#00 小川の辺
王都脱出から、2日目の風景です。
ほのぼのと人間模様を絡めながらお話を進めてみたいと思います。
早朝
「うぅ―ん! 気持ちいいっ‼」
ぐ~~っと伸びをしながら、明るい声を漏らすハンナ。
さっきまで大きなあくびをしていたナトも、急いでハンナに続いて小さな身体を伸ばす。
王都を脱出したのは昨日の明け方のことで、まだ一日と少ししか経っていない。
昨日はほとんど一日中馬車の上にいたので、2人にとっては今日がはじめて。
森の冒険が待っている。 ワクワクが止まらない。
今朝のこと、ハンナとナトはダンテから今日の予定を聞いて、舞い上がっていた。
ダンテの焼くパンとアリスの淹れるコーヒーの香りにも興奮作用があるのかもしれない。
今にも森の方へ駆けだしそうな2人を、ダンテが柔らかくたしなめていた。
ダンテたちが止まっている所は、大きく開けていて、もともと宿営地に使われていた場所ようだ。
石と粘土で積み上げられた焚き火台やかまどが残されている。
だが、伸びた草木がそれらを飲み込んでしまっている所を見ると、使われていたのは随分と昔なのだろう。
広場を少し下ると1m程の崖になっていて、その下を澄んだ水が岩肌を流れている。
小川はその広場を囲むように大きくUの字に曲がり、曲がった先の出口がせき止められている。
そのため本流の4倍ほどの幅に膨れて広がっている。 人工的に作られた溜め池だ。
北へ進む道に向かって右側は、小高い丘になっていて、ブナの森が広がっている。
一行はここで飲み水や食糧、薪や薬草などの物資を確保した後、再び北への道をたどる。
アリスの叱責
アリスの護衛の片割れで、先に足をケガしていた方はコールという。
仲の良いベレとコールもハンナたちと同じく、早朝からはしゃぎ気味だった。
久しぶりに王都の外に出て気持ちが高ぶってしまったのだろう。
しかし、そんな2人も今は凹んでいる。
共に昨日の失態をアリスにとがめられ、厳しい叱責を受けたばかりだ。
あまりの凹みようにダンテが、『後でフォローを入れた方がいいか?』 とアリスに声をかけたほどだ。
でも、アリスは、
「いいえ、ダンテさん、必要ありません。 わたしはあの2人の現状に対する認識の甘さには手を焼いています。 これでも解ってもらえないのなら、本当に捨てていこうと考えています」
と珍しくダンテに対しても素っ気なく返して、わざと2人に聞こえるように言ったようだ。
アリスの強固な姿勢が伺えた。
うなだれた2人の横に優も座っている。
少し前に、ハンナが3人のケガの具合を診た。 優はそのまま陽気な2人と一緒にいただけなのだが、そこにアリスの叱責が降ってきた。
優の場合は“名誉の負傷”で、“無駄にケガをした”この2人とは明らかに違う。
でも、初めて見るアリスの激しい一面に驚いたのと、凹む2人につられてテンションがダダ下がりだ。
優は怒られた訳でもないのに、ベレの隣に同じように座り、仲良く並んでスリングに左手をぶら下げている。
この滑稽な状況がアリスの笑いのツボを刺激したようだ。
朝食のトレイを3人の所へ運ぼうとしていたアリスは肩を震わせている。
歩きながらアリスはうつむいて表情を隠した。
でも結局、アリスは引き返して、ダンテの手伝いをしていたハンナとナトに頼むことにした。
ここで笑っては、お調子者どもに示しがつかないから仕方ない。
「ごめんね、ハンナ。 これ、運んでもらえる?」
「いいですよう♪」
ハンナの明るい声を聞いて、ほっと息をつく3人がいた。
優のケガの具合
優の左手は昨夜から腫れはじめた。
ハンナの見立ては左手の外側の骨、尺骨にヒビが入っていると診断された。
大丈夫だと言う当の本人の意見は聞き入れられず、動かさないようにとテーピングされて固定されてしまった。
ついでにと痛めた脇腹と肩も固定されそうになったが、そこは何とか優が押し切った。
優はわき腹と腕の他に、ひどい全身の痛みを訴えていた。
ハンナは昨日の優の運動量なら当然だろうと言い、一部筋肉が断裂しているかもしれないから安静にするようにと、念を押されていた。
だが、優が安静にしていられそうにもないことは、ナトもそうだが、診断したハンナ自身のテンションが云っていた。
トレイを運んできてくれたナトとハンナの元気すぎる背中を見送って、優は深いため息をついた。
しかも、アリスの淹れてくれたコーヒーは、何故か他の2人と同じで、火傷をするほどに熱く、そしてとても苦かった。
役割分担
朝食を食べながらダンテはタスクを分担した。
ダンテは飲み水と薪を集め、周辺の草木の手入れを担当して、食糧を加工するための場所の準備をする。 アリスは狩り担当で小動物や川魚を仕留める。
ハンナとナトは採取担当で、森で食糧や薬草などを集める係。 2人とも大喜びだ。
ケガ人の3人は留守番を担当する予定だったが、歩けるベレはアリスと、優はハンナたちと行き、コール1人を留守番に残すことになった。
ダンテは、もしもの時のためにと、コールと優にひとつずつ警告弾を持たせた。
破裂して大きな音を立てるだけのものだが、有事の際には役に立つ。
3時間後に集合時間を合わせると、3班に分かれて森に入った。