60 恋愛はポンコツ推理でできている
和樹が一週間ぶりに帰宅した夜、久しぶりにゆかりと共に食事をしていた。いつも通りゆかりがほとんど話をし、和樹が聞き手に回る。
「それでですね、久しぶりに学校に行ったんですけど梅がとてもきれいでしたよ」
ゆかりは今日、高校でお世話になった先生が退職なさるという知らせを聞いたため卒業した高校に当時の仲間と行っていた。なんでもゆかりが進路で悩んでいるときに希望を照らしてくれた恩人なんだそうだ。
「先生も校舎も全然変わっていなくて。懐かしくて二人で学校中を見学してしまいました」
「二人? 他の人はいなかったの?」
「それがですね。皆結構地方の方へ流れてしまいまして。一番近くて行けそうな私たちが代表として行ったんです」
ということはずっと、話に出てきたその「けんちゃん」というのと一緒にいたのか。仮にも人妻なのに男と二人でどこかへ行くなんてやはり彼女は危機感が薄い。和樹の中に嫉妬心が蓄積していく。
「そのけんちゃんとは仲が良かったの?」
「はい! すごく仲が良くて当時の男子の中で一番気を許せましたね。優しくて頼りがいがあって。何より隠し事が少なかったですね、お互いに」
満面の笑みで和樹の心をブスブスと刺していく。さすが無自覚天然記念物だ。
「懐かしいなぁ。ふざけて制服を交換したりして。意外と似合ってたんですよねぇ」
制服交換なんてもうカップルじゃないか、和樹は心の中でそう突っ込んだ。和樹の心がどんどん黒くなっていっていることを知らず、ゆかりは笑いながら「けんちゃん」のことを話し続けていた。しかし和樹のゆかりに対する嫉妬心は深くなる一方。和樹は自分がちゃんと相槌を打てているのか不安になりながらも聞いているがそれももう少しで限界を迎えそうだ。
「あ! 大事なこと忘れてた! 今度ですねけんちゃ」
「ごちそうさま。ゆかりさん、俺が洗い物するよ」
和樹はゆかりの言葉を遮るように席を立つ。
「え、あ、ありがとうございます。……なんか和樹さん機嫌悪いですか?」
ゆかりは困惑した表情で和樹の顔色をうかがう。
「ん? そんなことないよ?」
「お疲れですか? ……それともなんか私いけないこと言っちゃいましたか?」
その無自覚発言に和樹のスイッチがオンになった。
「ゆかりさんってさぁホント危機感薄いよね。普通に男と二人でどこか行くなんてそうそうない。相手の男の下心丸見えだよ。ハッ、所詮男なんてそんなことしか考えてないんだからゆかりさんはもっと気をつけないと。ていうか仮にも僕の妻なのに男と二人でなんて、そんなにそいつのことが好きなの?」
最後の方はムキになってしまった。心の中にあった黒いものが全部言葉となって吐き出された感じだ。一方言われっぱなしなはずのゆかりは笑いをこらえるのに精いっぱいなっている。が、こらえきれていない。口元は完全ににやけフフフっと声が漏れていた。
「ちょっとゆかりさん? 僕は真面目に怒っているんだけど」
「だってぇ……和樹さん嫉妬してくれてるんでしょ? そんな言い方になっちゃうくらい」
「なっ……! 僕はただ仮に妻としてどうなのかと……」
「でも和樹さん怒り方が小学生みたいでしたよ? からかわれていじけちゃった小学生」
「具体的にも言わなくていい!」
とうとうゆかりは笑いをこらえきれず吹き出してしまった。和樹は顔を真っ赤にして眉間に皺を寄せている。
「フフフフフッあー面白かった。和樹さんにしては珍しいですね余裕のない顔。……でも、女性にとって好きな人からの嫉妬は嬉しいものなんです。だからそんな怖い顔しないでください」
「そういう話はしてない! だから僕は……」
「あ! でもけんちゃんの侮辱は許しませんよ!」
「いや、最後まで言わせろよ!」
「っもう、とにかく! 下心なんて私たちにはありません! さっき言いかけたのも結婚式のことなんですから」
「は? 結婚式? ゆかりさんとの?」
困惑を隠しきれずに言った和樹の返答にゆかりは眉を寄せ頬を膨らませる。
「違いますー! けんちゃんと相手の方とのです! 今度結婚するからって、その式の招待をされただけです。どれだけ私を信用してないんですか!」
「あ、いや……そういうわけじゃ……」
「じゃあどういうわけなんですか? 私が和樹さん以外の人と結ばれるとでも? 和樹さんは私をそんな人だと思っていたんですか?」
「あ……あの……」
ゆかりのあまりの気迫に和樹の嫉妬心は空の彼方へ置き去りになってゆく。
「もういいです! そんなこと言うなら今日は一緒に寝ません」
「ゆかりさん、え、冗談ですよね? まさかあの優しいゆかりさんがそんなこと……」
「しーまーすーーーっ!!!!」
「……疑ってすみませんでした。ゆかりさんがそんな人だとも思っていません。……あの……だから……一緒に寝てください……」
別々で寝るという絶望的なことを言われた和樹は消え入りそうな声でいう。顔はしっかり上目遣いで。
「……次言ったら本当に許しませんからね」
二人で寝室へ向かう時ゆかりが小さな声で言った。
「……それに私ちゃんと言いましたよ? 当時の中でって。今は違うに決まってるじゃないですか……」
その小さい小さいつぶやきを、和樹が聞き逃すことはなかった。
※このあとは、ご想像にお任せいたします。
男と一緒にいたとなれば途端にぽんこつ推理を始める和樹さん。
ゆかりさんを口説くときに、フラグクラッシャーぶりも天然無自覚でバッサリいきまくってたことも知っているはずなのにねぇ?(苦笑)
これ、タイトルだけ別で思いついてて、内容を考えてみたら「あ、これ使えるんじゃない?」ってノリだけで決めちゃいました。




