4 梅雨明けのプラムサイダー
「わあ! 美味しそうなスモモですね~」
「これ、取引先の人がおすそ分けだよってくれたんだ。ほら、2年くらい前に一緒にバーベキューした家族がいただろ。あの人。ただ、うちで食べるには量が多すぎるし、喫茶いしかわの新デザートメニューに使えないかなと思ってこっちに持ってきたんだけど」
「うーん」
そこそこ大きな段ボールを抱えて入ってきた和樹さんの言葉に一同は考え込む。スモモは酸っぱいことで有名である。しかもこれは、生食には向かない西洋スモモ。プラム。
スモモ自体、わりと好き嫌いのはっきり分かれがちな果物なんだけど、そんな果物をどうメニューに取り入れればいいのかしら。
「あ! 私、閃きました! これ全部使っていいですか?」
思わず、頭の上に電球がピカッと光るテンプレートな映像が見えそうなほどの反応をしてしまった。そそくさと、テーブルの上のプラムの入ったダンボールを抱えてキッチンに入る。自分で自分を誉めたいくらいの良い思い付きに、思わず鼻歌を歌ってしまいそうになる。
ホーロー鍋を取り出し、プラムを皮のまま縦に四等分してガラスボウルに移す。
「えーっと、これで1400gだから、砂糖は560gっと」
そのままホーロー鍋にプラムと計量した砂糖のおよそ半分を入れて、かき混ぜる。
「ゆかりさん、何を作っているんですか?」
「うっふふーん。これはプラムジャムになるのです!」
そう言って私は、火をつけて鍋を加熱し始める。
「さぁて、ここに取り出したる魔法の粉4.2gと残りの砂糖を合わせまして。鍋のほうは、アクが出てきたら念入りに取ります」
だんだんと鮮やかな赤に染まっていく鍋の中に黄色いアクが増えていく。そのひとつひとつを丁寧に取る。
「ひと通りのアクが取れたら、魔法の粉と砂糖を合わせたものを全部入れちゃいます。そしてあとは焦げないように混ぜながら、濃度を付けます」
グツグツと濃度を詰めていくジャムは、水を入れたコップに一滴垂らすことを何度か繰り返して、火を消した。これでプラムジャムは完成!
「ひとまずこれは瓶に入れて冷まします。和樹さんは、お昼ごはん食べちゃいましょうね。何にしますか? 新メニュー候補は、和樹さんのお昼のデザートがわりに作りますよ~」
大きなジャム瓶に詰められたプラムジャムがどんなメニューになるのか、まったく想像がついていなさそうな和樹さんは、興味深そうに瓶を眺めていた。
「じゃーんっ! お待たせしました~っ! 『恋するプラムセット』です」
マスターと和樹さんの目の前に置いたのは、丸い伝統的な形をしたスコーンと、透明なグラスに注がれたサイダーだ。
スコーンの脇にはクリームとともに先程のプラムジャムを添えているし、サイダーの下部に沈殿しているのもジャムである。
「恋するってどういう意味かな?」
「そこは何も言わず食べてみてください」
そう急かされては仕方がないといった表情で、マスターはスコーンに、和樹さんはサイダーに口を付ける。
「へぇ、これ、おいしいね。シンプルな味付けのスコーンに甘酸っぱいプラムジャムがよく合うよ」
マスターに感心したように感想を伝えられ、思わずそうでしょうそうでしょうとご満悦などや顔になってしまう。
和樹さんが飲んだサイダーは、透明なサイダーの下部に赤いグラデーションを施すジャムを。とても心を奪われる逸品に仕上がっている。程よい甘さのジャムがプラム特有の酸味とマッチして、サイダーの甘ったるさを調和しており、太めのストローから飲むサイダーに時おり混じるプラムも味があっていい。そして何より、ストローでかき混ぜるとサイダー自体が淡い赤色に染まっていくのも魅力的だ。
「これは──恋するサイダーですね」
「でしょう」
「ええ。僕は"恋する"サイダーの魔法にかかってしまったみたいです。自慢げな表情のゆかりさんが可愛くて仕方ない」
くすくす笑いながら抱きしめてくる和樹さんの手から、慌てて逃れる。手を前に突き出して「仕事中です」とムッとしてみせたら、「あとで覚えてて」とにやりとされた。あれ? 私、何か間違えた?
和樹さんは、さらりと話題を変えてくる。
「それより、魔法の粉って何だったんですか?」
「ああ、それはですね。ペクチンです! 果物には元々含まれてるので入れなくてもジャムは作れるんですけど、入れることで砂糖の量を抑えられたり、果物の風味がよく残ったりするんですよ」
いつもと逆だ。おしゃべり好きな和樹さんは雑学やら何やら、私に雄弁に語る。私も、話し方の上手な和樹さんの語りに聞き入ってしまうし、聞いているだけでとても楽しい。だけど、たまには私だって和樹さんに負けじと仕入れてきた話をすることもある。そんな他愛もなく息を吐ける時間を和樹さんがたまらなくいとおしいと大事にしていることを知っている。
くるりと振り返り、期待を込めて聞いてみる。
「マスター、どうでしょうか?」
「うん、すごくいいよ。ティータイムの目玉商品になりそうだし、明日からでも出そう」
マスターのひと声により、『恋するプラムセット』は季節限定メニュー入りを果たしたのである。
◇ ◇ ◇
常連客に根強い人気となった『恋するプラムセット』。
その人気は、味もさることながら、とある常連大学生の恋愛成就に一役買ったことも大きかった。
ゆかりとマスターと、常連大学生しかいない時間帯に、彼がおずおずと切り出してきたのだ。
「あの……今度、僕が連れてきた人に、メニューは聞かずに『恋するプラムセット』を出してもらえませんか?」
「あ、はい。わかりました。あなたはどうしますか? 同じセットを出しましょうか?」
「あ、えっと、その、こ、コーヒーを」
彼の血色がほんのりと良くなる。
「……本当にその方にはメニュー聞かなくていいんですね?」
「はい、大丈夫です」
数日後にやってきた彼。彼にはコーヒーを、彼が連れてきた同級生らしい女性には『恋するプラムセット』を、さっと提供する。いきなり出てきたそれに驚いている彼女に
「ここっ、これが、僕の気持ちです!」
店内でいきなり始まる告白劇。真っ赤な顔でキッと睨むように彼女を見つめて宣言した彼を、私も周りのお客さんも、固唾を飲んで見守る。
いや、あんまりジロジロ見るのは悪いから、息を潜めて聞き耳を立ててた……かな? どちらにせよお行儀はよろしくないけれど。
「これが? えっと、このメニューは……?」
戸惑っている彼女。
「これは、あの、『恋するプラムセット』っていって、その……僕が、君が好きだって自覚したときに新メニューとして登場して。ああ、これは僕の気持ちそのものだって思って。だから、どうしても君に食べてほしくて」
「ありがとう。嬉しい」
ぽつりと落とされる彼女の落ち着いた小さな声が、やけに響く。
サイダーを一口飲み、スコーンにクリームとジャムをつけてサクリと食べる彼女。
「美味しい。ねえ、あなたはこれ、もう食べたの?」
「いや。まだ……だけど」
ふたつ並んだスコーンの、まだ口をつけていないほうにクリームとプラムジャムをつけて彼に差し出す彼女。
「はい、お裾分け。これが、私の気持ち……で、いいかしら?」
ほわりと幸せそうに微笑む彼女を眩しそうに見る彼。そのふたりを見守る常連マダムや女子高生たち。
翌日、梅雨明けとともに常連客の間にバーッとその話が広まり、『恋するプラムセット』は告白の験担ぎメニューとなった。
告白劇の様子から、恋人同士でシェアして食べる客も増え、さらには常連さんたちに「ぜひ店で使ってほしい」と、いわゆる恋人同士でひとつのドリンクを飲むときに使う、あのストローを大量にプレゼントされた。常連さんたちは、とてもいい笑顔をしていた。それはもういい笑顔をしていた。
ちなみにそれを使った第一号はあの告白劇の主人公カップルである。彼氏のほうは居合わせた商店街のおじさまたちに「よくやった!」と背中をバンバン叩かれていた。
これはもう、来年もプラムジャムを作る予定を組まないといけませんね。
プラムの旬は6~8月なので、来年は梅雨入り前から登場しそうです。
喫茶いしかわさんなら、冷やし中華みたいな「恋するプラムセット はじめました」なんて貼り紙も登場しそうですが、どうでしょう。