#01 アリスの葛藤
アリスとハンナの関係が変わっていきます。
アリスの葛藤
ハンナの方はアリスと打ち解けると、途端にお喋りになった。
「―そうそう、こっちに戻るときにアピオスをみつけたんです。 あれ、おいしいんですよう」
根明な性格はハンナの良いところだ。
自分の容姿など全く鼻にかけないハンナの性格は、自然と周囲に好感を与える。
だが、そんなハンナと間近に接しながら、アリスは少し複雑な表情を見せていた。
ハンナという存在に嫉妬していた自分に気付いて、それを恥じていたのだろう。
実年齢とは対照的に幼く見えてしまうアリス。 その反対に、年齢の割に大人びて見えるハンナ。
容姿にコンプレックスを持つアリスにしてみれば、仕方のないことだ。
容姿端麗で気立ても良くて、才能もあって、それを知って希望に目を輝かせる初々しさを間近で見ていて、人として、同じ女性として、嫉妬してしまうのは無理からぬことだろう。
アリスの浮かない様子にハンナが気付く。
「アリスさん…? どうかしましたか?」
「ん? あ、ううん、何でもない」
そう答えながらも、しばらく考えていたアリスだったが、急に吹っ切れたように笑った。
そして、水面から両手を出して顔をパシッと叩くと、頬を触りながらちょっと呆れたように、『あなたがわたしと同じフィールドにいなくてよかったわ』と言った。
『どういうことですか?』と不安な声色で尋ねるハンナ。
『情けないけど、わたしもまだ若いってことよね?』とハンナの質問に質問で返して、困惑するハンナを『フフフ』っと笑う。
アリスはいつも通りのにこやかな自分を取り戻した。
アリスがダンテに対して好意を寄せていることは、誰の目にも明らかだ。
そしてアリスにとって、ハンナという存在は同じ女性として、才能という面でも嫉妬してしまう対象ではある。 でも、ハンナはアリスが望むものを邪魔するような存在では全くない。 はじめから、アリスの“敵”ではないのだ。
やっかみや嫉妬がアリスの思考レベルを低次元へと引っ張り、自身の自己評価までもが下がってしまっていた。 アリスは、そんな自分を笑ったのだろう。
アリスは自分の置かれている“立場”についても、改めて思い至ったようだ。
アリスもダンテたちと同じ世代。 下の世代の者たちを守り導く立場にいる。
それは、オトナとしての務めであり、責任であり、そして、『“道を進んだ先”にいる者には課された“従うべき倫理”がある』、これは今は亡き彼女の師の言葉でもある。
アリスから見て、ハンナはか弱くて危なっかしい存在だ。 だが、類い稀な才能を持った逸材だ。
アリスは、ハンナを守り導き育てるべき立場にいる。 かつてのアリスの師匠たちがそうだったように、アリスにもその順番が来た。
アリスの顔から迷いが消えて、代わりに自信と覚悟が浮き出てきた。 アリスの目にも“落ち着き”が戻った。
そんなわけで、今、 アリスは意図的に、ハンナと肌が触れるほどに距離を縮めている。
半分は、ハンナが戸惑うのを面白がっているようにも見えるが…
アリスと“仲良く”なれたはずのハンナは、また、アリスの変則的な変化に戸惑うばかり。 間近で真っすぐに見て話しかけてくるアリスに、完全にペースを崩されてしまった。
ハンナ 「アリス...? さん...?」
でも、すぐにハンナのその目にも決意の光が宿った。
ハンナ 「アリスさん、お願いがあります」
アリス 「わかったわ。 いいわよ?」
ハンナ 「えっ?」
アリス 「魔法の稽古でしょ?」
ハンナ 「えっ? あっ! ありがとうございます!」
アリスはいつも通り、ハンナのペースを掴んでにこにこと笑った。