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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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61-1 仲直りのカフェラテ(前編)

 なぜ、こうなってしまったのか。

 誰もいない部屋で和樹はただ一人思いを巡らせた。


——二十時間前


 ようやく二週間の出張が終わり、帰宅したのが夕方の四時。そこからゆかりさんが帰ってくるのを待って、一緒に早めの夕食を食べ終わったのが夜の七時。

 今日のメニューは我ながらよくできたと和樹は感じていた。メインにはゆかりが好きなクリームシチューを作り、パンを添えた。他にもカプレーゼやパンにぴったりのディップソースなども用意した。デザートにはスイートポテトも作り、おいしくいただいた。そこまでは良かった。食事中も二人で楽しく会話をし、花を咲かせた。だが、夕食の片づけが終わり、ソファに二人でくつろいでいるときにそれは起こった。


「和樹さん、明日のお出かけはどこ行きたいですか?」

「ゆかりさんの行きたい場所でデートしましょう。どこか行きたいところあります?」


 “デート”というワードに少しだけ気持ちが浮足立つ。ゆかりは和樹が入れてくれたカフェラテの入ったマグカップを手に取り、その温かさを感じた。カフェラテはコーヒーほどはカフェインが多くないので、寝る前に飲みたくなった時に飲んでいる。このミルクとコーヒーのバランスが何とも言えず、おいしい。


「ん~そうですねぇ~この間、お店のバイトの子と少し遠くのカフェに行ったんですけど、そこのランチがおいしくて。良かったらそこに行きませんか?」

「いいですね。ではドライブデートとしましょうか」

 和樹が笑顔で答えると、ゆかりはパァッと顔を輝かせてニコニコと笑った。

「ふふっ。和樹さんの好きなセロリのサラダも珍しくありましたからきっと気に入ると思います」


 久しぶりに取れた二人の休日。今からもう楽しみで仕方がない。ウキウキと明日のことを考えるゆかりを見ながら、和樹はふと気づいた。

 先ほど“バイトの子と行った”と言っていたが、最近喫茶いしかわに入ってきたバイト店員は男性で、名前はたしか江藤とかいう人だとマスターから聞いている。ということは、ゆかりはそいつと二人で行ったということになる。


 (いやいや、いくら天然なゆかりさんとはいえ、そんな軽く男性と食事にはいかないだろう。もしかしたらまだ話に出てことがない新人がいる可能性だってある)


「あ、あのちなみにその一緒に行ったバイトの人っていうのは……」

「江藤さんですか?」


 はい、ビンゴーっ! ていうか二人で食事に行く時点で向こうは下心ありありだろ、などと心の中で江藤とかいう男を卑下しまくる。

 どうかしましたか? と尋ねるゆかりにポーカーフェイスで答えながらも和樹の心の中はご乱心だ。


「江藤さんはとても優しい方なんですよ~。お店の買い出しの時とかもさりげなく重たい方の荷物を持ってくれたり、高い棚に入ってるものを取ってくれたりしてくれて」

 (なんだそれは。僕もやっていることではないか。そんなことで“とても優しい”の部類に入るのか!?)

 和樹の頭の中で浮かび上がっては消えていく不満の声。すでに爆発寸前だ。


「このあいだのカフェも——」

「二人で仲良くイチャイチャしてたんですか? 僕がゆかりさんに早く会うために死ぬ気で仕事に取り掛かっている時に?」

「……え? あ、あの」

「それは随分と楽しそうですね。僕も混ざりたかったです」

「それはダメです!」

 ゆかりは大声で必死に拒んだ。そんな反応に和樹はさらに機嫌を悪くした。


「……へぇ、僕はダメなんですか。なぜです? 僕がいると都合が悪い理由でも?」

「あ、いや、あの、そういう意味では……」

「じゃあどういう意味なんです? まさかそいつともっと親しくなりたいとか?」

 ゆかりは失言したとばかりに言い淀んだ。一方、ゆかりから少しも目をそらさず、真っ直ぐに見ている和樹。声に怒気を含んでいるのが明らかにわかった。和樹の気迫に思わずゆかりは後ずさりしそうになる。これではまるで蛇に睨まれた蛙だ。それ以上かもしれない。


「やめておいた方がいいですよ。そんな二人きりで女性と食事に行くような男には下心しかありません。一見、優しそうに見えても心の中では邪なことを考えてる人がほとんどですから、そいつもきっとそうでしょう。そんな奴にゆかりさんは似合いませんよ」


 和樹は一気にまくし立てた。だがその言葉がゆかりの怒りスイッチを押してしまったようだ。ゆかりは今度こそしっかりと和樹の目を見て、そしてにらみつけた。


「江藤さんはそんな人じゃありません! 良い人だってさっきから言ってるじゃないですか! どうしてそんなひどいこと言うんですか? 私の職場の人をそんな風に言わないでください!」

 ゆかりも負けずとまくし立てたものだから息が荒くなっている。お互いにらみ合っているが、圧倒的に強いのは和樹だ。ふいっとゆかりは目をそらした。


「……もう、和樹さんなんて知りません。……出ていってください」

「は?」

 ゆかりの口から飛び出した言葉に和樹の怒りは頂点に達してしまった。だからあんなことを言ってしまったのだと思う。


「じゃあゆかりさんが出てけば?」

 その言葉を聞いた彼女がした顔は初めて見た顔だった。


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