#00 ブナの森 1
食糧採集。
優とハンナとナト
森にはあちらこちらに獣道があって、岩肌の多い地面には下草も少なく、歩きやすかった。
気分が乗ったナトは先頭を行きたがったが、優は重たい身体に活を入れてナトに自分の後ろを歩かせた。
少し歩くと、ちょうどいいところに、浮足立った2人をたしなめるために良い材料を見つけた。
優 「ナトもハンナも、おいで。 いい? 倒れてる木は絶対にまたいじゃだめ。 ほら、見て」
行く手に横たわる倒木の向こう側に、隠れるようにとぐろを巻いた小さな蛇が寝ていた。
ハンナ 「ヘビ?」
ナト 「わっ!? 気持ち悪…」
優 「そう、コイツは毒を持ってて、こういうところにいるからね。 ほら、こうやって木をまたいじゃうと噛まれちゃう」
ナト 「長靴でも危ない?」
優は笑って、長靴のとこだけをかんでくれればいいけどね』と返し、そして、
「木でも石でも同じだよ、またがないで上を踏んで渡るんだ。 下にヘビが隠れてるかもだからね。 わかった?」
ナトに諭すように丁寧に言うと、2人はうなずいた。
ナトは多少大人しくなったが、ハンナは変わらず元気モードのままだった。
優の憂鬱
優はハンナの姿を目で追って、時々首を傾げた。
昨日はハンナだってナトを抱えて走ったりして、相当な運動量で色々と大変だったはずなのに、何事もなかったかのように平然としている。
回復力はハンナの方が優より遥かに上のようだ。
人の住む街を離れてハンナに流れるエルフの血が活性化したのかもしれない。
ハンナの後姿を見る優の表情は、少し寂し気だ。
昨夜の優からはハンナを守るという確かな決意が見てとれた。
しかし、昨夜の優に助けを求めた“か弱い”方のハンナは、今日はいない。
ナトに目線を合わせて話をするハンナは、昨日よりもっときれいで、もっと力強く見える。
日々変わっていくハンナに、自分が置いて行かれてしまっているような気がするのかもしれない。
優はまだ若くて、女性のことをほとんど知らない。
アリスにしてもそうだが、色んな顔を見せるハンナにも戸惑っているのだろう。
「いっつ、っ… あっ!」
優は物思いにふけっていて、朝露で濡れた苔の生えた岩を踏んで足を滑らせてしまった。
不自由な左手と痛めた脇腹のせいで、バランスが取れない。 でも、そんな優を、スッと力強く支えるハンナがそこにいた…
ハンナは何も言わず、ぱっちりしたたれ目と口で優に笑いかけた。
優はハンナにお礼を言いながら苦笑した。
そんな優の顔を心配そうにハンナがのぞき込む。 優は首を振って、笑顔を作り直した。
またハンナも笑顔で答えて歩き出す。
優は『立場が逆だよ…』と一人つぶやくと、鼻の頭に汗をかいて戻ってきたナトの手を引いてハンナの後を追った。
ハンナの幸せ
気温も上がってきて、早朝の清々しさはぐっと減った。
ナトは 『きのこだ!』 と叫んで優の手を振り切ると、落ち葉に半分ほど埋まった倒木に掛けよる。
『―残念、さっきのと同じ奴だ…』と一人で、自己完結する。
ツキヨダケ。 ブナ科の多いこの森にはたくさん生えているけど、毒があるから食べられない。
優が 『きのこはもういいよ』 と言っても、ナト的にはまだまだ取り足りないらしい。
そんなナトを『フフフっ』と優の隣でハンナが笑う。
ナトは駆けだしては、ちゃんと優の所まで一回戻って、また歩き出す。 それが可笑しくて、かわいい。
ハンナの背負う籠は十字に仕切りが付いていて、その内の2つの区切りにはポルチーニ茸とブルーベリーがいっぱいに入っている。 重さにして4・5キロくらいはあるだろうか。
腰袋には剪定バサミと7種類ほどの薬草も摘まれて入っている。
ナトの行く手を見守る優。 そんな優の手を握って、ハンナがポツリと言う。
「私ね、森の中を歩くことがこんなに心地いいって、思わなかった」
満面の笑みで優の隣を歩くハンナは、たくさんの収穫にも満足しているのだろう。
今は、ナトを連れている優を労わって、はしゃぐのを休んでいるようだ。
笑顔で返す優にハンナは続ける。
「ホントはね? 昨日の疲労が少し残ってる。 それでも、心と体が軽いの」
そう言うと、今度は真っすぐに優を見た。
「ありがとう、優。 私をここに連れてきてくれて。 優たちとここに来れてよかった」
優は少しだけ首を振って、また笑顔を返した。 ハンナの言葉は優の顔から憂鬱を消した。