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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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550-8 if~勇者ユカリの大ぼうけ……ん? 8~

「ゆかりさん、ゆかりさん」

 宴もたけなわ、お城での凱旋パーティーで和樹が食べ物に夢中になっているゆかりにこっそり話し掛ける。

「あ、はぶきふぁん」(あ、和樹さん)

「料理をよく噛んで飲み込んでから話してくださいね。……パーティーも終盤に差し掛かろうとしています。僕たちはそろそろ帰りましょう」


 ゆかりは急いで料理を咀嚼し、

「帰るって、お部屋にですか?」

 と、呑気に返す。

「違います。僕らの世界、現代日本に帰るんです」

 あまり大きな声で言えないので和樹はゆかりに耳打ちでそう言った。

「え、今から帰れるんですかっ?」

 ゆかりも和樹に倣って小声で話したが、かなり驚いている。


 ここでするような会話ではないと判断し、二人はこっそりとパーティーを抜け出す。

 誰もいない廊下で歩きながらゆかりは和樹に再度質問した。


「帰れるって……もしかして魔王を倒したお礼に神様が元の世界に返してくれるんですか?」

 創造神ともいうべき偉い神様が元の世界に戻してくれるのは、異世界トリップのお約束である。


 しかしそのゆかりの質問に和樹は首を横に振った。

「いえ、自力で帰ります」

「ん?」

 和樹の言にゆかりは目が点になる。


 和樹はゆかりの疑問をすぐに払拭するべく話しを続けた。

「そもそも僕が書庫に閉じ籠って魔法を調べたのは、帰る方法を模索するためです。魔王とやらがどの程度の強さなのか分からなかったので、身の危険を感じたらすぐに帰る予定でした」


「え? ということは、和樹さん結構前から帰る方法を知っていたんですか?」

 和樹は大きく頷く。

「えー! それなら教えてくれれば良かったのに」

「ゆかりさんが魔王を倒すと言っていたので、なるべくゆかりさんの意向に沿おうかと」

 苦笑いかハニカミか、両方の感情を含ませた笑みを和樹からされるとゆかりは何も言えなくなる。


 しかしゆかりに笑いかけた後、和樹は難しい顔になった。

「ただ、ちょっと予想外のことが起こりまして……」

「予想外?」

 ゆかりは首を横にコテンと傾けさせて和樹の言葉を繰り返す。


 和樹は頷いてから少し長い説明をした。

 和樹曰く、この世界の大気中の魔法を使う源がどんどん減少しているという。

 おそらくだが、魔王の存在そのものが魔法を使う源の発生源みたいなもので、その魔王が倒されたことによる減少なのではないかということ。

 このまま枯渇していくのか、ある一定のところまで来たところで減少が止まるのか、定かではないが……。


「僕が使おうとしている元の世界に帰る方法ですが、すごく高度な魔法で……大量の魔力を消費するんです。このまま減少した大気の魔力では全然足りなくなる。僕の予想では今夜が元の世界に帰る魔法を発動させる最後のチャンスかと」

 話を最後まで聞くとかなりの大ピンチだった。ゆかりは途端に顔を青くする。


「そ、そんな! もしダメだったらやっぱり偉い神様にお願いするしかっっ」

「ゆかりさんが何を信じてその偉い神とやらに縋っているのか分かりませんが、今の時点でまったくコンタクトしてこないので望みは薄いですよ」

「ひぇぇぇ。で、では和樹さん頼みなんですね」

 元の世界に戻れなくなるなんてそんなこと考えたくない。


 ゆかりは上目遣いで和樹を見詰めて懇願した。

「お願いします、和樹さん。私には和樹さんしか(頼りになる人が)いません! お願い!」

「ッッッんん!」

 和樹が顔を赤くし口を手で押さえて変な呻き声を出す。


 彼にとって想い人の涙目上目遣いは威力が大きすぎた。こうかはばつぐんだ! 努めて冷静に頭を切り替え、ゆかりを安心させる。

「大丈夫です。僕が必ず帰してあげますから」

 頼りになる和樹のセリフにゆかりは嬉しそうに頷き、「はい!」と満面の笑みをしたところで、彼はまた変な呻き声をあげた。




 この世界に来る時に着ていた服やバッグがゆかりの自室にあるとのことなので、まずはそれを取りに行く。

 自室で元の世界の服に着替え、通勤用に使っていたバッグを持って自室から出ると、部屋の外で和樹が待っており、二人で目配せて頷いてから無人と思われる中庭へと急ぐ。


 思い起こせば和樹を召喚してしまったのも中庭だった。そう思うと感慨深い。

 そして、今度は二人で帰るために中庭に行くのだ。


 中庭に到着すると、ほとんど光はなく月明かりのみだった。当然、パーティーの最中なのでほぼ真逆に位置するこの中庭には人の気配がない。

「やはり人がいないという理由から考えても今しかチャンスはありませんね」

 和樹はそう判断すると、後ろに付いてきていたゆかりに向き直る。


「ゆかりさん、では帰りますよ」

 真剣な顔をしている和樹を見て、ゆかりはシャキッと背筋を伸ばした。

「了解です。何か私にできることはありますか?」

「そうですね。魔法が発動し始めたら、魔法陣の中央から出ないこと。あと万が一、人が近付いて来たらすぐに知らせてください」

「は、はい。分かりました」

 返事をしてからゆかりは頭の中で和樹の言ったことを復唱する。別に難しいことではないのだが、繰り返すことで気持ちが落ち着けばそれで良いという気持ちからだった。


 ゆかりが何度かの復唱を終えた時、和樹がフゥーと深呼吸した。

「それでは始めます。かなり長い詠唱なので少し待っていてくださいね」

 そして、和樹は詠唱を始めた。


 本当に長い詠唱だった。既に三分が経過しているが魔法陣すら出ていない。

 言っていることは何となく分かるものの、何を言っているのかよく分からない詠唱。

 和樹が今まで使っていた魔法は彼が比較的早口に、しかも小声で詠唱しており、すぐに発動していたので気付かなかったけど……。

 でもこれはかなり……。


「和樹さんが厨二くさいセリフを言っちゃってる」

 ボソッと呟いた言葉はハッキリ和樹に届いてしまったらしい。

 詠唱を中断した和樹にジト目で睨まれた。


「ゆかりさん、僕は真剣に……」

「ご、ごめんなさい。でもなんか笑っちゃうの」

 ゆかりも和樹が真剣なのは分かっているので、なんとか笑いを抑えようとしているのだが、口角がどうしても上がってしまう。


「……僕としてもこういうセリフは……この歳でこの手の単語の羅列は苦行ですね」

 眉を寄せて辱めに耐えている和樹がちょっと可愛いと思ったゆかりだった。

 彼女は再度和樹に詫びを入れて、笑ったりしないよう気を引き締める。


 和樹はゴホンとひとつ空咳をすると詠唱を再開した。

 やがて魔法陣が和樹とゆかりが立っている場所を中心にできていく。

 和樹の詠唱に合わせて文字と円形がどんどん大きくなっていった。

「大きい!」

 ゆかりが和樹を召喚した時の比ではない。

 魔法陣から生まれる光も徐々に強くなっていく。暗かった中庭は今や光源のようだ。

 和樹を見ると額に汗が浮かんでいる。最早笑えるような状況ではない。

(大丈夫かな? 和樹さん……)

 明らかに大変そうな彼を心配してジッと見詰める。


 ──その時だった。

 なんとなく分かりそうで、でも何を言っているのか分からない単語の羅列の詠唱で、はっきりとゆかりにもよく分かる言葉が出てくる。


「この世界からイシカワユカリを元の世界に……」

(え?)

 元の世界に戻ろうとする言葉と共に名前がある。

 イシカワユカリは自分の名前だ。

 でも、重要なのは和樹の名前がなかったことだ。

「和樹さん……?」

 ゆかりは背筋が急速に冷えた心地がした。


「なんで、和樹さんの名前がないんですか?」

 このままでは、和樹は元の世界に帰れないということになる。

 魔法陣から放たれる光源が苦笑いしている彼の表情を照らした。

「ねえ! 和樹さん! 一緒に帰れるんですよね!?」


 詠唱を終え、魔法陣が強烈な光を発した。

 眩しすぎて、もう彼の表情が分からない。

 もしかして、一人しか帰れないとかそういう制約があるのだろうか? 

 だとしたら、和樹は自分を犠牲にしてゆかりだけ帰そうとしている? 

 和樹は最初からそのつもりだったのだろうか。


(彼は今が最後のチャンスだと言ってた……)

 つまり、和樹は二度と元の世界に帰れない。

 ゆかりの瞳に涙が溢れる。

 この光がゆかりと彼を隔てているようで、彼との今生の別れを意味しているのではないかと、ゆかりは言い知れない恐怖を覚えた。


「和樹さん! どうして!? 帰るって言ったじゃないですか!」

 光の中でゆかりは必死に泣き叫びながら和樹に呼び掛けた。

「あなたがこの世界に来てくれて、とても嬉しかった! 違う世界であなたがいてくれて、どんなに安心したか……!」


 光に包まれて彼の姿はもう見えないが、色々なことを伝えたくて、ゆかりはなおも叫ぶ。

「私! 私……! あなたに伝えたいことがあるんです! だから、だから、和樹さん……一緒に!」

 和樹の返事は聞こえない。

 目を開けていられないほどの強い光を浴びながら、ゆかりは慟哭した。

「こんなのって、こんなのってないーーーっ!」



 眩しいほどの光が徐々に小さくなる。光がなくなると、目の前はよく見慣れたゆかりの部屋だった。

 帰ってきたのだ。


 大きな涙の粒が眼から零れ落ちるのが止まらなくて、ゆかりは両手で顔を覆った。

「和樹さん……和樹さん……」

 何度も何度も彼の名前を呼ぶ。


 喫茶いしかわを辞めていった時も寂しかったが、今の感情はそんなものではない。

 同じ世界なら、どこかで会えることもあるだろう。けれど、違う世界では二度と会えないのだ。

 心が引き裂かれるように痛い。苦しい。

 和樹と二度と会えない現実に咽び泣く。

 その時、後ろから声がした。


「どうやら上手くいったようだな。日付と時刻はどうなんだ? 一応、異世界に来てしまった時の日付と時刻に帰れるよう設定したが……」


 聞き慣れたテノールボイスにゆかりは弾かれるように後ろを振り向いた。

 そこには、和樹が立っている。

 スーツ下のシャツの胸ポケットからスマホを取り出して画面を見ていた。


「日付は異世界に行った日と一緒だが、時刻が一時間ほど過ぎているな。まあ、誤差の範囲か。ブランがいないということはマスターに引き取られた後だな」

 現状把握が終了すると和樹は、目を見開いてガン見してくるゆかりと目を合わせた。


 彼は目を細めて微笑するとこう言った。

「ゆかりさん。無事に帰れましたね」

「え、え……?」

 混乱を極めたゆかりは目を見開いたままそれしか言えない。

 その姿を見て和樹は少し恥ずかしそうにそっぽを向く。


「あー、混乱させましたよね。あの魔法は普通に使うと転移できるのは一人だけなんです。そこでゆかりさんをメイン転移者にして、ゆかりさんに召喚された僕は召喚獣扱いにすればゆかりさんに付随する存在として転移できると……サラッと聞き流してもらえるかなと思ったんですが、そうは問屋が卸しませんでしたか」

 和樹の言っている意味が理解できず、ゆかりは口をパクパクさせる。


「そこまで動転させるつもりはなかったんです。少々予定が狂ったけど……」

(どういうこと? どういうこと?)

 困惑しているゆかりを真剣に見詰めながら彼は言う。

「ようやく帰国できて、君にたくさん伝えたいことがあります。そして再び君の前に現れる決心をした僕の気持ちも伝えたい……」

 頬を染め、情愛のこもった目線でそんなふうに語る彼にゆかりはドキドキする。


 そして、彼は今度は蕩けるような笑顔でこう言った。

「僕のことを全部伝えたら、今度は君が言っていた『伝えたいこと』を教えてくれますか?」

「えっ!?」

(『伝えたいこと』?)


 言われてゆかりは思い出した。彼と一生会えないのだと思ったあの時、何か色々と口走った気がする。

 ボンッと沸騰したかのようにゆかりの顔が真っ赤になった。


 ゆかりのその反応に気を良くしたのか和樹はニコニコ顔だ。

「その反応は、期待できそうだ」

 一体何の期待だと言うのだろう。

 和樹の顔を直視できずに目を逸らすゆかりの頬に、彼は手を持ってきて、先程まで流していた彼女の涙の跡を指で拭った。

「まずは僕の話から聞いてくださいね」




 こうして目的を果たした勇者のその後の物語が幕を開けた。

 その物語のジャンルは、ラブストーリー。


 ということで、ゆるっとふわっと勇者なゆかりさんでした。



 実はこれの前に和樹さんが魔王パターンもチラッと考えたんですけどね。


「実力不足の勇者一行よ大人しくさっさと帰れ! ああ、世界を滅ぼすのも当面勘弁してやろう。ゆかりさんが悲しむからな。クックックッ……」

 な流れしか想像できなくて匙投げました。

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