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#07 前日

ファミリー



その日は、朝からずっと北風が吹いていた。

洗濯物が風にたなびいて、ものの1時間で芯まで乾いていた。

新たに洗濯物を干し行くハンナに、取り込み担当のアリスが言う。


アリス 「うわー、これは雨風ねぇ。 明日は雨になりそうだわ」


ハンナ 「あめって、あの雨ですか?」


アリス 「あぁ、そうよね。 知らないわよね。 時々王都の空が暗い時があったでしょ? あれが雨の日よ。 雨の日には、空から水が降ってくるの。 濡れちゃうから大変なのよぉ」


ハンナ 「あぁ、聞いたことはあります。 不思議ですね、空から水が降ってくるって」


アリス 「そうね。 あっ、そう言えば、馬車に屋根ってついてたっけ?」


ハンナ 「あぁ、あっ、なるほど! さっき、ダンテさんと優が“ほろ”とかいうものを竹で作ってました。 あれが、馬車の屋根になるんですね。 竹を火であぶって曲げてましたよ」


アリス 「ふふっ、じゃあ、大丈夫ね」   ハンナ 「そのようですね」


『さて、服を片しちゃいましょう』 ハンナとアリスは乾いた方の洗濯物を抱えてテントに入っていった。




ダンテ 「――薪も食糧も水も十分にある。 雨に備えて幌もできた。 後は、風呂に入って寝て、明日の出発に備えるだけだな。」


アリス 「ええ。 ダンテさん、アウトフィールドに出てからの注意事項などをお願いします」


ベレとコールが、アリスに睨まれて姿勢を正す。


ダンテ 「ああ、そうだ。 前もって言っておくことがあるな。 まず、ここからの旅は“歩き”になると言うことだ。 ここまでみたいに、馬車に乗っての旅ではないからな。 分かってるとは思うが、アウトフィールドは人外の地だ。 だから、交代でフォーメーションを取りながら進むことになる」


声を上げたのは優だった。


優 「もしかして、900㎞も歩くってことなの?」


ダンテ 「ハハハ、そう考えれば、ものすごく遠いな。 だが、ずっとそうする訳ではない。 アウトフィールドに出て、我々も経験を積めば、馬車での移動も可能になるだろう。 出現するモンスター次第とも言えるな。 だが、1日当たりの目標は20㎞と考えている。 カンジョナ渓谷を抜けるまで、45日間という計算だ。 最悪、その半分の移動距離だったとしても、90日だ」


優 「… 確かに1日20㎞ならそう難しくはないと思う。 わかった」


ダンテ 「ああ、そうだ。 さて、フォーメーションだが、常時4人がアクティブでいる必要がある。 オレが先頭でジルガスの前を歩き、ベレとコールは馬車の両サイドだ。 馬車の後方を見るのは優だ。 優のポジションは、馬車の上にいていいだろう。 アリスはバックアップに徹していてくれ。 有事の際には、アリスは俺のバックアップだ。 ベレとコールのバックアップは優だ。 ベレとコールのポジションに言っておくが、お前たちは動くなよ。 例えば俺が奇襲を受けても、バックアップに来ていいのはアリスだけだ。 持ち場を離れたら、フォーメーションの意味を失う。 知能のある魔物なら、陽動を使ってくるから惑わされないようにな。 質問は?」


ダンテ 「よし! 出発したら各自気を引き締めてほしい。 大丈夫だとは思うが、Sauresの追手も警戒しないといけない。 敵は魔物やモンスターばかりじゃないことを忘れないでほしい。 大事なことが2つある。 まず、ケガをしない事。 ベレとコール、頼むぞ」


ベレとコールは、名前を呼ばれて『ハッ』とする。 それを見ていてアリスは『やっぱり、失敗だったかしら』とぼやく。


ダンテ 「…もう1つ。 とても、大事なことがある。 わかるか? ベレとコール」


ベレとコールが首を振る。 ダンテと目が合った優も首を振る。


ダンテ 「集中力だ。 集中力が切れた状態で、フォーメーションに付くな。 命に関わる。 集中力が切れたらそこでストップだ。 アリスに結界を張ってもらって、休憩に入る。 無理はしない。 いいな?」


「「「 はい 」」」


ダンテ 「よし、昼食にしよう。 そして、食べたら今日はゆっくり休んでくれ。 」




宿営地から下って坂が終わったところに馬車が止まっている。

新しく作られたばかりの見慣れない屋根がついている。 御者台から荷台の後ろまですっぽりと迷彩柄のカバーがかけられている。


ハンナ 「わぁ、凄いですね。 器用ですよね、ダンテさんって」


ハンナとアリスが話している。 2人は洗った服ともう使わない調理道具なんかを、馬車に運んできた。 


『ウリぃ?』 

ウリも一緒だ。 アリスのかつぐ洗濯物かごの中に入ってついてきた。

ウリは肩から斜めに小さなバッグをかけている。 ハンナの手作りだ。 ボタン一つでふたが閉まるバッグには、ウリが持っていたメダルと飴玉が2つ入っている。



アリス 「ああ、そうだ。 ね? あなたが言わないから聞くけど、夕べ、どうだったの?」


ハンナ 「…言いませんよ、わざわざ… いいじゃないですか、そっとしておいてくださいよ」


いつもの調子のアリスだが、ハンナの反応は今日は柔らかかった。 思うところがあるのだろう。


アリス 「あぁあ! でも、お礼は言ってくれてもいいかもよぉ?」


ハンナは『はい、そうですね』と立ち止まって、『師匠、ありがとございました』と頭を下げた。

アリスは拍子抜けしていた。 『あら? 意外と素直なのね』


アリス 「どう? 孫の顔は見られそうかしら?」


ハンナはまた乾いた笑い声を上げて『大丈夫です。 ご心配なく』と答えたが、すぐに『ん?』と抱っこしているウリを見ながら考えている。 『うリィ?』


ハンナ 「師匠? 私のお母さんは、ジーナさんです。 …娣子に子供ができても、“孫”にはなりませんよね?」


アリス 「… そうね」   ハンナ 「ですよね… ああぁっ!! おめでとうございます! 師匠!!」


アリスはちょっとだけ照れ臭そうにしている。


ハンナ 「なるほどぉ。 そういう作戦でしたか。」


そう言って歩き出したハンナの足は軽い。 『作戦って?』 とわからないアリス。


ハンナ 「わかりますって、師匠。 私はもう、すっごく覚悟してました。 今日は朝一から師匠から質問攻めに合うだろうなぁって。 でも、何にも言ってこないから不思議に思ってたら、そういうことなんですね」


アリス 「なにが、そういうことなの?」


ハンナ 「聞いてほしかったんですよね? 師匠は。 で? どうだったんですか? 師匠の方は?」


アリス 「どういうこと?」   ハンナ 「またまたぁ!」   アリス 「わからないわ? なにが?」


ハンナ 「いいですよ、私たちと違って師匠たちはオトナどうしなんですから」


アリス 「 ? 」


ハンナ 「私たちを風呂に行かせてる間に、師匠はダンテさんのところに行ってたんでしょ? で? どうでしたか?」


アリス 「ち、違うわよ。 あなたと優君が楽しそうなことになってるとき、わたしは見張り台の上にいてずっと悶々としてたわよ」


ハンナ 「またまたまたぁ、じゃぁ、何で“孫”なんですかぁ?」


アリス 「それは、ダンテさんが昨日… その... 言ってくれたから」


ハンナ 「ほらぁ、ダンテさんのとこに行ってるじゃないですか」


アリス 「違うわよ。 昼間の話よ」


ハンナが『はいはい』と言って聞かない。

『優も師匠は来てないって言ってたしね、そういうこと――』 ハンナはアリスの方を見ないで勝手に納得している。

アリスは『聞きなさいよ』とハンナの前に回り込むように歩いている。


『あっ!』 また、ハンナが立ち止まった。

木々の生い茂る中、葉っぱの天井を見て言う。 『師匠! 凄いことに気付きました』 

アリスもびっくりして『なに?』と止まる。


ハンナ 「師匠とダンテさんが一緒になって、もし、わたしと優の間に子供が出来たら、それは師匠から見ても、“孫”ですよね。 そして、私のお母さんがジーナさんだから、こっちも“おばあちゃん”でしょ? ナトはわたしの子供の“おじさん”で、サテラさんも“おばさん”。 ベレさんとコールさんは、アリスさんにくっつきますから… 凄い、みんな“家族”になりました」


ハンナが嬉しそうに話す。 アリスも「なるほどぉ、すごーい。 全部つながった」と言って笑っている。


アリス 「わたしたちは、ファミリーで旅に出てるのね。 面白いわ、ハンナ」


ハンナ 「そうですよねぇ、優にも教えてあげなきゃ」


ハンナに抱っこされて首を傾げるウリに「ウリは私の子供になる?」と聞いている。 でも、ウリにはやっぱりわからないらしい。


坂を上っていくハンナたち。 石のかまどに火を入れている優とナト。 大口を開けて昼寝中のベレとコール。 暇になって薪を割り始めたダンテ。


彼らはそんな前日を過ごしていた。



北から南へ吹く秋の季節風はこの日、ピークを迎えていた。

宿営地のテントも時折り、風にバタバタと鳴っている。 気圧の谷が南から近づいてきているのだろう。


ダンテたちがいるところから、南東の方角に130㎞の距離。 そこにトウホウの森がある。

同じように風に吹かれて葉を散らす木々。 その森の西側に、1人でサテラの回復を待っているジーナの姿があった。

2頭のジルガスの手綱をもって水辺に水を飲ませるために連れてきたところだ。

ダンテたちと別れてからもうすぐ2週間になるが、0日を前にして特に焦っている様子はない。  王都にいた時と比べて、日に焼けたその肌はずっと健康的にみえる。 ジーナはジルガスたちに独り言を聞かせながら、サテラの帰りを待っていた。


ジーナから、北西に140㎞。

Steigmaの王都では、物々しいい空気にのまれた人たちがせわしなく動いていた。

城下の大門は開かれ、様々な物資を積んだトリラティスやら、馬車やらが出入りしている。

城下の城壁から外側には、放射状に延びた何本かのラインに、半円形のラインが交差した蜘蛛の巣のような土木工事が進んでいる。 たくさんの魔導師たちが呪印を書き込みながら大型のパイプをつないでいっていて、それを重機と手作業で地中に埋めていっている。 騒々しい機械音が一帯に響いている。

ここでも巻き上げられた土埃が北風にあおられて南へ流れていく。


そして、王都から西南西に600㎞のところでは、時々、爆発音が轟いていた。

Steigmaの放った自走地雷が、Ryhtaiの本軍が占領している砦の防壁にぶつかる音だ。 Ryhtaiの被害は爆発で多少の破損をしてしまう防壁の修復にかかる余分なエネルギーくらいだろう。

Ryhtaiの本軍の出陣準備は整ったようだ。

出陣のための最終調整に入ったところだろう。 慌ただしく動いていた人影はほとんど見えなくなった。

飢餓状態のまま大型のカプセルに詰められ眠らされていた魔獣たちは、起こされてエサを与えられている。 魔獣たちのカプセルを収納したコンテナからは、低いうなり声がなっている。

本陣をそこに残したまま、軍隊の侵攻がはじまった。

魔獣のカプセルを入れたコンテナは、さながら銃弾のカートリッジのように砲台に設置され、カプセルは次々と荒野に発射されていく。 数㎞飛んだカプセルは開かれ、起き上がった魔獣たちは東北東に向かって走り出す。 Steigmaの自走地雷は魔獣たちの後を追っていく。 荒野のあちらこちらで爆発が起こり、少しずつ爆発の中心地点が北上していく。

砦の門が開かれ、たくさんの魔導戦車が走り出す。

そこへ、一個小隊ほどの魔導歩兵が砦の門をめがけて突っ込んでいく。 砦を落とされて潜伏していたSteigma軍の最後の抵抗だ。 だが、4・50人ほどの魔導歩兵が門にたどり着くことはなかった。 圧倒的な武力の前に成す術もなく散っていった。


爆音が遠ざかってしばらくして、2機の移動要塞も動き出した。

日が沈んだ西南西の地平線から、Steigmaの歴史に終止符を打つために、大きな影が走り出した。



次回から、後半の大詰めです。 忙しくなってきます。

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