550-5 if~勇者ユカリの大ぼうけ……ん? 5~
試合があった日から数日が経った。
ゆかりは一人、城の自室のバルコニーで小さいため息をついた。
和樹はここ数日、城の書庫でほとんどの時間閉じ籠っている。
どうやら魔法を覚えておけば魔王討伐が楽になると考えているようで、詰め込み学習よろしく魔法書を読み漁っているらしい。
さらに、和樹の闘い方に感銘を受けた城の兵士たちに格闘技を教えたりしている。
しかもいつの間にかジェフ、ジョージ、ジャンの三人と仲良くなっているらしく、よく意見交換している姿を見掛ける。闘いの後に友情が芽生えたようだ。
日課だと言っていた筋トレとや走り込みもちゃんとしているらしい。
その上、ゆかりとは朝昼晩の食事と午後三時のティータイムを一緒に過ごしている。
いつ寝ているのか心配になって、ゆかりは無理して自分との食事やティータイムに付き合わなくても……と言ったのだが、和樹から全力でそれは嫌だと言われた。それなら兵士に格闘技を教える時間を減らすとまで言われたのだ。
ゆかりと和樹はこの世界で二人しかいない広い意味での同郷だ。
同郷ということで一緒にいると安心する気持ちはゆかりとて理解できる。
そのことを和樹に伝えたら複雑な顔をされた。なんで?
さて、ゆかりも和樹に負けじと訓練をしているのだが、ちょっとショックなことがあった。
召喚ができなくなってしまったのだ。今では人参や石も出て来てくれない。
お城の魔導師の話によると、召喚で最初に呼ぼうとしていたものが強制的に変わってしまったために、召喚の理みたいなものから制裁を受けている最中らしい。どうやら一年ぐらい召喚はできないらしいのだ。
落ち込んだゆかりを見て、半ば自分のせいだと責任を感じた和樹は、
「ゆかりさん。僕にすべて任せてください。ゆかりさんはマカロンでも食べてゆっくりしていて」
と、益々忙しい日々を自分に課した。
そんな和樹の姿を見て、さすがに和樹に甘えてマカロンを食べている訳にはいかず、剣術等をもっと頑張ることにした。身体を動かすことは好きなので苦ではないし、二の腕も引き締まって一石二鳥だ。
そんな感じでさらに数日。
書庫に引きこもり状態の和樹とティータイムを取るべく、ゆかりはティーセット持参で書庫へ向かう。
前は和樹がティータイムの時間にゆかりの元に来ていたのだが、最近はもっぱらゆかりの方が書庫に行くことが多い。
「……失礼しま~す」
ティーセットが乗ったトレーを片手に持ち直して、おずおずと書庫の扉を開けると、和樹は部屋の中央で分厚い本に囲まれながら、床に座ってすごい速さで本を読んでいた。前に聞いたが彼は速読ができるらしい。
入ってきたゆかりに気付くと和樹は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「お邪魔でした?」
と、ゆかりが聞くと彼は首を横に振った。
「ちょうど喉が渇いていたので嬉しいです」
「良かった」
ゆかりも和樹に倣って床に座る。ちょっとお行儀は悪いかもしれないが、床にトレーを置いて彼のために用意した紅茶をティーカップに注いだ。
ゆかりも自分のティーカップに紅茶を注ぐと、二人は揃って「いただきます」と言い、喉を潤す。
一緒に用意したクッキーもちょこちょこ頬張りながらティータイムを楽しんだ。
「この世界の食べ物って私達の世界とそんなに変わりないですよね」
「ですね。まあ、和食がないのは僕としては残念なところです」
「あ、分かります! お醤油が恋しい……」
何か食べていると彼らはだいたい食べ物の話になり、故郷との違いを模索したり懐かしんだりする。
そんな話をしていた時、不意に和樹が何かを思い出したように「あ」と声を漏らしてから話し始めた。
「そういえば……僕たちの世界とこの世界で決定的に違うことと言えば魔法ですけど、調べた感じではこちらの世界で覚えた魔法は僕たちの世界では使えないみたいですね」
「そうなんですか?」
「この世界の大気に魔法を使う源みたいなものがあって、それがないと使えないようです。……惜しいな、元の世界でも使えたら便利だったかもしれないのに」
ゆかりはその話を聞いて少し押し黙った後、ゆっくりと自分の意見を口にする。
「……私は、使えない方がいいと思います」
「え?」
「この世界に来て、初めて街に出た時に見た光景なんですけど、目の前で小さな子供が転びました。泣きそうになったその子にすかさずお母さんが回復魔法をかけていました」
「……」
「こちらの世界ではそれが普通なんだそうです。でも私はその姿に違和感を覚えました。確かにすぐに治せたら便利だけど……この子はお風呂に入った時に擦りむいた膝小僧がしみたりすることもないんだろうなぁって」
ひと息つくためにゆかりは紅茶を口に含んでから話を続けた。
「怪我なんかしない方が良いのは当たり前です。でもこの世界の人たちはすぐに怪我を治せる分、怪我をすること自体に無頓着なところがあります。怪我は大したことではないと言うかのように……。私はそれがすごく悲しくて」
和樹はゆかりの話を聞いて押し黙る。何かを考えているかのように。
ゆかりは和樹の反応を見て少し恥ずかしくなってきた。
「す、すいません。なんか語っちゃって。あくまで私の意見ってだけでして……」
「いえ、ゆかりさんの言う通りだと思います」
和樹は好奇心旺盛な分、新しい物を試したりするのが好きだ。
また仕事をしていれば時に常識が通用しないこともあるし、非常識を受け入れなければいけない場合も多々ある。だからこそ余計に、新しい便利なものを受け入れることに躊躇がない。
しかしゆかりは地に足をつけて日常を生きている。魔法など非日常だとちゃんと理解した上で意見している。
喫茶いしかわで一緒に働いている時もそうだった。
非日常からありきたりなはずの、ごく普通の日常にいつも引き戻してくれるゆかりの存在がとても有り難かった。
「……魔法が危険をはらんでいるものだと失念していた。日常を壊しかねないものだと」
噛み締めるようにそう告げるとゆかりは照れたように顔を仄かに赤く染めた。
「ちゃんとそういうものを教えてくれる君を、とても好きだなと思います」
「やだ、和樹さんってば。冗談言って!」
顔を染めながらも手をパタパタさせて和樹の言葉を本気とは受け止めないゆかり。
冗談ではないのだが、と彼は思ったが、とりあえず彼女の顔を染めることはできたのだと前向きに思うことにした。
彼にとっては十分収穫があるティータイムとなった。
和樹がこちらの世界に来てから三週間。
和樹が諸々の準備ができたとのことで、遂に旅立ちの日がやってきた。
国からは壮行会だ、パレードだ、と祭りの提案を色々されたが、それらは魔王を首尾よく討伐できたらと二人は丁重にお断りし、質素な旅立ちとなった。
装備も変わっていない。ゆかりは相変わらず城から支給された革の胸当てと、プリーツスカートとニーハイブーツだし、和樹に至ってはこちらに来た時と同じスーツ姿である。
着替えたりしないのかと、ゆかりだけでなく周りも彼に聞いたが、彼は「胸ポケットに大事な物がある」とスーツを脱ごうとはしなかった。
頑なな様子に、周りはおろかゆかりもそれ以上追求することはできなかった。




