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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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50 運動会(後編)

 さて、叔母(おねえ)さんに託された重大任務の中には、父兄参加の競技も含まれていた。


 運動が苦手な人や、久しぶりに走って怪我をしたくない人などもいる。叔父さんは地区の人に頼まれて父兄競技にも参加する予定だったらしいので、その代打も務めなければならない。ちなみに競技は単純な百メートル走だ。

「僕が走りますよ」

 叔母さんから事情を聞かされている途中で、和樹さんが立候補した。

 あんまり運動が得意じゃない私としては嬉しい限りだが、

「え、でも和樹さんすごく疲れてそうだし、私走りますよ!?」

 多分私が走ってもビリになるだろうが、致し方ない。

「あはは、ちょっと走るくらいならさほど疲労感は変わりませんよ」

「…………」


 お疲れをすぐに隠そうとするのが和樹さんだ。本当かなぁ……と疑いの眼差しを向けると、和樹さんは困ったように笑っていた。

 せっかくやってくれると言うのだから、ここは素直に任せた方がいいのだろう。それに、やっぱりできるだけ走りたくないし。

「じゃあお願いしますね! 和樹さん」

「任せてください」

 和樹さんの強い希望もあって、父兄参加競技の百メートル走は和樹さんが出場することとなった。



 ランチタイムが終わると、早々に父兄参加競技の招集がアナウンスで流れた。

「ではいってきます」

「くれぐれも、くれぐれも気をつけてくださいね!」

「ハハハハハ」

 私の注意を聞いているのかいないのか、和樹さんは呑気にひらひらと手を振って入場門へと向かっていった。

「ああ……大丈夫かなぁ」

「大丈夫なんじゃない?」

「飛鳥ちゃん人ごとだと思って! 冷たい!」

 大人気なく飛鳥ちゃんに噛み付くと、彼女は乾いた笑みを浮かべて大人な態度で私の言葉を流した。


「あ、和樹さん入場するみたい」

 飛鳥ちゃんに言われて入場門の方へ目を向けると、人混みの中にいてもすぐに和樹さんの姿を見つけることができた。長身は目立つ。探す側にとっては意外と便利だな、と思った。

 若いパパもちらほらといるが、群を抜いて和樹さんはその集団の中で若く見える。年の離れたお兄さんでも通りそうな勢いだ。


 入場と同時に、ご家族のエールがそこら中から送られるので、負けてられない! と思って、大きく息を吸い込む。

「和樹さーん! 頑張れー! お願いだからこけないでー!」

 私の渾身の叫びの後に、何もないところで和樹さんが躓いた。

「あああああ! 言わんこっちゃない!!」

「いや、今のはゆかりお姉ちゃんが悪いと思うけど……」

「えええええ!?」

 なんで!? と訴えても飛鳥ちゃんはあからさまに目をそらして答えてくれなかった。

 躓いてヒヤヒヤさせられているこちらを尻目に、和樹さんは入場した後は近くの若いパパさんたちと和やかに談笑している。


 和樹さんは三組目での出走のようで、先に二組が走ったのだが、十人中三人が転倒するという大惨事だった。

 午前の部ではほぼ子供たちの競技ばかりで、もちろん徒競走もあったが、転倒したのは数える程度だった。大人がどれだけ運動不足なのかを思い知らされた事象である。

 前二組の悲惨な結果の後だったので、余計にハラハラしてきた。


 そしてついに和樹さんのいる第三組がトラックに入る。体育の先生がピストルを空に向け、一気に緊張が走った。

 パァン! という乾いた破裂音の後に、一斉に走り出す。

「あ」

 スタートした瞬間から、実力の差は歴然だった。

 和樹さんは綺麗なスタートダッシュを決め、最初のコーナーに差し掛かる頃には二位以下をぐんと引き離し、その差は広がる一方だった。


 こちらの心配をよそに、結局和樹さんは軽々と独走状態でゴールした。

「わぁ……和樹さんって足早いんだねぇ……」

「そりゃあ……」

 顔が良くて運動神経も抜群となれば、それはすでにアイドルだ。運動場はまるでアイドルグループのコンサート会場のように女性たちの黄色い悲鳴で沸いている。


 そんな周囲の異様な熱気を感じているのかいないのか、和樹さんは呑気にニコニコと笑ってこちらへ手を振ってくる。

「うわわわ! こっち手振ってる……!」

「ちょ、私を盾にしないでよ」

「だって和樹さんの知り合いだってバレたら私刺されちゃう!」

 横にいた飛鳥ちゃんを私の前に立たせて、小さな飛鳥ちゃんの背中に懸命に隠れる。我ながら大人気ないとは思うが、背に腹は変えられない。


「ゆかりちゃん、ゆかりちゃん」

 必死になって周囲の視線から身を守っていたら、聞きなれた声に名前を呼ばれた。反射でそちらの方へ振り返ると、喫茶いしかわの常連客のおばあちゃまが私の横にやってきていた。

「ゆかりちゃん、パン食い競争出たくない?」

 予想外のお誘いに、私は思わず目をぱちくりと瞬いた。



「あれ? ゆかりさんは?」

 和樹がテントに戻ると、飛鳥ちゃんが一人でパックジュースを飲んでいた。

「パン食い競争に行ったよ」

「パン食い競争?」

 よく意味がわからず鸚鵡返しをしてしまったのだが、飛鳥ちゃんは嫌がる素振りもせずに淡々と和樹の問いかけに答える。

「一人出られなくなっちゃったんだって。パン食い競争のパンの中に高村屋のあんぱんがあるって知ったら飛んで行っちゃった」


 高村屋は近所で有名な老舗のパン屋さんだ。

 一日三十個限定の高級あんぱんが特に有名で、ゆかりは以前から高村屋の高級あんぱんが食べてみたいと言っていたのを思い出した。

「あんぱんに負けちゃったね、和樹さん」

 こちらの心情を見透かしたと言わんばかりに、飛鳥がニヤリと笑う。

 こども相手にムキになって言い返すのは大人としても男としてもカッコ悪いので、必死に自分のプライドをかき集めて鉄の笑顔を貼り付ける。


「せっかく一位を取ったから褒めてもらおうと思ったのに、残念」

 男は何歳になっても女の子に良いところを見せたいものだ。

 不本意ながら毎回のように顔色のよろしくない状態で店に通ったのが不健康イメージをつけてしまい、いけなかった。

 ここで一つ名誉挽回、と思ったが、まさかあんぱんに負けるとは! いくら和樹でも予想できなかった。

 まぁ、予想の斜め四十五度を突いてくるゆかりが面白くて、そんなところにも和樹は惚れているのだけれど。


「今度は美味しいあんぱんでも作るべきかな?」

「さぁね」

 和樹の相談を、飛鳥はさっくりと切り捨てた。



 ちなみにゆかりは華麗にスタートダッシュを決め、お目当てのあんぱんに一発でかぶりついてそのままゴールして見せた。

 その一連の流れがまるで計算し尽くされたコミカルなアニメのようで、動画に収めていたおかげで和樹は何度も笑わせていただいた。


 そして案の定、「飛鳥ちゃんは和樹くんとゆかりちゃんの隠し子では……!?」という噂が後日まことしやかに流れ、結局SNSは大炎上したことをここに記しておく。


 運動は苦手だと言いながらあんぱんのためにぶっちぎるゆかりさん。まったく、どんだけ食い意地はってるの?(笑)


 和樹さんは飛鳥ちゃんが映像を持ってると言ってたけど、おそらく自分も(勝手にコピーして)こっそり持ってて、時折にやにやしながら映像眺めてたんじゃないかな。そんな気がする。

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