為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。
……僕の目の前には、恐ろしき物体。
これは、いったい、なんだ。
黄土色?人の肌が、腐食して朽ちていったかのような色合い。
所々に、血のかけらのようなものと、毒草の欠片が混じっている。
時折黒い闇をまぶしたようなものも見える。
新しい生命体なのではないか。
時折表面が、持ち上がる。
ばぶっふ、ぼぶっふ。
この恐ろしき脈動は、なんなんだ。
鍋に入っているが。
入れるものがなかったのか?
新種の生命体をこんなところに閉じ込めるなんて。
「えへ!!今回のはね新作なんだ!!」
「この生命体はいったい…?」
僕の彼女はこう、すごく良い子なんだけど、超絶的にこう、メシマズというかね、うん、僕今から死ぬわ!!!
「も~!!瑠偉君ってばまたまたそんな冗談ばっか!!シチューだよ!!シチュー!!」
この物体が、シチューだと…?
漂う香りは炭、怪しくうごめく物体に固形物はほぼない。
赤いものは…紅ショウガか!!
シチューってさ、もっとこう、具がごろごろしててまろやかで、幸せな感じがする食べ物なんじゃあ、ないのかな…。
こんなにドロヘドロで不穏な雰囲気と強烈な刺激臭を放ったりしないもんなんじゃないのかな…。
「味見、してどうだった?」
「見てないよ!!食べてからのお楽しみじゃん!!」
なぜ…味見をしない!!!
「ケイちゃんのオリジナリティあふれる創作料理よりもさ、僕は普通のシチュー食べてみたいかな。」
「ええ?普通のシチューじゃん!さ、食べて食べて!!」
器によそわれた、物体X。これのどこが、普通のシチューに見えるというんだ。
食わねばなるまい、男なら。
為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。
食ってみたら食えるかもしれないじゃないか。
食ってみたらうまいかもしれないじゃないか。
食わねば何事も始まらないんだよ!!
はむっ。
・・・。
おお、このもったりとした、食感。
舌の上に残るざらつきと、鼻をくすぐる刺激臭。
歯ごたえの全くないよくわからない草。
飲み込んだ時に喉に引っかかるのはいったい何だろう?
おかしい。
飲み込んだはずなのに、のどの奥にしっかり残る、この違和感。
おかしい。
飲み込んだはずなのに胃袋にずっしり残る、重量感。
おかしい。
飲み込んだはずなのに、いつまでも口の中に残るこの不快感。
「全部食べていいからねー!」
気合で食ったさ。
しかし腹は壊さなかったのさ。
昔はずいぶん腹を下したもんだったけど、慣れてきたんだね、うん。
…慣れたく、ねえええええ!!!
僕は、なるべく自炊をするように心がけた。
自分でうまいものを作って彼女に食わせれば、学習していくに違いない。
シチューのルーの、箱に書いてあるレシピ通りに作ってみた。
美味そうな、シチューが完成した。
彼女と、僕の作ったシチューを囲む。
「レシピ通りに作ったんだよ、美味しいでしょ、だからケイちゃんもさ・・・」
「うーん、普通だね!!パンチが足りないっていうか!!ああそうだ、ラッキョウ入れよう!ハイどばー!」
ラッキョウを汁ごと入れられた…。
ぐっちゅぐっちゅと混ぜ込まれて、形を保っていた野菜たちがつぶされていく。
ああ、こうして謎の物体X化していくわけか。
謎が一つ解けた!!!
…うれしくねえええええ!!!
食ったら、まあ、食えないことは、ない。
僕の味覚が、進化?いや、退化したのか?!
僕はこのさき。
ケイちゃんの料理の腕が上がることを信じて生きていくつもりではあるけれど。
この味に慣れる方が、先になりそうな気がしてならない。
この奇天烈な味付けの生み出す摩訶不思議な毒素耐性能力値が上がっていくだけのような気がしてならない。
僕に毒を盛ったところで、微塵も効く気がしない。
そんなふうに考えればさ。
いい嫁貰ったなって、思えるはずなんだよ。
僕は物体X化したシチューを美味しそうに食べるケイちゃんに、指輪を差し出した。