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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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51 コーヒーをいっぱい(後編)

 環さんが車を出してくれて、郊外の大きなアウトレットモールに着いた。

 もし環さんが運転してくれなければ、和樹さんが強硬に着いてくると主張するのは目に見えていた。女子会だからダメ! と言い張り、子供たちに和樹さんを見張ってるよう頼んで、ダメ押しで環さんの車で行くことを告げたらあからさまに気落ちしていた。

 でも、せっかくプレゼントを選ぶなら、本人にはサプライズにしたいのです。


 そのアウトレットは、大きなショッピングモールとイベント等も行える広場がくっついた去年新しく出来た施設である。

 行ってみたいと思っていたが、機会がなく行けていなかった場所なので、内心楽しみにしていた。

 アウトレットに着くと、ショッピングモールには、友達連れやカップル連れ、広場には催し物に参加している親子連れで溢れていた。


「すごい人ね」

「休日ですからね」

「じゃあ、まずは子供服のショッピングからね! その次が私たちのショッピングよ」


 大量に買った子供たちの服は、一度車に戻らせてもらって置いてきた。さすがアウトレット。安かった。


 次はレディース。それからたまに男性ものを売っているところ。

 こういうお店がいっぱい入っている所に来ると、色々と目移りをして、欲しくなってしまう。しかし、本日の目的は『和樹さんへのプレゼント』である。

 色々なお店を物色し、店員さんとも相談しながら考えてみる。時計やネックレス、愛車の鍵を入れるためのキーケースなど。でも、どれも、なんだかしっくりこない。

 何店舗もはしごして吟味しているが、今私の手元にあるのは、一目惚れで買った自分の新しい服の袋のみ。

 和樹さんへのプレゼントがまだ何も決まらない自分へ「なんて白状な女だ」と言いたくなってしまう。


 次こそはと入ったのは、ユキエさんに招待状をいただいた少し高級志向のメンズ服店である。


「うーん…」

「いいの見つかりそうですか?」


 ひょっこりとやって来て、環さんが私の手元を見つめる。

 せっかくのセールなので、普段使い用のネクタイは3本選んだが、プレゼントが毎回ネクタイでは芸がない。


「それがまだで…環さんが言ってたベルトや時計も探して見てるんですけど、なんだかイマイチで……」

「ゆかりさんがくれるものならきっとなんでも喜ぶと思いますけどね」

「あっ、出たな私の天敵“なんでも”」

「だってゆかりさんから貰うものを嫌な顔すると思いますか? あの旦那さんが」

「…え?」

 からかうつもりならともかく、慈愛に満ちた表情で言われてしまうと、なにも返せない。

 じわじわとゆかりの頬が赤みを帯びる。


「い、嫌な顔はされないと思いますけど、でも箪笥のこやしにされたら悔しいじゃないですか。それに“さすが奥さん!”って思われるくらい似合うもの選びたいんです。でも和樹さん、なんでも似合っちゃうから……」

「ああ、それはたしかに難しそうだし、なんだかわかる気がします。ゆかりさんも、色々大変ですね」

「いえいえ、それほどでも。私、妻ですから!」


 ふたりで軽口を叩きながら店内を見て回る。

 環さんは「これはどうか」と和樹さんに似合いそうなものをいくつか提案してきてくれた。


 そして……ついに……。


「あっ……、待って、これ……」

「いいんじゃないですか?」

「うん! いい! 似合いそう! これにします!」


 選んだものをレジに持っていき、箱に入れて、ラッピングをしてもらった。うん! これを付けた和樹さんの姿を想像しただけで格好いい。

 少し奮発をしてしまったが、これで喜んでくれるのであれば、安いものかもしれない。店員さんからラッピングを受け取り、少し上に掲げ、そっと抱きしめて、ほっと胸を撫で下ろす。


「あーやっと、ここ数日の悩みが消えました。ありがとうございます」

「よかったですね! でも……」

 一緒に喜んでくれた環さんが、ニヤリとからかう顔になる。

「そんなプレゼントなんて考えなくても、『私がプレゼントです』って言って、上目遣いで小首をコテっと傾げとけば、あの旦那さんは大喜びしてくれると思うわ」

「もう、環さんったら」



 カロン。喫茶いしかわのドアベルを鳴らす。

「ただいま戻りましたぁ」

 にこやかに明るく告げる。

「おかえりなさい」

 和樹さんが飛んできて私の荷物を持とうとする。

「あ、環さんのほうをお願いします。環さんのショッパー、私の荷物なの」

「それはまた……大量に買いましたね」


「はい。子供たちの服を選ぶの、環さんにもおつきあいさせちゃって」

「うふふ、可愛い子供服を選ぶなんて普段はできませんから。私も楽しかったですよ」


 靴を脱いで座敷で子供たちや長田さんも交えてコーヒーで一服する。子供たちは長田さんからどんな話を聞いたのかと思えば、私が聞いていなかったのろけ話や交際前のアタック惨敗歴史の数々だった。まったく、会社でなんの話をしているのか、まったく。

 そろりと横を見れば、環さんが顔を背けつつ肩を震わせている。

「ふくくっ……む、昔から熱烈だったんですね」


 だいぶ陽が傾いたところで、長田夫妻が帰宅することとなった。

 店先でご挨拶をする。

「今日は運転から何から、ありがとうございました」

「こちらこそ、とても楽しい一日でした」

「これ、お土産です。どうぞ」

 和樹さんが持っていたのはあさひ堂さんの包みだった。

「今日は十五夜ですから。月見団子です。ここの団子はとても美味しいので、ぜひ」


「あ、そうか。十五夜って今日でしたっけ」

「うん。ススキは、進が昼のうちに取ってきてくれたよ」

 進は、何かもじもじしてると思ったら、後ろ手にススキを隠していたらしい。

「お姉さん、どうぞ」

 と環さんに差し出している。

「ありがとう。お月見で飾るわね」

 にこりと笑ってスマートに受け取ってくれた。



 店の中に戻った石川家も、そのまま喫茶店で夕飯を食べて一服していると、ハッと何かに気付いたゆかりがトートバッグをゴソゴソ漁る中から何かを取り出した。

「あの、これ、和樹さんにプレゼントです! いつもたくさんいただいてるので、少しでもお返ししたくて」

 受け取った箱を開けてみると、シルバーのネクタイピンが入っていた。


「それ、去年あげたネクタイに合うんじゃないかなと思って。もちろん、他のネクタイにも合いますよ! それにこれ」

 ゆかりさんが指した先には、小さな石がついていた。

「この石、なんか和樹さんぽいなと思って。和樹さんを守ってくれそうな気がするんですよねぇ」

「……」

「あれ……もしかしてあんまり気に入らなかったですか? って、わっ!」


 目の前のゆかりさんを、さっきよりも、力強くギュッと抱き締めた。


「そんなわけないじゃないですか。とても嬉しいです。ありがとうございます」

「おお。気にいっていただけて何よりです」

「今日はゆかりさんから貰ってばっかりなので、次のプレゼントは、この倍はお返ししなくちゃですね」

「それはそれで怖いので、普通でお願いします」

「張り切って準備しますね」

「やめてください」


 おでこをコツンとくっつけると、ふたりで目を合わせて笑い合った。


 喫茶店の閉店作業を手伝ってから、マスター夫妻も一緒に、家族みんなでテラス席に出て月見とススキと団子を楽しんだ。




 翌朝。和樹はいつもより早く出ることにした。


「和樹さん待って待って! お弁当作ったから、持ってってください」

「ああ、ありがとう」

「ん! ネクタイ曲がってますよ」

 そういうと、首にゆかりさんの手が伸びてきて、ネクタイを直す。直し終わると「うん! 男前!」と満足げにネクタイピンをポンと叩いた。

「それじゃあ、行ってきます」

「はい、気を付けて。いってらっしゃい!」



「おはよう」

「石川さん! おはようございます!」

「石川さん、来て早々ですが、こちらの書類お願いします……って、そのネクタイピンどうしたんですか? 綺麗ですね」

「ああ、これか……」


 少し胸を張って「妻からのプレゼントだ」と自慢げに言うと、ふだん行なわない行動に部下が少し目を見張った後、「それは羨ましい!」と顔を綻ばせた。


 10月1日はコーヒーの日、ネクタイの日、今年は十五夜もと満載だったのですが、長くなりすぎたので翌日に持ち越してしまいました。


 まあ、今年の十五夜は、月齢的には今日(10月2日)のほうがふさわしいようなので、そちらを採用ということで。

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