#05 アリスの過去 2
仇
ハンナが空になったアリスのカップにお茶を注いだ。 軽く礼を言うとアリスは、黙って聞いているハンナたちに続きを話し出した。
アリス 「手がかりをつかんで少しずつ報復をしていったわ。 下っ端の実行犯から順に元を辿っていって… でも、5人目くらいだったかしら。 大叔父のヴィセス公爵を中心に父方の親類の名前が次々に挙がった時はさすがにショックだったわ。 わたしも面識があったし、父の葬式にも参列していた面々が陰謀を画策した仇だったなんて…」
唇をかんだアリスは、地面に視線を落とした。
アリス 「わたしがそのことに気付いた頃には、大叔父たちもわたしの行動が怪しいと気が付いたのでしょうね。 わたしの手が届いていなかった残りの下っ端たちは一斉に消されたわ。 そして、わたしには大叔父たちに雇われた公安が張り付いた。 わたしもそれ以上手が出せなくなって、焦りと苛立ちを持て余していた。 そんな時に、ダンテさんと再会したの」
そう言ったアリスの顔は少しだけ明るくなった。
アリス 「実は、ダンテさんのことは父の下にいた時から知ってて、素敵だなと思ってた。 もちろん、結婚していて奥さんと子供がいることも聞いていたわよ。 だから、当時はあのシブい背中に憧れて遠くから見ていただけ…」
優とハンナはいつかのジーナの言った言葉を思い出してしまったのだろう。
やはり、ダンテは昔からオジサンだったようだ。 優とハンナは互いの視線が合ってクスッと笑ってしまった。
アリスが首をかしげるのをみて優は、『父さんが昔からオジサンだったって話の裏が取れて、つい笑ってしまいました』と素直に言ってしまった
アリス 「ふふ、そうね。 見事な“オジサン好き”よね。 当時はわたしもまだ10代だったしね。 フフフフ、ハンナの思ってた通りね」
ハンナがフォローを入れる前に、アリスはあっさりと認めてしまった。
優はわざとアリスを刺激して、話をし易くさせるために言ったつもりなのだろうが、ハンナのヒンシュクを買ってしまった。 ハンナは『もっと言い方があるでしょ!』と目で言いながら、優の膝をパンと強くたたいた。
アリスはそんな2人のことを少し笑って、思い出すように黙ってから、また、話し始めた。
アリス 「わたしね、ヴィセス公と刺し違えて死のうと思ってたの」
悲しそうな顔をするハンナを少し笑って、アリスは続ける。
アリス 「どうせSlaptas家は取り潰されてしまったのだし、世話になった母方の祖父の亡くなって、無くすものは命の他には何もなかったから。 でも、どう考えてもわたしの実力ではヴィセス公のもとまで辿り着けなかった… 公安に見張られているわたしが動けば、ヴィセス公は隠れてしまう。 考えても分からなくて何も行動を起こせないでいた時だった。 立て続けに仇の親類たちが“事故死”していったの。」
アリス 「もちろん、それからはわたしへの公安の疑いは強まっていったわ。 それまで表立っては捜査対象にはなっていなかったのだけれど、事情聴取に家宅捜索までされて、その上に堂々と監視員まで派遣してきた」
アリス 「でも、しばらくしてまた“事故死”は続いて、今度は張り付いていた公安のおかげでわたしへの疑いは晴れた。 事情を知る公安の見張りは『ルッド侯爵の呪い』などと囁いていたわ。 でも、わたしも知りたかった… それでも、あの時は動けなかった」
アリス 「おおかた、父に所縁のある人のやってることだとは思ったけど、それがダンテさんだったとは思いもしなかったわ。 ダンテさんは、残りがヴィセス公1人になってからわたしの前に現れたの」
優とハンナは聞き入っていた。 アリスはお茶を一口飲んだ。
アリス 「でも、そこからが時間がかかったわ。 ヴィセス公は公人だったから当たり前なんだけど防御が固くて、ついでに政敵も多いらしいから、秘密主義でなかなか手が出せなかったの。 行動範囲をつかむのでさえ大変だった。 優君は知ってる? ダンテさんは、ヴィセス公邸を調べるために建物の修繕業者に就職までしたのよ?」
優は首を振った。
因みに優も、ダンテの行動範囲を全く知らなかった。
優は自分の父親は世の中のはみ出し者で、どこで何をしていても別段不思議はないとも思っていたのだが、アリスの話には少しは驚いたようだ。
アリス 「ダンテさんはヴィセス公邸に細工したの。 床材に腐食剤をかけて時間をかけて腐らせていって… その間に報告書まで偽装して残して、周到に暗殺計画の準備をしたわ。 その時にはもうヴィセス公の行動を全部把握していたから、ただ暗殺するなら簡単だっただろうけど、そうしたらまたわたしに疑いがかかるからって、3年もかけて事故死に見せかけるように計画した」
アリスは『ふふふっ』と思い出し笑いをして続ける。
アリス 「ダンテさんは、わたしにしょっちゅう焦らないようにって言ってくれてたけれど、実はわたしは全然焦ってなどいなかったの。 ダンテさんと会える時間を楽しみにしていたし、わたしはデートしているつもりだった。 父には少し申し訳なかったけど、ヴィセス公の敵討ちが伸びてもいいと思い始めていたわ」
ハンナはうっとりとした目でアリスを見ている。 同じ女性として共感できるのだろう。
アリスは、ハッとして優を見て続けた。
アリス 「もちろん、優君のお母さんには申し訳ないと思っていたわよ。 でも、勘違いはしないでね。 わたしはダンテさんと一度も… その… 恋人たちがするようなことはしてないの。 というか、優君のお母さんが亡くなっていたことを聞いたのも、優君と初めて会ったころなのよ。 ごく最近も最近… だから、ホントに何もないの… 未だに何も…」
そういうと焚き火の炎で照らされたアリスの顔はもっと赤くなった。
優ももうそれほど子供ではないので、大体のことはわかっているつもりだ。 ダンテの性格も知っているし、アリスとの距離感を見ていても、2人の関係がどうこうなってないことはわかる。でも、言葉に迷ってしまった。
『…でしょうね』とつい言いそうになって、それを何とか飲み込んだのだが、ハンナはそんな優に気が付いた。
何も言っていないのに優の膝はまた叩かれた。
アリスは『羨ましいなぁ… わたしももっとダンテさんに近づきたいな』そう言って頬を手のひらで包んだ。
あわててハンナが『違いますよ』否定すると、アリスは優とハンナを見て、『ウソぉ、 わたしにいつまでも隠すことないんじゃない?』と細い目で言う。
『ねぇ、優君。 もうシタよね?』 聞かれた優の方はそれほどでもないのだが、目を見合わせたハンナの方が真っ赤になる。
『ほらぁ。 だいたい、優君とあなたはそういうこと済ませた仲の距離感よ。 もう、いいじゃない聞かせてくれても!』 とアリスはふくれる。
強ち間違いではないが、ハンナ的にはそうとも言い切れない部分があるのだろう。
アリス 「わたし、わかってんのよ? あなたが付けたインデックス。 ほら、あなたの左肩。 優君が初めてキスしてくれたとこでしょ?」
『!?』 ハンナが反応してしまう。 『ほらぁ、図星じゃない。 傷ついたわぁ。 わたしは仲間外れは嫌よ』 アリスが言う。 ハンナ『師匠… 意味がわかりません』 アリス『師娣は情報を共有するものでしょ?』 ハンナ『はぁ? 何言ってるんですか?』 『『 … 』』
優はまるで他人事みたいに面白そうに、にわか師娣関係の2人がもめているのをみていた。 ハンナはそれも気に食わない。 また、優の膝にもみじができた。