表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/61

#08 野営

考察



各々が荷物をもって石山に登る。 ジルガスたちにも荷物を乗せてリードを引いて頂上まで登る。

サテラが見張りをしている間に、3往復目の優とハンナが荷物を置いてテントを組み始めた。 ダンテもアリスを手伝って、ものの5分で2つのテントが組み立てられた。 慣れたものだ。 男女の人数が逆転してしまったので、大きい方が女性用になる。


組みあがった小さい方のテントの中では、まずハンナがアリスの手のケガを診察し始める。 その間もウリはハンナのそばを離れようとしない。 今日の襲撃のことがあったから、ハンナを護衛しているつもりなのだろう。 ナトはジーナの腕の中で舟をこいでいた。


時々、治療中の師娣から、ケンカ腰の会話が聞こえてきていたが、やがて静かになり、無事に終わったようだ。

次いで、ダンテのケガを診ると言ったハンナだったが、こっちは早かった。 傷を消毒して包帯を巻き直してもらうと、ダンテはとすぐにテントから出てきた。

後から出てきたハンナに、ダンテはテントの中のライトを消すように言った。


欠けた月に照らされた辺りは薄暗く、平原特有の静けさが広がった。


ダンテ 「みんな、今日は大変な一日だった。 とりあえずは食事をとって一息ついてくれ。 保存食のみで申し訳ない。 焚き火やライトは敵に俺たちの居場所を知らせてしまうから、今日は使えない。 すまないが、これは安全のためだ」


一同に異論などあるはずもなく、静かにうなずいた。

机の代わりの岩の上に並べられたナッツ、ビスケット、ドライフルーツ、干し芋にブレッド、一同はすき好きに軽く食べながら腰を下ろした。

約12時間ぶりの食事だ。 疲労のせいもあって言葉は少ない。



優が警報装置を張り終えて戻ってきた。 馬車にも異常はなかったらしい。


ダンテ 「みんな、食べたら今日はもう休んでくれ。 明日も早くに出発する予定だ。 昼間は今日みたいに走って、午後から水辺を探して休息場所を探そう。 今のところ追手の気配はないが、まだまだ気を抜かないでくれ」


国境をぬけてから、約70㎞。 ダンテたちはリバ山脈の終わる所に居る。

ここまで、襲い掛かってくるような魔物にもモンスターにも、遭遇しなかった。

そして、ISMINTIたちにも合わないまま、彼らの聖域を通りぬけてしまった。

ダンテは何もないことをこれ幸いと、SAURESの手の届く範囲から一刻も早く抜け出したいのだろう。


ダンテ 「ハンナ、ナトとウリを頼めるか? ジーナたちと話がしたいんだ」


ハンナ 「はい、わかりました。 ナト、おいで? 先に行って寝てよう」


ハンナは、ジーナの膝で再び舟をこぎ始めていたナトを預かった。


ジーナ 「お願いね」   ハンナ 「はい」


ハンナはウリも連れて小さい方のテントへ行く。

ダンテの隣へ居座ろうとしていたアリスも、ナトと同じであくびが止められない。


ダンテ 「アリスも先に寝ていてくれ。 大きい方のテントだ。 魔力の回復に専念してくれ」


アリス 「すみません... お先に失礼します。 おやすみなさい」


ダンテ 「ああ、ゆっくり休んでくれ」   アリス 「はい…」


ダンテ 「サテラと優も少し残ってくれ。 話がある…」   サテラ/優 「はい」


ダンテ 「まず、サテラに聞きたいんだが、SAURESは追手を差し向けてくるだろうか?」


サテラ 「…はい。 残念ながら、75/25でもう作戦を開始しているでしょう。 ですが、追手があるとすれば、派遣されている軍の小隊の判断です。 SAURES国内も一枚岩ではありませんから、長い時間、国外に軍を派遣し続けられるほど、余裕があるとは思えません。 加えてSAURESの敵は人だけではありませんから、こちら側にあまり時間をかけたりはしないでしょう。 ですから、限られた時間の中で、小隊は私たちを取り逃がした失態を取り戻すために動いているでしょう。 自ら追ってくるか、もしくは、冒険者をけしかけて来るかはわかりません」


ダンテ 「…今の我々の戦力なら、どちらを相手にするにしても厳しいだろうな。 時間が経てば手を引いてくれるというなら、食糧は無理すれば2週間分くらいあるから、このまま潜伏するという手もあるが、みんなはどう思う?」


ジーナ 「ダンテ、それは厳しいわ。 広範囲の捜索スキルのカードを相手が持っていたらアウトね。 敵の駒は冒険者がほとんどだから、妙ちくりんな技を持った奴らが色々いるわよ? 私は動くが正解だと思うけど?」


サテラ 「ええ、戦略としては、潜伏は悪手になりますね。 潜伏は全滅の可能性があります。 動いてさえいれば、見つかったとしても今の戦力でも囮なり陽動なりを駆使して、全滅は避けられる可能性があります」


優 「 … 」


サテラ 「今の我々には70㎞というアドバンテージがあります。 私の知っているSAURESの軍のマニュアルでは、敵をあぶり出すローラー作戦の距離は一度に25㎞の範囲です。 中心地点から25㎞の範囲に外側からローラーをかけ、何もかからなければ、さらに外側に25㎞の範囲を広げてこれを繰り返します。 しかし、今回は我々の逃亡経路がこの一本道でバレていますので、敵の捜索範囲も限られています。 ですので、この現在地は時間というアドバンテージでしかありません。 潜伏するにしても、やはりダンテさんのおっしゃっていたように、100㎞ほど先でしょう」


ダンテ 「…よし、では、進むことに決定する」


全員がうなずく。


ダンテ 「念のため明日も一日中走ろう。 カンジョナ渓谷まで行けば、追ってもあきらめるだろう」


ジーナ 「ええ、そこまで行けば安全圏だと思うわ。 人の争いごとからは解放されるわね」


ダンテ 「ああ、そうであってほしい。 正直、政や戦争はうんざりだ。 …さて、次だ」


ダンテ 「進行のフォーメーションだが、ジーナどう考えている?」


ジーナ 「優君はジルガスにも乗れるのよね?」


優 「うん、たぶん大丈夫。 ジーナさんが乗ってるのを見てたから、問題ないと思う」


ジーナ 「そうね。 馬車の操縦よりかはずっと簡単よ、小回りもきくし。 問題はないわ、ダンテ。 私とサテラと優君で馬車の操縦と、護衛のジルガスと、休息をローテーションで回すわ。 で、片手のアナタは今日と同じで後方警備よ」


ダンテ 「了解した。 それでいこう。 優は、もういい。 テントに行ってハンナと代わってやってくれ。 ハンナも疲れているだろうから」


優 「うん。 わかった。 見張りは何時に代わる?」


ダンテ 「それも心配しなくていい。 俺たちでやるから、ゆっくり寝てくれ」


優 「えっと… わかった。 寝てるから、必要なら起こして」


ダンテ 「ああ、お休み」   優 「お休み」


ダンテは、改まってジーナとサテラに向き直った。


ダンテ 「2人の耳に入れておかないといけないことがあるんだ」


ジーナ 「そんなに、改まるようなことなの?」


ダンテ 「ああ、だがその前にまず、個人的に礼を言いたい。 お前たちが駆け付けてくれていなければ、今ここにいる全員はあの場所をぬけることが叶わなかっただろう。 ありがとう」


ジーナ 「ふふ、いいわよ。 お互い様よ、それで?」


ダンテ 「ああ、実はあの場所で、俺は2人の若者を死なせてしまっているんだ」


ジーナ/サテラ 「 えっ!? 」


ダンテ 「お前たちは面識がないからわからないのは当たり前だ。 2人は20代半ばの若者で、アリスの付き人をしていた。 ベレとコールという名前で、気のいい奴らだった。 1人は奇襲を受けた時にアリスの身代わりになって死に、もう1人は敵に体を吹き飛ばされて死んだ」


ジーナ 「そ、そうなのね... 私ったら... 何も知らないとはいえ、はしゃいでしまって… でも、通りでみんなあんなに落ち込んでいたわけね」


ダンテ 「ああ、気丈には振舞っているが、アリスはかなりショックを受けていた。 優もハンナもナトもウリも同じだ。 一緒に昨日まで旅をしてきた仲間を失ったんだ。 ショックは大きいだろう。 その上に、我々はあの場所に亡くなった2人を置き去りにしてきているんだ」


ジーナ 「子供たちのショックが心配ね。 アリスさんにも非礼を謝らなくちゃいけないわ」


ダンテ 「ああ、だが、それはこの危険地帯から抜けてからにしてくれ。 実際問題、我々にはまだ、あの2人の死を悲しんでいる余裕はない」


ジーナ 「 … 」


サテラ 「ジーナさん、ナト君のケアを入念にしてあげてください」


ジーナ 「ありがとう、サテラ。 ハンナにも手伝ってもらうけど、サテラもお願いね」


サテラ 「はい、直接は何もできませんが、サポートさせていただきます」


ダンテ 「2人ともすまない。 だが、明日はまだ、何も知らないふりを続けてくれ。 志気を落とすわけにはいかないからな」


ジーナ 「わかったわ」


それから、ダンテは順を追いながら、ここまでの出来事をジーナたちに話して聞かせた。 王都の状況も、脱出した経緯も、国境までの道のりも、冒険者たちとの戦闘も、掻い摘んで話した。 『詳しい話は後だ』と言いながらも、ダンテは丁寧に話を締めくくった。 ジーナもサテラも、敢えて質問をしなかった。


ジーナ 「わかったわ、ダンテ。 明日の移動は、また、私たちで受け持つから任せて」


ダンテ 「ああ、すまん、頼んだ。 今日は二人とも休んでくれ。 今夜の見張りは、オレとアリスで受け持つから」


ジーナ 「ホントに?」


ダンテ 「ああ。 だが、どうしようもなく眠くなったら、お前たちにも頼みに行く。 その時は頼む」


ジーナ 「わかったわ」   サテラ 「わかりました」



ジーナが優たちの眠っているはずのテントを覗くと、そこには誰もいなかった。

テントから少し離れたところで、声を抑えた話し声と泣き声が聞こえてきた。

ジーナはサテラに眠るように言って、ナトたちの方へ向かう。


ハンナ 「偉かったよナト、もう少しだから我慢してね」   ナト 「う...ん。 アリスさんが一番悲しいんだよね」 


鼻をすすりながらハンナにくっついているナトと、ウリを抱っこした優がそこにいた。


ハンナ 「あ、ジーナさん。 終わりましたか?」


ジーナ 「ええ。 ごめんね、みんな。 さっき、ダンテから全部聞いたわ。 大変だったのね、ホントに…」


そう言ってジーナは、ハンナからナトを受け取って抱き上げた。 そして、ハンナにも『おいで』っとして一緒に抱きしめた。

ジーナの胸に顔を押し付けて、ナトが泣き始める。 ジーナはハンナの頭も自分の肩に押し付けて、『ハンナ、優君もありがとう』と労った。

ジーナは優とウリに、『明日に備えて』とテントに戻って眠るように促した。 優も『うん、また明日』とジーナに頭を下げた。 ウリもジーナにうなずいてみせて、優と一緒にハンナにも手を振った。


ジーナたちは、薄暗い石山の上に何本かだけ生えている老木の根元に腰を下ろした。

最初に声を出したのは、泣き止んでいたナトだった。


ナト 「ママ、知ってる? お家なくなっちゃったんだよ?」


ジーナ 「ええ、ダンテおじちゃんから聞いたわ。 大変だったわね」


ナト 「うん…」


少しの間をおいて、ナトが恐るおそる声を出した。


ナト 「ママ…  聞いてもいい?」


ナトは聞きながらジーナの服を両手でギューっと握りしめていた。 ナトは答えをわかっていて聞いているのだろう。

ジーナは優しく『いいわ』と答えた。


ナト 「学校のみんな、大丈夫かな...? 生きてるかな...? ... ホーちゃんもメリも、ターケルもジュネット、トーマスも...! ... ...」


一旦泣き止んでいたナトも、再びせきを切って流れ出した水のように泣き出した。

それでも、ジーナに迷いはなかった。 


ジーナ 「わからないわ、ナト。 でも、もしも、みんなが死んでいたとしても、アナタが生きていてみんなのことを覚えていてあげなくちゃ、みんなが可哀そうよ。 だから、ナトはそれでいいの。 今はいっぱい悲しんであげて」


ナト 「みんな... みんなっ! 痛かったかな…? ベレさ...ん、みたいにっ...」


ジーナはゆっくりとナトを自分の膝の間に移動させた。 ハンナもたまらずにナトをジーナごと抱きしめる。


ハンナ 「大丈夫よ... ナト... ナトも見たでしょ。 一瞬だったから、みんなは苦しんでないわ...」


ナトはしばらく泣き続けて、それ以上何も言わなかった。



ナトが泣き止んできて、ジーナはナトを後ろから抱くようにして片膝にもたれかけさせると、『ハンナもおいで』とハンナをもっと引き寄せた。


ハンナ 「ジーナさん、いい匂い」


ジーナ 「フフ、そう? でも… ほんとに大変だったわね」


ハンナ 「…うん。 あっ、ナトはすごくいい子だった。 ちゃんと言いつけを守ってたよ。 ね? ナト」


ナト 「…うん、ちゃんと守った」   ジーナ 「偉いわよ。 ナト」


ジーナ 「フフッフ。 あと、ハンナ。 その話し方でいいわよ?」


ハンナ 「あっ、私…?」


ジーナ 「いいのよ、それで。 敬語なんてサテラだけで十分」


ジーナはそう言って静かに笑った。

体をジーナから離そうとしたハンナをジーナは『いいから』ともっと引き寄せた。


ジーナ 「ハンナ。 前にも言ったけど、“ジーナさん”はもうやめよう。 ナトと同じようにママって呼んで」


ハンナ 「うん… でも、ママはちょっと恥ずかしいから、お母さんでいい?」


ジーナ 「ハハハ、お母さんかぁ? 私の方が慣れないからちょっと恥ずかしいけど、それでいいわ」


ハンナ 「ありがとう、お母さん」


寄り添う3人に、男物の大きなケープが届けられた。


優 「父さんが冷えるといけないからって」


そう言うと、優は大きなケープをジーナたちに頭からかぶせた。


ジーナ 「ありがとう、優君。 ダンテにも伝えて」


優 「わかった。 それから、ごめんなさい、さっきの聞いちゃった」


ハンナ 「“お母さん”のこと?」


優 「うん。 ジーナさん。 オレのことも“優”って呼んでよ。 オレをいつまでも“お師匠様の子供”って呼ばないで」


ジーナ 「フフフ、わかったわ。 優。 おやすみなさい」


優 「ハハ、ありがとう。 おやすみなさい。 ハンナも」


ハンナ 「うん。 おやすみ、優」


優が戻って、ナトが寝息を立て始めた。


ハンナ 「ふふっ、寝ちゃったね」   ジーナ 「そうね。 温かくなったからね。 フフ」


ジーナ 「あ、そうだ。 ハンナ? 優君… じゃなかった。 優とすごく仲良くなってるんじゃない?」


ハンナ 「ふふ、うん。 ふふふふっ、ちょっとかじっちゃった」


ジーナ 「ホントに!?」   ハンナ 「うん」


ジーナ 「やったわね! ハハハ、褒めたげる」


ハンナ 「ふふふっ、変な感じ」


ジーナ 「それで? どうだったの?」


ハンナ 「ん? お母さん、アリスさんみたい… 言わなきゃダメ?」


ジーナ 「フフフ、気になるけど、許したげる。 でも、良かったかどうかだけでも教えてよ」


ハンナ 「…よかった」


ジーナ 「…わぁ、いいわねぇ。 私も嬉しいわ。 ああぁ、だから“優”って呼んでくれって言ったのかもね」


ハンナ 「そうなのかな?」


ジーナは『フフフッ』と笑うと、ハンナをぎゅーっとした。

もうしばらくの間、親子の会話は続いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ