3話『イモウト☆エンカウント』
「俺はなんということを」
その一言に尽きる。女の子を泣かせ、素顔に興奮して褒め称えまくった。意味が分からない。人としてどうかしていると感じる。きっと明日から虹雪さんは俺の事なんて無視するだろう。もう二度と会話を交わす事もないだろう。あれ、それって結局いつもと変わらないんじゃないかだろうか?
そうだ、結局いつも通りの日常に戻るだけだ。いつも通り落ち武者と嘲り、空気のように彼女を扱う日々に戻るだけ。
それは無理だよなぁ。
だって知ってしまったから、落ち武者は実は超絶美少女だということ。あんな可愛い女の子を知らんふりをして空気のように扱う度胸なんてない。
だったら友達にでもなる? クラスで孤立している彼女と会話を交わす? それって俺が一番恐れている、目立つ行動ってやつじゃないか。無理に決まっている。
そして同時に、彼女の可憐さを忘れる事も無理だ。どうしたって意識してしまうだろう。どっちのルートを選んでもきっと俺のいつも通りは戻ってきやしない。
それなら釘を打たれるのを覚悟で彼女に話しかけてみる、と思い立ったが、つい先程思い切り好感度は下がってしまったのだ。こちらよりも彼女が大きく壁を築いているだろう。
詰んだ。俺はそう結論を出した。八方塞がりで四面楚歌。絶対に無理。今後俺は自分に嘘をつきながら、罪悪感と欲求不満を抱えながら高校生活を送る事になるだろう。終わった。
大きく溜息をつくと、何かを少し吹っ切れた気がした。長い間ここに立ち尽くしていた気がする。気がつけばもう午後六時になっていた。
下着泥棒の股間を豪打した鞄を担ぎ上げると大きく伸びをする。俺って不幸だな、と自嘲的に呟いて歩き出した。
帰ってギャルゲーでもして寝よう、今日は疲れた。久しぶりに女の子と話したしな。
虚しい事を考え沈む俺の後ろから、突然、また女の子の声が聞こえてきた。何だ今日は厄日なのかはたして超絶ラッキーデーなのか。
「あんた、お姉ちゃんの顔見たでしょ」
俺はまた幻覚を見ているのだろうか。
本日二度目の美少女が目の前に現れる。
茜色に染まる公園で、とても綺麗な瞳が俺を睨んでいる。
虹雪さんよりも肌の色は健康的で、しっかりと確かな意思をもった瞳はやや切れ長だった。
そして可憐な顔立ちは何処かで見た美しい女の子を連想させる。残念ながら胸がまな板なのもその手の人にしてみれば中々の上物だろう。
そして何よりもツインテールですよツインテール。黒髪ロングと同じぐらい三次元では絶滅危惧種なその髪型は、風にふわふわと揺れている。そっくりそのまま二次元から出てきたような美少女だった。
「フヒヒ! こんな時間に君みたいな女の子が出歩いているとさわられるゾッ!」
美少女の制服は、この辺りの公立の中学のものだった。中々オタ好みの制服だったんで覚えてる。
「キ、キモい……」
ツインテールはじりじりと後退り。いかん、興奮時のフヒヒが暴発した。これはオタ友だけに通じるネタなのに。
「もう一度言うわ、あんたお姉ちゃんの顔見たでしょっ!」
「お姉ちゃん……あぁそういうことか」
それならこの美少女が美少女なのに納得できる。なんせあの虹雪さんの妹なのだからな。
「見たよ、すっごく可愛かった。そしてスタイルも良い」
胸を張って言う。これに関しての嘘はつきたくない。
「そう思ってるなら話は早いわ、一つ頼みがあるの」
虹雪妹は、夕日をバックに、両手を腰にあてて言い放つ。
「お姉ちゃんと付き合ってあげてほしいの!」
「えっ?」
本日二度目の心の底からの驚愕だった。
なにがどうなっているのだろうか。
何故俺は美少女中学生と一緒にファーストフード店でハンバーガーを食べようとしているのだろうか。夕飯にファーストフードは何かとひもじいですよ?
しかもここは我が高校、鷹矢南高校最寄のファーストフード店。知り合いの出現率が高すぎるような気がする。その上二階の窓際は外からの晒し者状態である。ここしか空いていなかったとはいえ色々ひどすぎる状況だ。
辺りに知り合いがいないかどうかを確認しつつ、俺はコーラを啜る。ええ、今は何か啜りたい気分なんだ。
「七百八十円に見合う美味しさだといいんだけど」
そう言いながら、でかいバーガーをトレイにのせて虹雪妹が隣に座る。
「最近の子はよく食べますなぁ」
俺は冗談を捻り出しながら、このレアな状況に対応しようとしていた。
「たくさん食べないと胸に栄養がいかないからね」
だというのに虹雪妹は笑顔でそんな事をいう。何このピンクな展開。久しぶりに女の子に笑顔を向けられたような気がするよぉおおおっ!
「返しにくいことを言うなよ……どう転んでも俺のセクハラじゃないか」
「そうだね、ゴメン」
人懐っこく朗らかに笑う虹雪妹、……虹雪妹って面倒くさいな。
「ええと、俺は朝倉時音っていうんだ、君は虹雪なにちゃん?」
「虹雪茜、ちゅーにだよ」
ほほお中二ですか、ぴっちぴちですな。初対面の中二とファーストフードで飯食ってるわけか。俺色々大丈夫かな、世間体とか。
「で、なんとなくいきずりの女の子とファーストフード店にしけこんでみたのはい
いけど、君は一体何処から俺と虹雪さんの様子を見てたわけ?」
「一緒に下着泥棒を追っかけたのよ。そしたらあんたが変態を撃退したじゃない。その時すぐにお姉ちゃんに合流すれば良かったんだけど、いや……がっつり下着を握り締めているのを見てなんだか気まずくってさ」
「縞パンならしょうがない」
いや、流石にあれは俺もまずいと思ったよ、しかもあれ人に見られてたのか。うひょおお。
「そしたらなんだかベンチで話始めるじゃない? お姉ちゃんと話す人なんて初めて見たから、盗み聞きしてたってわけ」
全部聞いてたってわけかよ。俺は頭を抱えて恥ずかしい言動を思い出す。
「お姉ちゃんを泣かせた時には後ろから後頭部を鈍器でどーん、ってしたかったけどね。そしたらあのまさかの展開よ、開いた口が塞がらなかったわ」
お恥ずかしい限りです。俺はそのシーンを思い出して本当に小さくなる思いだった。
「それで本題で、お姉ちゃんの事なんだけど」
「いきなり付き合って欲しいの! って言われても何の事だか俺はさっぱり分からないな、それに恋愛ってもっと自由な気がするんだ」
付き合った事なんてないが、少なくともギャルゲーだと自由だった気がする。二次元経験なら軽く現実のイケメンを凌駕しているつもりだ。
「あんた、彼女でもいるの?」
「いたことはないな!」
精一杯格好良く答える。虚しい。画面の中になら複数の嫁が俺の帰りを待っているが。
「じゃあ偉そうな事言ってんじゃないわよ、童貞」
「ぐ……これだから三次元は品が無い。女性の品格とか言い出したのはテメェらじゃないのかよ」
「うわ、三次元とか言っちゃう系の人なんだぁ。お姉ちゃんも酷い男に顔を見せちゃったなぁ」
茜は心底引きつつ、どでかいバーガーにかぶりつく。俺は虹雪さんそっくりな顔でそんな事されると違和感を覚える。
「まぁしょうがないわ。ヘタにモテて女性経験豊富な男よりかは、オタクのほうがお姉ちゃんに似合ってるだろうし」
茜はあむあむとソースをひっかぶりながら器用に喋る。さっきから話が見えてこない。いや、話の本題自体は分かっているのだが、全くもって論理的ではないし、色んな理由が分からない。 とりあえず。
「すごくソースがついてて気になるんだが」
紙ナプキンを差し出す。が、茜はバーガーに両手を塞がれている。茜は愛らしい双眸を猫みたいに人懐っこく変えて、器用に上目遣いで。
「拭いてくれる~?」
とアイドルさながらのくりっくりの作りボイスでおっしゃいました。
「馬鹿おっしゃい!」
俺は瞬間的に発揮された妹属性の光線をモロにくらって、危うく紙ナプキン越しに彼女の柔肌をナデナデしそうになった。だが根本的な、人間的な度胸の無さで踏みとどまったのだ。俺は神妙な顔で紙ナプキンをテーブルに置くと、深呼吸する。
「良かった、まぁここで知り合って間も無い女の子の柔肌に触れるような奴だったらお姉ちゃんを任せる訳にはいかないもん」
作りボイスを解除して茜は自然な笑顔で笑う。年相応の茜の笑顔は純粋に女の子として可愛いと思った。茜は笑顔のまま飲み物を一口飲むと、今度は少し真面目な顔になる。
「恋愛が自由であるべきなのは知ってる。あたしも付き合った事なんてないけどそうなんだと思うし。でも今回は違う、緊急事態というか切羽詰った事情があるの」
俺はハンバーガーにかぶりつく手を止めて、茜に話の続きを促す。
「お姉ちゃんに友達がいないのは知ってるよね?」
「妹を目の前にして言うのも抵抗があるが、一人もいないのは知っている」
「そう、本当に一人もいない。中学の時は奇跡的に数人の友達がいたようだけど、高校に入ってからお姉ちゃんの友達というものを私は見たことが無い、家で高校の話も一切しないしね」
俺の心に嘲りの感情が蘇る。それと同時にまた自分の小ささを痛感して胸糞が悪くなる。
勝手に人を嘲って、勝手に自己嫌悪に浸るなんて最悪な野郎だ。
「お姉ちゃんは人見知りが激しすぎるの。自分から誰かに話しかけようとしないし、話かけられてもまず高い壁を構築してしまう。だから人よりも友達を作るのが苦手だし、他人と話すのも一苦労」
「その程度ならクラスに一人はいるレベルだ。普通はそれでもなんとか友達を確保していくもんだけど」
俺の冷徹な言葉に茜はシュンと沈み込む。いかん、俺ちょっと酷い。
「そうだね、けどお姉ちゃんの場合は違う。お姉ちゃんは残念ながら可愛いから。髪を染めたり、厚い化粧をしなくても十分過ぎる程に可愛いんだよ」
確かに、俺は一目見ただけで我を忘れるほど夢中になった。愛らしい双眸と柔らかそうな唇、甘い香りを鮮烈に思い出す。
「それがお姉ちゃんを孤立させてるもう一つの要因。ほら、大体女の子って大体同じ可愛さの子がグループを作ってるでしょ? もしお姉ちゃんが女の子グループに属するとしたら最上位のグループに入ることになる。でもお姉ちゃんの性格上、それは無理でしょ」
うん、それは無理。見てて辛くなるほど尻軽軍団のテンションは常時高いからな、まるで失速すると墜落してしまうかのように。そんな中にあの虹雪さんが混じれるとは思えない。
「お姉ちゃんにアニメや漫画とかの趣味があったら、まだそういう系のグループに入る可能性もあるんだけど、お姉ちゃんは全くそういうのに興味ないしね。だからお姉ちゃんはどのグループにも属せないっていうわけ」
「なるほどね、納得した。けれどその二つの要因じゃまだ友達が一人もいない理由には足らない気がする。もう一つあるだろ」
そう、あの落ち武者とまで言われたあの外見。何か理由があるとしか思えない。
「よく気づいたね、お姉ちゃんの孤立の致命的な要因は、自分に自信が無いことなんだよ」
なんでだろう、と純粋に思った。あれだけ麗しい外見を持っているのにどこに自信を持たない要素があるのか。
「なんでお姉ちゃんが自分に自信が無いのかはあたしにも分かんない。同じ女の子としてあそこまでの外見を持っていて、それを誇りに思えないのが理解できないの」
「いや、君もお姉ちゃんと一緒ですごく可愛いじゃないか」
てへ、と少し頬を赤らめて茜は舌を出す。そんな仕草も茜なら許せてしまう。他の並の女子がしようものなら頭の中でフルボッコにしてやるが。
「あんたみたいに素面で恥ずかしい台詞を吐ける奴なら、お姉ちゃんの色んな障害を取っ払うのに適しているかもね、だからここまでしているんだけど」
大体の状況は掴めてきた。お姉ちゃん思いの妹にお姉ちゃんの見合いを申し込まれているようなもんか。理由としては行き遅れたわけではなく、本人の高校生活の改善の為であるが。
「それでも、そんな理由で恋愛しろ! なんて言われてもな」
「じゃ、じゃあせめてお姉ちゃんの友達になってあげてよ……なってあげて下さい」
ここで敬語を使うのは卑怯だ。と真っ直ぐで純粋な茜の瞳に動揺する。
「今ね、あたしとお姉ちゃんの二人暮らしなんだ。あ、別に両親が死んだわけじゃないよ? ただ色んな理由があって一緒にいないんだ、仕事とかね。だからお姉ちゃんはあたし以外の人間とほとんど会話してなくて、なんというか、すごく寂しいんじゃないかなーって」
先ほどまでの強気な態度はどこにいったのか、茜はもじもじしながら自身なさげに話す。恥ずかしいのだろう。そして恥ずかしい思いをしてまでお姉ちゃんの交友関係を広めてあげたいのだ。
「そんな事情を知ってまで、会話すら交わさないほど俺は非情じゃないよ……分かった。でもあくまで友達だからな、あと虹雪さんの抱えてる問題全てを解決するつもりもない」
それで頑張ろうものなら、まず間違いなく俺の高校生活が混沌で濁る。そこまで一人の女の子の為に頑張れない。いや、頑張ることができない。
「う、ん、とりあえずそれでいいよ。結局お姉ちゃんの問題だし、あんたにそこまで求めるのも酷い話だしね」
「君はさっき付き合えとか何とか言ってなかったか?」
「だってそう言っちゃえば男ってカラダ目当てでくいつくかなーと思ったりなんかしちゃったりして」
俺は鼻からコーラの香りが一気に駆け抜けた。
「おまえは実の姉のカラダを売ろうとしてたんかいっ!」
「お姉ちゃんが寂しくなくなるならしょうがないかなとか思ったの! 使える武器は使わなきゃ損でしょーっ! あとお姉ちゃんは着やせするタイプですからお楽しみにっ!」
俺の妄想回路のモンスターエンジンが火を噴く。瞬時に下着姿(縞パン)の虹雪さんが再生されてもうえらいこっちゃ。
「おっぱい揉みたい!(俺はそんなカラダ目当てのあさましい人間じゃねぇっ!)」
「漏れてる漏れてる! 本音が漏れてるぞ発情期!」
俺は妄想回路のスイッチを強引に止める。おじいちゃんの法事を思い出せ……!
「ともかく、俺は別に虹雪さんの事をやましい目でなんか見ないからな、見ないぞ! 絶対見ないぞ!」
「なんだか芸人のノリに通ずるものがあるわね……大丈夫かな」
俺は鼻息荒く下心を否定する。何この矛盾。
ふと時計を見ると、もう午後八時というそれなりに遅い時間だった。
「いい加減帰らないと。おまえももう帰れ、虹雪さんが心配する」
「っていうかおまえって呼ばないでよ、慣れなれしいわね、あんたに言われなくても帰るし」
明らかに年下なのにこの扱われはどうなんだろう。まぁそういう無害なオーラが俺から出ているからかもしれないが。
「夜道に気をつけろよ、なんせ下着泥棒に狙われた姉の妹だからな。変態に好かれる姉妹かもしれないし」
「ひどいわね……もしかして遠回し心配されてるのかな。何故かあたしは身の危険を感じてしまうのだけど」
俺はけーっとベタにふて腐れながら、茜とトレイを片付けにかかった。
店の外に出るともう辺りは真っ暗で、学生達の姿が見えるものの静かな空気である。
「えと、じゃあお姉ちゃんの事よろしくお願いします」
改まって茜は俺にぺこりと頭を下げる、少し緊張している様子だ。
「全部が全部上手くいくわけじゃないと思うけど、そこまで頼まれたんだ。善処はしてみるよ」
逃げ道を確保する自分に僅かな嫌悪を感じる。利己的で自己中心的だな。
ばいばい、と微笑を浮かべ茜は家に帰っていった。取り残された俺は冷えた空気を肺いっぱいに吸い込み、わりと澄んだ星空を見上げた。
「なんだか大変な事になったな」
ほんとそーだよ、なんだよこの状況。
それでも俺はほんの少しの胸の高鳴りを、確かに感じているのだった。
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