#01 こころの修行
引き続き、アリスとハンナの修行についてですが、長くなってしまいました。
魔法の発動について“#-1”の説明用に書いていたものを織り込んでみました。
ストーリー的には読み飛ばしても差し支えありません。
こころの修行
アリスはハンナをシートに寝かせると、周りに音と個体を遮断する結界を張って、環境を整えた。
アリス 「ハンナ、これからあなたがしばらく続ける修行はこれになるわ。 “こころの修行”よ」
『わかりました。 お師匠様』 ハンナが丁寧に答える。
アリス 「ハンナ? 首とか頭は大丈夫かしら? しばらく、そのままになるから、しんどいようなら今の内に言って?」
ハンナが、フッと少し吹き気味にアリスに言葉を返す。 『大丈夫です。 それに、お師匠様? 過保護すぎです。 私は娣子なんですよ?』
アリス 「フフ、ごめんなさい。 でも、集中してほしいから言っているのよ。 効率はとても大事。 娣子に無駄な努力はさせたくないわ。 だから、何でも言って?」
ハンナは言われた通りに、目を閉じて大きく息をしながら口元を緩めて返事をした。
アリス 「そうだハンナ、“言葉”についてだけど。 さっきから言ってる“こころ”は、学術的に“精神”とも“意識”とも言い換えることができるけど、どちらの方が分かり易いかしら?」
ハンナ 「――“こころ”でお願いします。 たぶん、私には一番分かり易いと思います」
アリス 「わかったわ」
アリス 「息を吸う時にゆっくり、1、2、3、って8まで数えて吸って。 吐くときはできるだけ長く。 いいわ、ハンナ。 とっても上手よ。 続けて――」
アリスはハンナに呼吸法を身につけさせ、瞑想状態を作り、そこから“魔素に触れる”ための訓練を始める。
この方法は、アリスが子供の頃に受けた訓練の応用で、アリス独自の“魔法”に関しての仮説から理論を構築したものらしい。
アリス 「じゃぁ、いくわね。 お腹とオデコに触るわよ? 上手くいくかはわからないけど、今度は危険はないと思うから」
そこまで言い切って、アリスの声のトーンは少し下がった。
アリス 「――いつかね、わたしに子供が出来たら試そうと思ってた方法なの」
そう言うと、アリスはちょっとオトナっぽく笑った。 ハンナは少し考えて『よろしくお願いします』と若干遠慮気味に言った。
アリスはハンナの様な逸材は今まで見たことも聞いたこともないと言っていた。
アリスは純粋にハンナの持つ未知の可能性に興味をそそられていて、出し惜しみをするつもりなど毛頭ないのだろう。
持てる知識と経験をすべてアリスに伝えるつもりでいることは、その表情からも伝わってくる。
ハンナの方も気が付いている。
アリスはこの少しの時間の間にハンナとの距離をぐっと縮めてきた。
そしてハンナは、アリスが見せてくれているその表情を知っている。 ジーナやエマの時と同じだ。
ハンナはまた、返すことができそうにない恩が増えていくことを予感して、心苦しく思っているのだろう。
だが、アリスはかまわずに、続ける。
アリスはハンナに触れる両手から、無作為に集めた魔素をハンナの身体に流していく。
魔素は、ただただ流れて、また元の空間に戻っていくだけなのだが、ハンナに感覚を持たせるためならこれでいいのだろう。
ハンナ 「体の中が騒がしく感じます――」
アリス 「ええ、ハンナ。 でも、返事はしなくていいわ。 集中して、いいわね?」
ハンナはうなずくと、静かに大きく呼吸を続ける。
「そう、いいわよ。 じゃぁ、息を吸う時に身体全体に意識を巡らせて。 そして、吐くときにリラックスさせるの」
「うん、上手。 身体を下に引っ張ってる重力が感じられるわね?――」
ハンナはうなずく。
「――じゃぁ、気温や湿度は? 疲労や倦怠感、痛み… 体が教えてくれる色んな事をこころで感じて」
「…」
「次は、息をゆっくりと吐きながら、はじめは頭、次は額、目の回り、と言った感じに、一呼吸ごとに頭のてっぺんからつま先に向かって部位を変えながら身体を緩めていくの。 これを何度も繰り返して――」
「そう、上手よー」
人の脳は、身体がリラックス状態の極限に達してくると、その直前まで研ぎ澄まされたように感じていたあらゆる感覚を認識できなくなってくる。 こころと身体が切り離された状態。 この状態のことを“無心”という。 あるいは、トランス状態とも、変性意識とも。
この深度に降りると、徐々に新しい感覚が目覚めてくる。 いわゆる“第六感”と呼ばれるものだ。
アリス 「すごいわ、ハンナ。 ここから少し難しいことに挑戦するわよ。 今のあなたは、こころとからだの境界線が曖昧になってるでしょう? ちょっとずつでいいから、こころを体の外に広げて行って。 あなたの回りの空間をあなたのものにするの――」
これは、ハンナが優との稽古でやった脱力法よりも遥かに難しい。
リラックスの極限で無心を保ちつつ、集中力を維持するという矛盾した状態をいかに持続させられるかが最大の難関だ。
ハンナ 「――あっ!」
ハンナが無心にまで辿り着くのに要した時間は20分。 そこから、“こころを広げる”に移ったハンナの初挑戦は、10秒も持たなかった。
そして、何もつかめなかったことに、ハンナは少し落ち込んだようだ。
だが、そんなハンナに『初めてにしては、上出来よぉ!』とアリスは嬉しそうに言った。
アリスには、“何か”が視えていたらしい。
ハンナ 「ごめんなさい、お師匠様... 少し、気分が悪いです」
アリス 「うん、魔力切れね。 それは普通よ、問題ないわ」
アリスは『ちょっと、そのまま休んで聞いてて』とハンナに言って、アリスはしゃべり続ける。
アリス曰く、この魔素を捉えるというスキルを発現させるには、才能だけでなく“運”という要素もあるという。
ある種の閃きや偶然の産物で一気に感覚をつかめるようになることがほとんどで、 その“運”を引き当てるためにはやはり回数をこなすしかないらしい。
数日でできるようになる者もいれば、何年もかかる者もいるそうだ。
因みにアリスは、魔素を感じられるようになるまでに1ヶ月、視えるようになるまでには1年ほどかかったと話した。
魔法を視ることについて。
集めた魔素を生命エネルギーと練り上げ、魔法を発動させるための純粋なエネルギーの状態を“錬”という。
全ての魔法使いが錬を視ることができるかというと、そうことではないらしい。
錬を視ることができなくても、感覚的に魔法を発動させることはできる。
だが、例えば、魔術師同士のハイレベルな戦いにおいては、視えないと話にならない。
相手が使う魔法の種類を、予め練り上げた錬を視て見当を付けることができれば、視える方は相手の魔法が発動される前に対策が打てるのに対し、視えない方は後手に回ってしまう。
この場合、視えない方は余程の力の差があるか、余程の相性のアドバンテージが無ければ勝つことはない。
アリスの専門分野である結界魔法や呪印などを解くためには、組み込まれた魔法を発動させている錬が視えないと何もできない。 アリスの2人の付き人はその意味では人並み以上にできていて、錬の軌跡もちゃんと認識できているらしい。
そして、アリスは、ダンテや優たちのことについても触れた。
ダンテや優が扱う身体強化も魔素を扱うので魔法の一種だとハンナに教えた。 しかし、ダンテたちがどの様に錬を認識して捉えているのかは、まだアリスにもわからないという。
彼らは漠然と超感覚的に錬を認識していて、魔術師のいう“視る”とは違う次元のものらしい。
アリスたちが錬の質をみているのに対し、ダンテたちは錬を動きで捉えているようだとも言った。
理想としては、両方の視方ができた方が良いので、アリスもダンテから時々レクチャーを受けていると言った。
そして、それはハンナにとっても将来の課題だとも言った。
アリスは結界を解くと、『今日の授業は、これで終わり』と明るく言った。
『優君のところに行くなら、10分くらい仮眠を取った後でね』とハンナに言い残し、木陰に娣子を一人おいてダンテの元へ駆けて行った。
アリスも我慢していたらしい…