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#07 待ち伏せ

奇襲



午前 9:50 物理防壁は音もなく消えた。


ダンテたちの馬車は、降りしきる雨の中をゆっくりと進みだした。 

アリスの張った結界のお陰で、雨粒は『フォッフォッ』と馬車につく前に弾けて蒸発する。

ダンテたちは濡れることはなかった。

だが、大雨によって急激に冷やされた空気は霧を発生させ、辺りが白く濁って視界が悪い。

  ダンテを先頭に馬車の左側をコール、右側をベレ、アリスは御者台に乗り、そして馬車の(ほろ)の上に優がうつ伏せて乗っている。 ハンナは幌の中でナトとウリを抱えながら、御者台のアリスの肩越しに前方を気にしている。

馬車はぬかるみに車輪をとられて、多少斜めに滑ったりしていたが、問題なく前に進んでいった。

そして、200m先の国境をこえて、アウトフィールドに出た。 そして、西の旧道を目指して進路を向ける。


突然、アリスが叫んだ。


  「何か来る!」


アイスピックのような尖ったものが前方から飛んできて、ダンテの20mくらい前の地面に何本か刺さった。

『カチッカチッ』と音がして数秒。 地面から4枚のプレートが跳ね上がり馬車の4方を囲む。

プレートは1mの高さで止まり宙に浮いて静止する。


「きゃぁあああ!」


アリスの悲鳴と同時に、それは、真っ赤に過熱して4枚同時に『バン!』と弾けた。


一瞬の間をおいて、馬車が大雨に(さら)される。


アリスの結界が消失した。 ダンテの声が雨音の中を抜ける。


「大丈夫か‼ アリス!?」   「今、結界を張りなおします! 時間を稼いでください!!」


「魔力を吸い取るトラップでした。 魔力を半分くらい持っていかれました。」


アリスの指の間が裂けて血が出ている。 魔力を吸い取られているときに抵抗した際、プレートの破裂のショックを受けてしまったからだ。


「次だ! 全員、敵襲が来るぞ! 備えろ‼」


ダンテがそう叫んだとき、ダンテの右後方でベレの声がした。


「ダンテさん、女の人がここにいます」


女性はずぶ濡れの雨の中、かごを持ってほほ笑んで立っており、ふくよかな体を包んでいた薄い布は濡れて裸体に張り付いている。


「こっちにもキレイな人っす…」


次いで、コールも言う。 そして、ダンテが叫ぶ。


「ベレ、コール!! 何してる!? 馬車に近づけるな‼」


「でも!」   「いい女っすよ?」


ベレ側の女がしゃべった。 『ジョリです。 幸せを届けに来ました』 女がかごの中の瓶を振った――。


一瞬だった。


馬車の屋根から飛び降りた優が、ベレを濡れた地面に引き倒して、馬車の下に引っ張り込む。 そして、アリスの両手が空を切る。


「シュ――  ドン‼」


女の持っていたかごが爆発して、上半身のほとんどを吹き飛ばされた女の体が後方へ倒れる。

馬車と優とベレは、アリスがとっさに張った結界で守られた。

だが、アリスは爆発の衝撃で御者台から飛ばされて、コールの方へ落ちて濡れた地面を転がった。

それを見ていたベレは、(つか)んでいた優の手をほどいて、馬車の下からアリスの方へ飛び出してゆく。


肝心のコールは忽然(こつぜん)といなくなっている。


   「キヒヒィィィイン!」

馬車の前方でジルガスが座り込む。 爆発で右後ろ脚をやられている。



雨がすっと小降りになった。 風が吹いて視界が開ける。


ダンテは前方に飛ばされていた。 すぐに立ち上がったダンテもケガを負っていて、胸と首と額から血が流れている。


『ガキン』 


メッドの大剣がダンテに振り下ろされていて、それをダンテは右手の籠手で防いだ。

だが、ダンテの腕からも鮮血が跳ねる。 ダンテの気武が妨害されていて、十分に硬化が発動できていない。 『チッ』 ダンテの表情がゆがむ。



コール側で倒れているアリスに、飛び出したベレが覆いかぶさる。 


「ザシュッ――」   「――ヴッ」


ベレの肩から腰に掛けて、防具と服と肉がメの字に裂かれる。

ベレの下からアリスの両手が起き上がる。


   『チィッ』


アリスを狙ったシグマだったが、踏みとどまって、方向を変えて馬車の前方へ向かう。



  はじめから、冒険者たちの1番の狙いはダンテだった。


ダンテの首の回りで火花が散る。 シグマの短剣が攻めきれずにダンテの籠手に防がれたからだ。

シグマは2、3短剣をダンテに合わせて後ろへ引く。 同時にゴザのローキックがダンテの背後から迫るが、ダンテはそれにカウンターで後ろ回し蹴りを合わせてゴザをはじき返す。 

メッドの大剣が上から振り下ろされ、ダンテが斜めにいなした。

だが、メッドはその勢いに乗って回転しながら、そのままダンテの守っていたジルガスの首を落とした。 また、ダンテの表情がゆがむ。 馬車の動力を完全にやられてしまった。


  一息おいて、メッドとシグマとゴザが一斉にダンテに向かって動いた。


倒れるジルガスの背中から御者の老人がダンテの前へ飛び出し、降りしきる雨の中で火炎の魔法を放つ。 それが、メッドの足を止めた。 しかし、メッドの大剣は冷静に火炎の魔法を弾き飛ばし、その勢いのまま老人を宙で半分にしてしまった。

その向こうで、ゴザの渾身の力を込めた突きがダンテの背中に決まる。 正面からはシグマが攻めていて、ダンテの両手は塞がれていた。


  だが、次の瞬間に、膝をついて倒れたのはゴザだった。


  メッドが大剣を振り回してダンテに切りかかった。

ダンテが籠手で受け流した脇から、蹴りがメッドの胴体を狙って、脇腹を捉えた。 優だ。

メッドは蹴りの軌道に抵抗せずに、そのまま左へ飛んで濡れた地面を滑る。


  しかし、これはメッドの狙い通り。

メッドがダンテと優を倒れたゴザから引き離した隙に、シグマがゴザの巨体を戦場から引っ張り出した。


  「いったん引け!!」 


メッドの指示でシグマがゴザを背負って走る。



メッドとシグマが距離を置いた。

しかし、シグマはせっかく担いできたゴザを手放して雑に地面に落とした。 


「メッド、コイツはダメだ。 内臓をやられてる」


ゴザは口から血を吐いていて、すでに呼吸をしていない。


「あのガキ… これは発勁か。 冗談だろ?」




ダンテは片膝をついて肩で息をしていた。 右手の傷は浅くない。 出血も多い。


ダンテ 「助かったぞ... さっきは」   優 「父さん。 いいから、少し休んで」


優がダンテの傷口をしばる。 ダンテは『ああ... すまん』と今度は腰を落とす。


アリス 「優君。 さっきのは?」


優 「アリスさん、その件は後で。 残りの魔力はどのくらいですか?」


アリス 「2割よ」   優 「結界をお願いします」   アリス 「ええ、いつでも行けるわ」


優 「少し、様子を――。 いえ! 今お願いします!!」  アリス 「!?」


『ガキ! ガキン!』 


何かが、優たちをめがけて飛んできていた。

結界に弾かれて、地面に落ちて刺さった。 アイスピックのようなナイフだ。

アリスは裂けた手をもう一度宙に向けて、結界に隠密魔法をかける。 こちら側のようすを見せないようにするためだ。


優は言いにくそうに、大粒の涙を流すハンナに言った。


優 「ハンナ... ごめん。 父さんの応急処置も...」   ハンナ 「でも! ベレさんが!!」


アリス 「優君、少し待ってもらえる?」   優 「ええ...」


アリスに呼ばれて馬車を飛び出してきていたハンナが、泣きながらベレを診ていた。

だが、できることはないのだろう。 胡坐(あぐら)をかくように座らせたベレの背中を、ハンナの黄緑色に光る手が抑えている。

精一杯に手を広げて、出血の多い部分を覆うようにして、流れ出る血を必死で抑えている。 それが、わずかな延命措置にしかならないことは、ハンナもわかっている。 ハンナが手を放せばベレは終わる。


アリス 「ベレ。 ありがとう。 助かったわ」


アリスが鼻をすすりながら、笑顔を作る。


ベレ 「お...嬢... お世話になりました... ルッド...様に、ここまっ...お嬢のとこをお知らせします... 必ずです...」


アリス 「わかったわ。 お願い...」


ベレ 「はん...なさん... もう... ぃ......s」


ハンナ 「――っ」   アリス 「ハンナ、ありがと... ダンテさんをお願い」


ハンナ 「…はい」


ハンナはベレの遺体を寝かせると、力なく立ち上がってダンテのケガを診に行く。


少し弱まっていた雨がまた強く降り出した。



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