#02 少しの休息
サテラ
Steigmaをたってからもうすぐ5日目になる。 時刻は23:30時を回った頃。
ジーナは部屋に戻ると、急いでキャリーバッグを開けた。
中から迷彩服柄のノースリブのジャケットとショートパンツを取り出して、ベッドの上に置いた。
次にキャリーバッグから取り出したのは手帳で、中にナトとハンナの写真があることを確認して、手荷物のリュックに入れた。
慌ただしく支度をしているジーナの後ろで、サテラの声がする。
サテラ 「ねぇ、ジーナ。 私をここに置いていくつもり?」
サテラはジーナに対していつもの“敬語口調”をやめている。
ドアの横に背中をもたれて腕を組んだままで、サテラはため息をついた。
ジーナは早口に『アナタも着替えをみて』とだけ言った。
サテラは、それには答えずにしゃべりだす。
サテラ 「ねぇ、覚えてる? 私はダンテさんから言われているの。 『ジーナが無茶をするようなら拘束してでも止めて置け』ってね」
そう言ってジーナに見せるように少し左手を持ち上げた。 彼女の手からは銀色の液体が数滴、糸を引いて滴り落ちた。
ジーナは少しだけ動揺したそぶりを見せた。
だが、すぐに立ち直ってサテラの方を向くと、事も無げに着ていたスマートカジュアルなドレスコード用の服を脱いだ。
黒くて上品なジーナの下着がのぞくと、サテラの方が慌てて部屋のドアを閉めた。
ショートパンツに履き替えがならジーナは、『アナタにできるかしらね?』と普段よりも低い声で、サテラの挑発めいた言葉を突き返した。
急にサテラの顔が緩んで、重苦しい部屋の空気が軽くなる。
『もうっ』とサテラが額に手を当てて、『ふうっ』とため息をつく。
そしてサテラは、あきれたように『走るつもりね…?』と聞く。
ジーナは『ええ、その方が早い』と短く答えた。
サテラはまたため息をついて
「わかったわ… ダンテさんもここまで予想済みだった訳ね。 まったく…」
そう言ってサテラは上を向くと、今度は少し声を出して笑った。
ジーナは、『ごめん』とサテラに申し訳なさそうに謝る。
サテラも、『いいよ、分かってる』と同じトーンで返した。
だが、サテラは背中に手を回して、ジーナに気づかれないように、そっとドアに鍵をかけた。
サテラは、自分のキャリーバッグの所まで行き荷物を開け、ジーナと同じように迷彩柄の服と下着を取り出し、貴重品と一緒に靴もジーナのリュックに入れる。
ジーナはショルダーバッグのファイルケースを開けて、必要な書類を選んでいる。 極力軽くするためだろう。
その間、ジーナはサテラに自分の考えを説明しようとしゃべり続ける。
ジーナ 「――ダンテたちは、アウトフィールドに待ち構えている者たちが敵で、しかも、腕の立つ冒険者だとは考えてない」
サテラ 「そうね。 そこは心配ね」
ジーナ 「――それに、北にはIsmintiの生き残りたちが住んでるでしょ? 出会った人間がIsmintiだと思って油断したら確実に殺れるわ」
サテラ 「…ええ、知らせてあげないと」
ジーナ 「私の息子と娘もダンテといるのよ? 時間がない。 開戦の前に絶対にSteigmaに帰るわよ!」
――― 「 」
ジーナ 「よしっ、終わりっ! サテラ。 あれ? サテラ…?」
――― 「 ジーナ、それでも貴方には休息が必要よ 」
ジーナがハッとして振り返る。
だが、声のした方にはサテラの姿は無い。
サテラの着ていた服が抜け殻のように床に落ちている。
部屋の明かりが落とされ、ジーナの背後でため息交じりのサテラの声がした。
『 2時間だけ休みましょ? その方が絶対に速い―― 』
ジーナ 「っ――、サテ…」
油断したジーナは、サテラにあらがうことは叶わなかった。
しばらくして、闇の中を高速移動するジーナのシルエットがあった。
背後にVakaruの街灯が遠ざかっていく。
「開戦までに間に合うといいけど…」
「気持ちはわかるけど、ペース配分はちゃんと考えて。 国境まで700㎞もあるのよ? 私の魔力は今、7割を切ってるわ。 貴方も8割ってところよ」
「国境まで… 開戦までに着ければいい」
「何言ってるの、ダメよ! 最悪、Sauresの傭兵との戦闘もあり得るわ。 最低でも身を隠すだけの余力は必要よ? 少しくらいの無理はいいけど、無茶はダメよ?」
「――サテラ、無事に国境を抜けられたとして、貴方の“補給”にはどのくらいかかるかしら?」
「…森の規模にもよるけど、老木のない人工林を想定して3割戻すのに1日半日と考えて。 北の森は痩せてるだろうから、自然林でも2日は最低でも休息がいるわ」
「わかったわ。 少し減速して進むしかないわね――」
ジーナとサテラの会話は、しばらく続いた。