#01 才能
お互いの疑問
アリスはハンナを待たずに溜め池に飛び込んだ。
「―冷たぁ…」
水面から顔だけ出してつぶやくと、水底の岩につま先立ちしながら振り返る。
「いいわねぇ。 羨ましいわ、白い肌って」
アリスは褐色の良い自分の肌と見比べて、ハンナに言う。
「そうですか? 私はアリスさんの肌はキレイだと思いますけど…」
でも、そう言いながらハンナは、必死でアリスの姿を追っていた。
何もまとわないアリスは普段以上に存在感が無い。
水を掻く音もほとんどしない。 アリスの周りでは音が何かに吸収されているかのように消えていく。
気を抜けば、アリスの姿は抽象化されしまい、景色に溶け込んで見えなくなる。
アリスが話しかけてくるからその存在を見つけやすくなっているだけで、アリスがもし本気で気配を消したのなら、ハンナは完全にアリスを見失ってしまうだろう。
『うゔっ、ホント。 冷たいっ』 白い肌が肩まで濡れて、ハンナもアリスと同じ音が口から洩れる。
アリス 「――羨ましいわよ、 チビで色黒のわたしからみたら… ただそうしてるだけでキレイだし… みんなハンナのこと見てるし… わたしなんて待ってても、一度も... 見てもらえないのに...」
ハンナ 「ん? もしかしてアリスさんって、魔法で気配を消してるんじゃないんですか?」
アリス 「あっ… あぁ、そっか。 これのせいもあるわよね」
そう言ってアリスは急に恥ずかしそうにした。
アリス 「これはね、オートでわたしに付きまとうの。 隠密魔法とでもいうのかしら? 意識して効果を止めることはできるけど、気を抜くと勝手に発動してるの…」
仰向けになってカスタード色の髪を濡らしていたアリスは、立ち直って今度はオトナっぽく笑った。
アリス 「あははっ、そうよね。 わたしもぬけてる」
そういうと、さっきまでぼやけていたアリスの輪郭は、はっきりとハンナにも見え始めた。
ハンナ 「そ、それ、凄いですね。 変わった体質ですね」
アリス 「あら? アナタの“緑色のそれ”と同じだと思ったのだけど?」
そう言ってアリスは質問を返した。 ハンナは何のことだかわからない。
水に入ったばかりのハンナとアリスは、互いに顔を見合わせて首を傾げた。
ハンナの才能
ハンナが『緑色って?』と聞き返すと、アリスも『?』を抱えて固まっている。
アリス 「あ、あぁ、“目”は育ってないのね? 魔法は扱う種類によって色が違うの。 あなたも目が育てば見えるようになるわよ」
そして、軽いため息をついたアリスは、『あきれた』とでも言うように続ける。
「あなたのお師匠様は誰?」
今度はハンナが固まる番だ。
アリスが『いないの!?』と驚くと、ハンナは首をかしげながらも、うなずいて返事を返した。
アリス 「じゃあ、一度も誰にも魔法を習ったことがないわけ?」
また、ハンナがうなずくと、『まさか、100%無自覚の天然さんだとはね…』とアリスはつぶやいた。
ハンナは、何のことだかさっぱりわからない風で、困っていた。
アリス 「わたしは、てっきり…」
アリスはしばらく考えて納得して、『わかったわ… なるほど、お互いさまね』と言って笑って顔を起こした。
『説明してあげるわ』とハンナの近くまで寄って、アリスが優しく言う。
ハンナも『お願いします』と頭を下げた。
アリス 「あなたが料理をしたり、ケガを治療したりしているときに使っている力は、間違いなく魔法よ。 淵源といってね、希少な力なの。 でも驚いた、天然で淵源を扱えて、しかもオートで発動してる人なんて今まで聞いたこともないわ」
アリスは苦笑する。
アリス 「淵源は才能のある魔法使いが何年も修行して身につけるハイレベルな魔法なの。 わたしは、あなたが謙遜してるものとばっかり思ってて… ジーナさんの所に居たって聞いてたから…」
ハンナ 「そうなんですか!? ――でもそういえば。 ジーナさんにも魔法の才能があるかもって言われたことがありました」
アリスは恥ずかしそうにまた苦笑する。 アリスのジーナに対する評価は、かなり高いらしい。
アリス 「ええ、エリートと呼ばれたわたしがいうと大げさに聞こえるかもしれないけど、才能があるなんてものじゃないわよ。 あなたのそれはわたしのよりもずっと格上よ」
ハンナ 「ホントに!?」
アリス 「ええ! でもね、人前でその力を見せちゃだめよ? だから、人前で料理も診察もダメ。 実力をつけて自分を守れるようになるまではね?」
アリスは、ハンナの問いに答えた後、声のトーンを一つ下げて言った。
ハンナ 「わかりました」
アリス 「あなた、本当に危なかったのよ? 軍部になんか見つかってたら、今頃こんな所に居られないわ。 ホントよ?」
アリスは若いハンナを心底心配していて、釘をさすという意味も込めて強く言っている。
でも、ハンナがそれに答える声色は、明るかった。
それよりも、『自分にもジーナや優のように戦える力があるかもしれない』ということの方が嬉しかったのだろう。
そんなハンナを見て、アリスも唇が緩んでしまった。