得意料理なんです。喜んで貰えて嬉しいです」


 頬を赤らめて本当に嬉しそうに虹雪さんは言った。あぁこの子は本当に純粋に良い女の子なんだなぁとしみじみ思う。


「デミグラスソースには赤ワインをいれるのが私のちっちゃなこだわりなんです。まだ未成年なんで酒屋さんに頼んでしか買えなくって」


 いつもは大人しい虹雪さんが饒舌に喋っている。料理は趣味のようなもんなのか。


「卵をフワフワに仕上げるには、フライパンの温度から気をつけます。フライパンにも熱が伝わりにくい所と伝わりやすい所があって――」

「ああぁっ……夢中に喋る虹雪さんも可愛いよ……」

「う、うわぁー、自分の家のなのに居場所がねぇー」


 茜が苦笑を浮かべてオムライスを食べている、それでも姉が楽しそうに喋っているのが嬉しそうでもあった。


「――あぁ良かった、朝倉くんが喜んでくれて。料理まで駄目だったら嫌われちゃうかなとか勝手に考えちゃって」

「何言ってんだ。可愛いしスタイルもいいしおまけに料理もできるだなんて、理想の女の子だよ」

「はううぅ。だから朝倉くんは言葉を選んで下さい……」

「うう……自分ちだけど、私帰りたいよ」


 何処へだよ。


 虹雪さんとひとしきりいちゃいちゃ(一方的に)した後、俺は彼女が食器を洗う姿を眺めていた。ポニーテールが揺れ食器がかちゃかちゃと鳴り、まるで新婚気分である。勿論洗うと申し出たのだがお客様にそんな事させるわけにはいかない、と実に虹雪さんらしく断られた。


「ちょっとあんた、こっち」


 茜が俺の袖をぐいぐいと引っ張る。俺は連れられてキッチンから離れる。


「これって略奪愛?」

「寝てんなよ。お姉ちゃんに聞かれたらまずいから」


 一つの部屋に入る。可愛らしいぬいぐるみと甘い匂い、これはもしかしなくても茜の部屋か。


「え、あれ? 何この状況。こういう時どうすればいいか分からねぇ! とりあえずシャワー浴びてこいよ!」

「……一個だけ聞くわ、あんたはお姉ちゃんが好き?」

「いやいや訳が分からない、どう答えればいいんだよ」


 先程から展開が急過ぎて何が何だか。俺としては虹雪さんと新婚さんごっこを楽しみたいのでありますが。


「いいから早く即答で答えて。考えて答えないで感情で答えて」


 茜は真剣そのものだ。そういえば俺のこの気持ちは誰に対して打ち明けてもいない。優にもだ。恥ずかしいというかなんというか、笑われるんじゃないかとか、だけど。


「えーと、うん。虹雪さん……ややこしいな、く、黒子の事が好きだよ。妹を目の前に言うのも気恥ずかしいけど、大好きだ」

「締まらないわね、まぁ許す。ならちょっと大人しくしててね」


 がらっとクローゼットが開かられる。俺はそこに容赦なく叩きこまれた。


「あんたがお姉ちゃんの事が好きなのは分かった。じゃあ今からお姉ちゃんの気持ちを聞いてみるから、あんたは黙って聞いてなさい」

「ちょっと待てー! こんな盗み聞きみたいな真似できるか!」

「美少女姉妹の赤裸々恋愛トークを、生で聞ける機会なんてあんたにこの先あるかしら」

「司会進行よろしくお願いします!」


 急展開だが悪くない企画じゃないか。

 確かに虹雪さんは自分の気持ちを滅多に話そうとしない。謙虚で遠慮がちな彼女だからこんな事でもしないと、気持ちを伺い知る事はできないだろう。

 虹雪さんの事を知りたい気持ち、それと同時に下心が同時に存在した。だから俺は息を殺してクローゼットに潜む事にした。


「茜、朝倉くんを見かけなかった?」

「お礼にコンビニにデザートを買いに言ったよ」


 洗い物を終えた虹雪さんが部屋に入ってくるのを、俺はクローゼットの中から感じた。おそらく家族にしか出さない声色で茜に語りかける。いよいよ彼女のプライベートを覗いているような気がして俺は罪悪感を感じた。


「別に美味しく食べてくれるだけでも嬉しいのに。朝倉くんは変な所で優しいからなぁ」

「本当にヘタレた所で優しいよね~」


 聞こえるように茜が言う。若干腹が立つがそれ以上に虹雪さんの俺への評価が気になってしまう。


「ねねね、お姉ちゃん。あいつとドコまでいったの?」

「ドコまでって聞かれても、朝倉くんとは良い友達だよ」


 がいーん! と脳天と心に金属バットで豪打な感触。


「嘘だね。出会って数日の友達、しかも異性を家に上げて一緒にご飯食べるなんて、お姉ちゃんは絶対にしないはずだよ」

「……茜、お姉ちゃんは口を開けば彼氏とか彼女とか恋愛とか、そんな事ばっかり言うような妹に育てた覚えはありません、はしたない」

「そうやって冗談を混ぜ込んではぐらかそうとしてるなんて、いい加減に私でも分かるようになったの、私だって成長してるんだから。お姉ちゃんはあいつと一緒にいてどういう風に思ってるの? 私はそれが聞きたいんだ」


 それは俺の為にというよりも、茜自身が知りたくて聞いているように思えた。


「朝倉くんは、とても優しくて」


 直接その言葉を聞いた俺は、ほんの少し心臓の鼓動を止める。


「こんな暗い私にも声をかけてくれて、周りの視線を気にせずに私を支えてくれて、どんなに感謝しても足りないぐらいぐらい」


 心臓がとくとくと温もりのある血液を再度循環させる。彼女のその言葉は俺の心を確かに暖める。


「でもだからこそ、私は朝倉くんの傍にいちゃいけないの」


 血液の流れがぐちゃぐちゃになった。


「お姉ちゃん? 全く意味が分からないよ?」

「朝倉くんの傍はとても心地良いの。けれど私はそこにいちゃいけない。朝倉くんは私の事を認めて褒めてくれるけど、私はそんなに可愛くもなけれな純真でもない」

「……ねぇお姉ちゃん、お姉ちゃんが中学生の時からそうだよね。そう考えちゃう理由をずっと私には話してくれないよね」


 虹雪さんに何があったっていうんだよ、そんなの知らないぞ俺。

 話してくれなきゃ分からないのに、勝手に傍にいちゃいけないなんて言うなよ。俺は優みたいな優しくて優秀な人間じゃないから、話してくれなきゃ分からないんだぞ。


「ごめんなさい、茜を信頼してないわけじゃないの。けど話してしまって楽になってしまったら、私の大切な親友だった人を裏切る事になるから、だから」


 茜は黙って話を聞いている。いや、黙ってるんじゃない。きっと悲しくて言葉を無くしているんだろう。俺だって悲しくてクローゼットの中に閉じ込められてしまった。

 好きな人が悲しんでいて、それを助けられないのって悲しいな。


「私は人を好きになっちゃいけないと思うの」

「親友だった人って誰なの? その人はお姉ちゃんに何をしたの? いや、一番聞きたいことは一つ」


 真面目で純粋な虹雪さんをここまで追い詰める事はきっと一つ。誰に何をされたぐらいでここまで追い詰められる理由は無い。


「お姉ちゃんは何をしてしまったの?」


 虹雪さんが何をしてしまったのか。彼女の性格ならば、人に傷つけられた傷よりも、自分が傷つけてしまった傷の方が深く心に刻まれるだろう。


「私は酷い事をした。きっと茜は私を軽蔑すると思うし、朝倉くんに話してしまったらもう二度と話し掛けてくれないだろうなぁ」

「そんなの話してみなきゃ分からないじゃない!」


 ――そっか、やっぱりまだ虹雪さんの中では俺の存在はその程度なのか。分かってた事だけど、虹雪さんは俺の事を本当の意味で信頼していない。


「ありがとう茜。そうやって怒って心配してくれる気持ちだけで私は嬉しいな」


 きっと虹雪さんは今悲しい笑顔を浮かべているだろう。助けて欲しそうな顔で、泣きそうな顔で、それでも無理して笑っているのだろう。

 俺はまだ、その笑顔を笑わせる事ができないのだろう。だから俺はクローゼットの中で動けないし、動く気力も沸いてこない。だって虹雪さんは助けてとも言ってくれないから。

 俺にまだ助けられる力が無いから。


「お姉ちゃんの馬鹿。可哀想な自分に酔ってるんじゃないの……」


 茜の言葉は涙に濡れていた。酔えていたならどんなにいいか、けど虹雪さんは大真面目に誰の手も振り払って一人で苦しもうとしている。構って欲しいわけじゃない。


「もう……知らない……ッ!」


 部屋から誰かが出て行く音が聞こえた。茜が耐え切れなくなって出て行ったのだろう。

 辛いだろうな茜、虹雪さんの事を好きなら好きなぶんだけ。

 俺は、そうだな。ちょっと心が軋む。けれど折れていないようだ、生半可な気持ちで虹雪さんに惚れたわけじゃないんだ、まだ頑張れる。


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