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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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52 秋づくし

 16時過ぎ。

 ピロン、とメッセージアプリが鳴る。


 和樹は期待しながらいそいそとスマホを操作する。みるみる表情が柔らかくなるのを見て周囲は「あ、奥さんからのメッセージだ」と悟る。

 先日、奥さんの実家でやっているという喫茶店でRUSHカレーをごちそうになったときの、鬼上司が仮面をかなぐり捨てたかのように、かいがいしく奥さんの世話を焼き配膳を手伝う様子やその表情や空気の甘さと柔らかさを見ていれば、それ以外の答えなど出てこない。


「奥様からですか?」

 長田が慣れた様子で和樹に聞く。

「ああ。“今日のお夕飯は秋づくしです! 温かくて美味しいうちに食べてほしいから早めに帰ってきてね。冷めても美味しいメニューにはしてるけど、できれば皆で一緒に食べたいです”ってさ」

 しかも、うるうるおめめのにゃんこが「お願い!」してるスタンプまでついてきた。

「それはそれは……そこにある書類だけは今日中に片付けないと帰れませんからね?」

「だな。何が何でも定時で帰るぞ」

 和樹の目がギラリと輝きと凄みを増した。



 せわしなくドアチャイムが鳴る。ちらりと映像を確認すると息を整えている和樹の姿が映っていた。心得た子供たちが玄関の鍵を開けにいく。

「ただいまっ!」

「お父さんお帰りなさい。お母さんのハグのお出迎えじゃなくてごめんね」

「なにを謝る必要がある? 今帰ったぞー!」

 両腕で子供たちをぎゅうぎゅうと抱きしめる和樹に、きゃらきゃらと楽しそうに笑う子供たち。

「もう、お父さん力強すぎだよ~! 苦しいっ!」

「そうそう。ごはん冷めちゃうから、着替えておいでよ」

「手洗いうがいもだよ。ちゃんとしないと、お母さんに叱られちゃう」

「ああ、そうだったな」

 和樹はやわく笑うとようやく腕の力をゆるめて洗面所に向かった。


「ゆかりさん」

「あっ! お出迎えできなくてごめんなさい。ちょうど味噌煮を煮詰めてたところで……」

「うん、匂いでそうかなって思った。ただいま、ゆかりさん」

 和樹の目の前に来たゆかりを、そっと抱きしめて、おでこにキスをひとつ。くすぐったそうにくすくす笑って、まっすぐ和樹の目を見て、ふわりと微笑んでゆかりが言う。

「おかえりなさい、和樹さん。今日は早めに帰ってきてくれて嬉しいです」

「それはもう、ゆかりさんの“おねだり”ですから。仕事は死にもの狂いで片付けてきました」

「あらあら。ふふふっ」

 ふたりで笑いあっていると、炊飯器が炊き上がりを告げた。

「ナイスタイミングです、和樹さん。さ、ごはんにしましょう」



 栗の炊き込みごはん。もちろん新米。シンプルな塩のみの味付けは、栗の甘さを引き立てる。

 鶏ささみ、かまぼこ、銀杏の入った茶碗蒸し。

 なめこ、しいたけ、しめじ、えのきだけをお出汁で炊いたもの。上に三つ葉が散らされている。よく見れば一口大に切り揃えられた厚揚げと鶏そぼろも入っていて食べごたえがありそうだ。

 帰宅時の和樹の嗅覚をくすぐった、さばの味噌煮。つややかな照りとあしらいの針生姜が食欲をそそる。

 ほうれん草のごま和え。白すりごまを使ってるということは、今日は子供たち好みの甘めに仕上げたということだ。

 さらにデザートは、よく熟れた柿をくし形に切ったもの。柿は、今年初じゃなかったかな。


「これは豪勢な秋づくしだな」

「本当は、根菜類とか、サツマイモとか、他にも使いたい食材はあったんですけどねぇ。そちらは次回に繰り越しです」

「繰り越しなんだ」

「はい。キャリーオーバーですから、きっともっと美味しくなりますよ」

「それは期待大ですね。もちろん今から食べるこちらもですけれど。な!」

 すでに食卓に着いてそわそわと待っている子供たちに笑いかける。

「うん!」

「私たちもごはん作るのお手伝いしたのよ」

「おお、そうか。それは美味さ倍増間違いなしだな」



「いただきます」

 全員で手を合わせて、パッと箸をとる。


「栗ごはん、ホクホク! すっごく美味しいよ!」

「栗も甘いけどお米もとっても甘いねぇ」

「さすがゆかりさんです。この塩味のシンプルさがまたいいですね。いくらでも食べられそうです」

「うふふ。良かった。たくさん食べてくださいね」

「ごま和え、今日は甘いね」

「そうね。辛子和えと迷ったんだけど、今日は甘いのにしたから」

「やったぁ! これ大好き」

「そう。良かった。あ、和樹さん。さばの味噌煮はどうですか」

「抜群です! 臭みがしっかり抜けているのはもちろん、身もふっくらしてます」

「あっつぅっ! ……茶碗蒸し、まだ熱かった~」

「もう、そんなに慌てないで。誰もとらないから」


「お父さん、こっちのきのこのトロトロも美味しいよ」

「ほう。どれどれ」

 和樹さんは大きな一口でばくりと豪快に食べる。

「ん……うん。美味い。沁みるな」

 ほう……と熱を逃がすように息を吐きつつ、思わずという雰囲気の感想が零れてくる。

「ふふーん。でっしょおぉ!」

 珍しく自慢げな言い方をするゆかりに皆が目を向ける。


「最初はね、茸はお吸い物にしようかなと思ってたんです。でもスーパーで厚揚げを見てたら無性に食べたくなって。せっかくだからきのこと組み合わせて、具だくさんな揚げ出し豆腐みたいにしたいなと思って」

 思わず零れる笑いを抑えるように口元に手を持っていくゆかり。

「その場の思い付きで作っちゃったから、ちょっとどうかなと思ってたんですけど……みんな気に入ってくれて良かったあぁ!」

 万歳の格好で喜ぶゆかり。


 そこから一転、ゆかりは少し恥ずかしそうに告げる。

「実はね……今日はつい張り切って、たくさん作りすぎちゃったの。おかわりしても、明日のぶんまであるくらい」

 それは……秋づくしがよほど嬉しかったのだろうと納得し、提案する。


「ゆかりさん。それなら、これ。明日のお弁当で持っていってもいいですか?」

「あ、はい! ぜひお願いします! 茶碗蒸し以外は持っていけるはずです」

「むうっ。お父さんだけお弁当ずるい~」

「そうだそうだー!」

「うーん……じゃあ、ふたりは朝ごはんをお弁当にして冷蔵庫に入れておこうか?」

「わっ、それ賛成!」

「うん! 楽しみ!」


「和樹さんは、さすがに三食続けて同じメニューはあれなので、朝ごはんは別のもの作りますからね」

「気にしなくていいのに」

「気にしますよ! 多少は」

「あはは、多少なんだ。じゃあ、お弁当に卵焼きを追加してもらってもいいかな。朝ごはんも卵焼きでいいから」

「はい、わかりました。でも、卵焼きだけで終わらせるつもりありませんからね、朝ごはん」


 美味しい晩ごはんと一家団欒は、まだ始まったばかり。

 秋づくし。他にも色々悩んだのですが、秋らしさを感じる素材とメニューはこのへんかな、と。

 あまり濃い味付けにせず、素材で勝負してもらいました。


 さつまいもとかごぼうとか、他にも秋が旬の素材はたくさんあるので、そちらはまた、そのうちに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 豪華な夕食、うらやましい。 そういえば茶碗蒸しは久しく食べていないなあ。
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