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#04 3日目

開眼



  十分な身支度をして、ゆっくりと朝食を取ってから、一行を乗せた馬車は国境へ向けて走り出した。

今日は3日目、皆も移動に慣れてきていて、初日のようなあたふた感はない。 ケガ人たちのその後の経過も良好で、ベレ以外は明日にも完治するだろう。

  北へ向かう道はこれまで通りで、所々陥没して凹んでいるとこもあるが、移動に支障が出るほどではない。


  少しずつ景観も変わり始めてきていた。

進むほどにブナの木々の中に、針葉樹が増えてきた。

湖の辺では、ブリエディスの群れが浅瀬にいて、ナトがテンションを上げていた。

人を見ても(おび)える様子がないところを見ると、彼らは人を知らないのだろう。 ここには、手つかずの自然が残っている。 


ダンテ 「アリス。 しばらく、馬車を頼めるか?」


アリス 「えぇ、いいですよ。 この辺ならいてもヴィルカスウォルフくらいでしょう?」


ダンテ 「ああ、大きな群れじゃなければ、問題はないはずだ。 何かあったら、警告弾を鳴らしてくれ」


アリスがうなずくと、ダンテは後ろに声をかけた。


ダンテ 「優? 少し走ろう。 ついでに稽古も見てやる」


優 「わかった! ちょっと鈍ってるかもだけど、お願い」


ダンテ 「よし! アリス、ナトも連れて行った方がいいか?」


アリス 「あ、そうですね。 お願いできますか?」


『ああ』 ダンテは答えると、荷台に移ってナトに手を広げた。 退屈していたナトは飛びつく。

『5㎞先にいる、1時間後にまた』 ダンテたちが駆けだすと、すぐに背中は見えなくなった。


『ベレ、コール? 見張りを任せるわ』 アリスはハンナの隣へ移り、ベレはコールを残して荷台の後ろからアリスがいた御者台に移動した。


『少し揺れるけど、わたしたちも修行を始めるわよ?』  『よろしくお願いします!』


御者の老人が手綱を操縦し、ジルガスが引く馬車は軽快な音を立てながら進んでいく。



◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇


  アリスは両ひざをくの字に曲げて、ハンナの上に上半身が覆いかぶさるようにして座っている。 その両手はおなかと額に置かれていて、深い意識の底に潜っていくハンナを静かに見守っている。


アリス 「上手よ、ハンナ。 センスがいいわ。 でも、“こころ”はまだ広げないで。 答えなくていいから、そのまま聞いて」


  アリスの張った結界が音を遮断して、2人の回りには無音の空間だけがある。 目をつぶって横になっているハンナには、馬車の揺れとアリスの声しか分からないだろう。


アリス 「今あなたがいる状態を、“(なぎ)”っていうの。 感覚が研ぎ澄まされた状態ね。 たくさんの情報を同時に扱える“こころの状態”が、“(なぎ)”よ。 魔法使いはこの“(なぎ)”を自在に作り出せないといけないわ。 糸を扱うのに一番適した状態が“(なぎ)”なの。 だから、平常時でも自由に“(なぎ)”に入ったり出たりできるようになることが理想よ」


ハンナが返事をするように、ひときわ大きく息を吸う。


アリス 「方法はすごく簡単、今あなたがいるところにインデックスを付けるの。 “目印”になるものは、言葉でも物でも、思い出でも何でもいいわ。 あなたが鮮明にイメージできるもの。 なるべく、細かい所まで知っていて、できるだけ5官に直結しているといいわ。 … … … イメージが出来たら、それに名前を付けて。 名前は普段の会話で使わない言葉じゃないとダメよ。 特別な言葉がいいわ。 フレーズでもいいわよ。 それが出来たら、イメージを思い起こしながら心の中でその名前を呼んで。 何度も繰り返して、こころに刻むの」


ハンナの耳と顔が少し赤くなって、アリスが『フフフッ』と笑う。


アリス 「いいわよ。 その体験があなたにとって大切であればあるほど、(つな)がりは強くなるわ」


『!?』 ハンナの肩が少し揺れた。 そして、黙っていたハンナがおもむろに口を開いた。


ハンナ 「...アリスさん、ひかり?...が見えます」


アリス 「えっ!? ホントに?」


ハンナ 「...ええ、はい。 少し眩しくてキレイです」


アリスが、興奮したように息を吸う。


アリス 「すごいわ、ハンナ‼ ゆっくりでいいから、その光の方に進んで!」


ハンナ 「――すごく眩しいです。 目が痛いくらい」


アリス 「大丈夫よ、ハンナ。 もう少し進んで。 いいわよぉ、そのまま、そこにいて? ゆっくりと目が慣れてくるから!」


ハンナ 「――っ、目を閉じているのにアリスさんが見えます。 ボヤッとですが… それと、球体? でしょうか。 その内側にいるように見えます――」


アリス 「すごい、すごい、すごい! やったわ、ハンナ‼」


アリスが子供のような声を上げて歓喜している。 アリスは、ハンナの手をもって言う。


アリス 「ハンナ、目を開けて。 新しい世界へようこそ!」


ハンナ 「これは? アリスさんの手が(あお)く見えます。 後ろの黒いのは?」


アリス 「ええ、ハンナ。 その通りよ。 私の手には、結界用の(れん)が残ってるわ。 後ろのは隠密(おんみつ)魔法、わたしを自動で隠してるやつよ」


ハンナ 「私の手には何もありませんねぇ?」


アリス 「ええ、あなたは今魔法を発動してないわ。 それより、あなたの新しい目。 不思議な色ねぇ、しかもよく見ると色違いっ! ほら、見て?」


ハンナ 「えっ?」


アリスが隠蔽(いんぺい)魔法で鏡を作って、ハンナがそれをのぞき込む。

薄く黄色い瞳と鈍く光る青色の瞳が映っている。 膝を抱えながら、両目を交互に隠して不思議そうに首をかしげる。


アリス 「ははは、雰囲気はちょっと変わっちゃったけど、相変わらずきれいよ、ハンナ。 優君も気に入ってくれるわよ」


ハンナがいつものノリのアリスに『師匠…』と低く言う。 

そして、『この目は何でしょうか?』とハンナがつぶやくが、アリスは立ちあがってクルクル回っていて、聞こえていない。


アリス 「――凄いわぁ。 順番は逆だけど、あなたは目を開眼したのよ? たった1日でよ?」


ハンナ 「それは、師匠の教える腕が良いからですよ」


アリス 「うわぁ、それ気持ちいいわー。 もっと褒めて!」


ハンナ 「すぐに、調子に乗る…」


アリス 「あははははー」


  『――ん!?』 高笑いしていたアリスが、急に態度を変える。

ハンナも察して身体を起こして膝をつく。 『アリスさん!?』


アリス 「ええ。 いいとこで残念だけど、修行は中断ね」


そう言ってアリスは、結界を解く。

ふっと、ハンナたちを囲んでいた青い膜は風に飛ばされて消える。


  車輪の音と一緒に、アリスを呼ぶコールの声がした。



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