#01 初めての師匠と娣子
魔素の捉え方
アリス 「汗を流すと気持ちいいわねぇ」
ハンナ 「そうですね」
2人が広場に上ってくるとベレとコールが一礼して、入れ替わりに溜め池の方へ降りて行った。
優はダンテの手伝いをしていて、脇でナトが着替えを入れたバケツとゴーグルを持ったままふくれている。 優が水浴びの順番をベレとコールに譲ってしまったからだろう。
優は、歩てくるアリスとハンナの方を気にしている。 違和感を覚えたようだ。
それまで、ダンテ以外に興味を示してこなかったアリスが、ハンナを真っすぐに見て話をしている。
いつものアリスだったら、真っすぐにダンテの所に来るはずなのに、絡んでくる様子もない。
視線を感じて2人は、優とダンテの方に手を振った。 そして、通り過ぎて行ってしまった。
優が、急に女性特有の連帯感を持ち始めた2人を不思議そうに見ていると、ダンテが『ハハハ』と笑った。
『アリスに“娣子”(弟子)ができたみたいだな。 うん。 良いことだ』 そう言って、ダンテが優の肩に手をおいた。
『アリスさんが、ハンナに魔法を教えるってこと? ハンナには魔法の才能があったんだ』 優がうなずくと、ダンテが『ああ。 そう言えば、ジーナもそんなようなこと言ってたな』と納得していた。
優 「へぇ-」 ダンテ 「あ、 優。 そっち側もってくれるか?」
優 「ん! っと。 これでいい」 ダンテ 「あぁ、少しもっててくれ。 とっととこれを終わらせよう」
ダンテの作った即席の石積みのかまどから、煙がボオッと立ち上る。
アリスは木陰にハンナと座ると、さっそくハンナに魔法の基礎から話し始めた。
アリス 「まずは、基本からね。 分からないことは、何でも聞くのよ?」
ハンナ 「はい」
アリス 「これは、わたしの師匠の受け売りなんだけど… いい? 魔法は“こころ”で使うの―」
アリスは落ち葉の上に両ひざをついて姿勢を正す。 『魔素って分かるかしら?』 ハンナは首を振った。
アリス 「わかったわ、ちょっと見てて。 あっ、でも、手は出さないでね?」
アリスは、掌を上下対象に向かい合わせると、少し目を伏せて集中した。
3分くらいで、10㎝ほど空いた手の間に小さな薄紫色の結晶が出来上がった。 5㎜ほどの結晶はくるくると回転している。
『すごい... キレイです』 ハンナがのぞき込むように見て言う。 しかし、アリスの方は『ごめん、ちょっと手が離せないから、手伝って』と焦りぎみだった。
アリス 「そこに、細長い葉っぱが生えてるでしょ? それをこれに当ててみて?」
ハンナは、言われたままに草の葉っぱを取ると、結晶にあてた。
『キィンンンンーーー』 小さな金属音がして結晶は散り、フッと何かが広がった――。
葉っぱは結晶に触れた一瞬で凍っていた――。
「 !? 」
ハンナは驚いて、葉っぱを放してしまった。 地面に落ちて白い霜が生えた。 葉っぱの回りの枯葉にも白く霜が付く。
『すっごいです。 アリスさん――』
『あ゛っ!?』 ついでに、葉っぱを持っていたハンナの指先の皮膚まで凍ってしまっていた。
「うわぁ! ごめん。 見せて――!?」
アリスが、慌ててハンナの手を取って診る。 冷たくなったハンナの指は、アリスの手の体温ですぐに解かされたが、凍っていた部分は赤くなっている。
「ごめん、ハンナ。 ちょっと張り切りすぎちゃった」
『大丈夫です』 というハンナの指は、軽い低温やけどを起こしていて、少し痛そうだ。
アリスが重ねて、『大丈夫ですから』というハンナに謝り続ける。
アリス 「こんなつもりじゃなかったの… 火を使うと危ないから、反対に氷にしてみたのだけど――」
ハンナの方が指を舐めながら『今のは、何ですか?』と話題を進めた。
アリス 「…あっ、うん。 今のは氷の魔素を集めたの。 キラキラしたのが見えたでしょ? あれは、氷の魔素の結晶よ。 本当は、結晶にするつもりはなかったんだけど、張り切りすぎて圧縮しすぎちゃった… ごめんなさい。 わたしも初めてだから、人に教えるようなことするのって…」
ハンナは『もう、いいですから』と笑って、更に説明を求めた。
アリス 「それでね。 魔素って言うのはね、一つひとつは小さくて見えないんだけど、私達の回りの空間にいっぱいあってね、種類もたくさんあるの。 魔法は、そのたくさんある小さな魔素の中から、必要な種類を集めてきて、ぎゅってして、使うものなの。 今、見せたみたいに… わかるかしら?――」
ハンナがうなずいて、アリスは続ける。
アリス 「――わたしは、少し特異体質だからいろいろ種類を扱えるけど、普通はみんな1・2種類の魔素を扱うのに特化するわ。 それでね? あなたの場合は、淵源と言ってちょっと特殊な魔素を扱える体質なの。 ほとんどの魔法は、モノを壊したり、変化させたり、そんなことばかりなんだけど、淵源はホントに特別で、傷を癒したり、病気を治したりもできるらしいわ。 わたしは、それは使えないから、どんなものか分からないし、あなたのやけども治してあげられない… ごめんなさい」
アリスが一気に話して『ここまで、分かったかしら』と尋ねると、ハンナはうなずいて質問した。
ハンナ 「さっき、アリスさんはどうやって手の中に魔素を集めたんですか?」
アリス 「ああ、そうね。 これも、師匠の受け売りで、ごめんね。 はは、でも、分かり易いと思うから。 わたしの師匠たちは糸って呼んでたわ」
ハンナ 「糸、ですか…?」
アリス 「ええ、“こころの糸”よ。 糸にはいろんな色があって、その色によって捕まえられる魔素が違うの。 さっきわたしは、白いこころの糸をたくさん空間に飛ばして、そこに着いた魔素を絡め捕って、集めてきて手の中で糸と一緒に丸めて“圧縮”したの。 はは、これはただのイメージだけどね。 でも、分かってもらえるかしら?」
ハンナ 「はい、イメージは湧いてきます。 わたしは緑色の糸をイメージすればいいんですね?」
アリス 「ええ、それでいいと思うわ。 でも、拘ることもないわ。 全部感覚的なものだから」
そう言いながらアリスは、手をついて立ち上がって、レジャーシートを広げた。
アリス 「それじゃあ、始めましょうか?」
ハンナ 「はいっ、 ですが。 その前に」
ハンナは改まって姿勢を正した。
ハンナ 「もう、“アリスさん”はおかしいと思うので、“お師匠様”と呼ばせてください」
アリス 「ええぇ⁉ それは、変よ! ハンナ、それは、もうちょっと待って。 娣子にケガを負わせるようなのは、師匠とは呼ばないわ」
ハンナ 「いいえ、お師匠様。 私はケガなんかしてません。 それに、お師匠様は私に魔法の稽古をつけてくださると仰いましたので、私はもうお師匠様に娣子入り済みです。 娣子がお師匠様のことを名前で呼ぶのは、おかしいでしょう?」
アリス 「ハンナ…」
ハンナ 「なんですか? お師匠様?」
アリス 「あなたって、そんなに“押し”の強い性格だったかしら…?」