#04 診察の時間
時間と場所を優たちの方に戻して、王都脱出から2日目の夜のお話です。
診察
ダンテたちは国境へと順調に進んでいた。
食糧の備蓄と必要な資材を収集していたので、午後になってから移動を再開したダンテたちだったが、2日目と1日目の移動距離と合わせて、日が暮れる頃には目的地までの半分以上の距離を来ていた。
国境まで残り37㎞、予定していたよりも順調に進めている。
それは、ダンテたちが思っていたより道の状態がずっと良くて、道中のタイムロスがほとんどなかったからだ。
この先のコンディションもここまでと同じなら、あとは馬車で8時間の移動で国境に着く計算になる。 宿泊用具を馬車から降ろして、夕飯の準備に取り掛かるダンテとアリスの声色は軽い。
馬車は林の中に停められていて、少し離れた河原でダンテたちが、夕食の火を起こしている。
即席の石のかまどに火が入れられてから1時間。 ピザの焼けるいい匂いが、ハンナたちのいる馬車の荷台まで漂ってきた。
ハンナは朝と夕方に、ケガ人たちのケガの具合を診てきた。
診てきたとは言っても、最初と比べればすることなどほとんどない。 古い包帯やガーゼを取って、傷口を消毒して、状態に応じて薬草を使い分けるだけ。
ハンナが診ているコールの足のケガは、コールがドジを踏んでトラバサミに噛まれた傷だ。
右のふくらはぎを後ろ側からやられているので、幸い骨に異常はなかった。 ハンナは筋肉が断裂しているのでは?と危惧していたが、どうやら、それはもう大丈夫そうだ。
傷口は化膿することもなく、かさぶたが出来ていて、もうすぐ“傷跡”になりそうだ。 ハンナは残っていた4本の抜糸をすると、シナモンオイルに砂糖を混ぜたものを、傷口とその周りに塗り、足の先から膝までの間を軽くマッサージした。 最後はハンナのお気に入りのヨモギの湿布薬。 それをしみ込ませた布を当てて包帯を巻いて終了。
ハンナ 「終わりです――」
コール 「よっしゃー! 降りていいっすか?」
ハンナ 「ええ。 少しくらいなら、歩いても大丈夫だと思います。 でも、気を付け――」
次いで、ベレのケガの方に移りながら、ハンナはコールに言っていた。 コールは馬車の荷台に手をかけると、トッと飛び降りてハンナの視界から消えた。
ハンナ 「コールさん!? 歩いてもいいと言いました。 ですが、無理はしないでください!」
コール 「いやーすげーよ、はんなさん。 Ledasに着いたら、“町医者”で食ってけますって。 オレ、この足見た時もう歩けねーかもって思ったぐらいっすもん。 それが、2日で治るってスゴイっすよ」
“はんなさん”、ベレとコールはハンナのことをそう呼んでいる。 ハンナの方が年下なんだから“ハンナ”でいいと言っても、特に腰の低いコールには受け入れてもらえなかった。 そして、ベレの方もケガを診てもらっている身分だからと、2人の間では“はんなさん”で定着した。
『コールさん、まだ、ケガは治ってません!』 というハンナの言葉をコールは、『いやー、もう大丈夫っす』と聞き流す。
ハンナの手元を明かすライトを調整しながら優は、そのやり取りを面白そうに見ている。
ベレの左手は、コールのケガと違って、まだ少し時間が掛かりそうだった。
それでも、処置が早かったのもあって、こちらも化膿することなく、良好な経過を辿っているらしい。 近日中に動かせるようになるだろうとハンナは言った。 腹部に受けた傷のほうは軽傷だったので、ほぼ完治している。 塗り薬だけで良いようだ。
ベレは丁寧に頭を下げて、馬車を降りた。
ナト 「ハンナ姉ちゃん、ご飯できたってー」 ハンナ 「ありがとう、ナト」
ナト 「ここに、持ってくる?」 ハンナ 「大丈夫、あとは優だけだから、すぐ行くね」
ハンナ 「ベレさんとコールさんは、もういいから。 先に行ってて?」
2人は頭を下げて、ナトのランプに先導されるようにして、河原に降りて行った。
ハンナは最後の患者にかかる。
優には左耳の上手にかさぶたがあるだけで、他にはもうほとんど外傷は残っていない。
なのでハンナの診察は、マッサージも兼ねた触診と湿布薬を張り替えるだけになる。
ハンナ 「脇腹は大丈夫そうね?」 優 「うん、ほとんど痛くない」
ハンナ 「左手も腫れが引いてる。 痛みは?」 優 「少しだけ。 ほんの少し鈍い痛みが残ってるくらい」
ハンナ 「うん、完治ってわけじゃないけど、でも、もうほとんど治ってる」
左手に湿布薬を塗り、肘から手首までを補強するテーピングだけにハンナはとどめた。 そして、優の首から下がっていたスリングを畳んで仕舞うと、首をかしげながら言った。
ハンナ 「ねぇ? 優はどう思う? みんなケガの治りが早すぎるよね?」
優 「うん。 そうだね。 さっきコールさんが言ってた通りだと思うけど」
ハンナ 「… 町医者になれるって話し?」
優 「ハハハ。 ハンナが凄いって意味だよ。 ――オレも左手の骨にヒビが入ってる自覚はあった。 骨折は初めてじゃないからわかるけど、普通に1月以上かかるケガだよ。 今回のはヒビだけど、それでも前は治るまで20日はかかってた。 2日は早すぎるよ」
ハンナ 「うん… 優の場合は触診だけだから、誤診の可能性もあるけど、ベレさんの手は明らかに折れてた。 元の形に戻して補強しただけなのに、さっき診た時はもう骨がくっつきかけてた…」
優 「“淵源”。 アリスさんが言ってたよね? それだね」
ハンナ 「うん、半信半疑だったけど、ちょっと、実感がわいてきた」
ハンナはそう言って頬を摩った。
ハンナは医療器具の入ったドロアを戻すと、優に言った。 『片してご飯行こ?』
優 「うん、そうだね。 おなk――」
アリス 「えぇぇええ? もう、終わりぃ?」
「「 !? 」」
『師匠…? 趣味が悪いですよ?』 ハンナが怒気を含んだ声で言う。
「あらぁ、わたしは娣子が未成年の男の子に“いたずら”してないか見に来ただけよ」
とアリスはサラッと答える。
『あのっ、オレはもうすぐ15です…』と優が答える。 『ほら、まだ未成年じゃない』とアリス。
「でしたら、ご期待に添えたと思いますけど?」
と、怒気を強めるハンナ。
アリス 「えぇ... でも、ホラぁ、もうちょっとあるでしょ? ねぇ? 優君」
ハンナ 「どっちですか、師匠? まったく…」 優 「 … 」
『のぞきって、師匠は子供ですか? 見た目だけにしてくださいよ、ホントに…』 優に手を借りて馬車を降りながら、ハンナは先に降りていたアリスに言う。
「えぇ? それ言っちゃうの、わたしに? 師匠よ、あなたの?」
アリスが声を上げる。
「だから、言ってるんです。 魔法使いとしての師匠は尊敬してますが、娣子としてはもう少し人徳を鍛えていただきたいですので!」
「…えぇええ? そこまで、言わなくてもよくない? ねぇ、優君」
「いいえ! 師匠、わたしは“以前から”思ってました。 娣子入りしたからには、言わせていただきます――」
「でも、気になるじゃない? ほら? あなたは聞いても――」
『『 …… 』』
師娣のやり取りから放り出された優は、2人の後ろを少し離れて河原の方へ下っていく。
王都を出てから2回目の夜が更けていく。