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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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550-4 if~勇者ユカリの大ぼうけ……ん? 4~

 勇者の仲間が変わるかもしれないという意外に重大な案件は、この国の王に許可を貰わなければならない。

 異世界から来た勇者にのみ魔王討伐を任せるのはどうなのかと、王は最初渋っていたが、口達者な和樹は王を説き伏せ、和樹が仲間認定されていた三人の男たちに勝ったら、ゆかりと二人だけで魔王討伐に行くという約束まで取り付けた。


 よくそんな無理難題が通ったものだと思う。そのことを和樹に聞いたら

「上を説得するのは得意なんです」

 と、言っていた。


 そうして、あれやこれやと舞台は整い、騎士が使う訓練場で試合が行われることになった。




「さ、三人勝ち抜き!?」

 ルールを聞いてゆかりは不公平な決着の付け方に怒りを覚える。

「どう考えても和樹さんが不利じゃないですか! なんでそんな勝負引き受けちゃったんですか?」

 プンプンと効果音がつきそうな怒り方をしているゆかりに和樹は嬉しそうな笑顔を向けた。


「……なんで笑ってるんです?」

 ゆかりは和樹にジト目を送る。

「ゆかりさんが僕の心配をしてくれているのだと思うと嬉しくて」

 無邪気とも言えるような人懐っこい笑顔は、喫茶いしかわにいた時に見たことはなく、ゆかりは少しドキッとした。


「だ、だって、こんなの不公平じゃないですかっ。三人全員に勝たなきゃいけないんですよ?」

「ゆかりさんは僕を応援してくれるんですね」

「それは……当たり前です。だって元ですけど、同僚だったんですから」

 少し頬を赤らめてそう伝えると、和樹は驚くほど真剣な顔をしてゆかりを見詰めてきた。


(また……違う顔……)

 再びゆかりの鼓動が大きくなる。

「僕は絶対負けませんよ」

 強気な発言だ。次いで「勝算もある」とはっきりゆかりに告げた。


「勝算?」

「彼等は、というかこの世界の住人は僕らと身体的構造が一緒のようだ。つまり同じ人間。それなら勝てます」

「でも魔法とかあるんですよ。同じだなんて……」

「魔法、どの程度のものなのか興味ありますね。果たして銃とどちらが性能が上なのか」

(銃……?)

 あまりにも自然に比較対象として言われたので聞き逃すところだった。知ってはいても一般的には比較として使われないだろう。

「銃なんて……」

 言いかけたところで和樹の名前が兵士から呼ばれた。

 試合が始まるのだ。


「大丈夫。人間なら必ず弱点があります。勝ってみせます。ゆかりさんはコーヒーでも飲みながら待っていてください」

「それが……この世界ってコーヒーがないみたいなんです。紅茶はあるんですけど……」

「なんと。それはつまらない世界だな」

 心底そう思いながら彼は訓練場の中央に向かって歩く。


 気分は高揚していた。魔法という未知との遭遇もある。そしてゆかりが自分を応援してくれている。それだけで勝てる気になるというものだ。


 中央に立つと、向こうからも一番最初の相手、重騎士のジェフが歩いて中央に向かってくる。

 訓練場はワーッワーッと歓声に包まれていた。

 ギャラリーがかなりいて見世物のようだ。

 しかも和樹は完全にアウェーらしい。


 しかし彼にとってそれはどうでもいいことだった。たった一人の声援が数万にも値するのだから。


「ゆかりさん。君に勝利を捧げます」

 わざと西洋の騎士のように言う。まさにこの場に相応しい言い回しだった。




 両者揃うと審判の合図で闘いが始まるのだが、審判に「武器は?」と聞かれた。

「いえ、拳で闘う方が性に合っているので」

 と言うと、ジェフから

「舐めやがって……」

 と怒りを押し殺すような声が聞こえてきた。

(別に舐めてはいないのだが)

 どうやらこの世界には格闘家のような存在はいないらしい。


 和樹の答えに対して、審判は異世界人は妙な闘い方をするものだと思ったのか、それ以上追求されることはなかった。そしてついに試合が始まる。

 唸り声をあげながら重騎士のジェフは剣と大きな盾、そして重そうな鎧兜をガチャガチャ言わせながら和樹の方に近付いてくる。


 はっきり言ってノロイ。

 向かってくるジェフを難なく横に避けると、和樹はそのまま回し蹴りでジェフの兜を蹴った。兜がジェフの頭から外れ、ガランガランと音を立てて訓練場の土床に落ちる。

「あ!」

 驚く間もなく、ジェフの顔面には和樹の拳が間近に迫ってくる。


「人間の急所は顔に集中している」

 そのまま顔面に拳を打ちつけた。

「が、あ……」

 呻いて倒れそうになったジェフだが、何とか踏ん張る。


「一回で倒れないとは、上等!」

 ニヤリと笑って相手を讃えると、和樹は今度はジェフの顎に拳を打ち込みアッパーを食らわせた。

 フラフラと二、三回よろめくとジェフは背中から倒れる。気を失っているのか起き上がってこなかった。

 訓練場はシーンとなった。


 十秒程の沈黙の後、歓声に包まれる。

「本当に拳で勝ったぞ!」

「速い!」

 観戦しているのは城勤めの兵士が多いので、初めて見た和樹の闘い方に驚いているようだ。

 審判が高らかに和樹の勝利を宣言し、続けて二回戦目の始まりを告げる。


 次の対戦相手は、魔法を使うというジョージだ。

(魔法というものを見るチャンスだな)

 和樹が興味津々で対戦相手を見遣ると、ジョージは何やらブツブツと喋っている。

 喋っている内容から察するに火を出そうとしているらしい。


(なるほど。魔法とはああやって何かを唱えて出すのか。うーん、はっきり言って唱えている間に近付いて制圧できるのだが……)

 素早い決着も良いのだが、それだと魔法が見られない。

 結局和樹は好奇心に負けて、ジョージが呪文を唱え終えるまで待つことにした。


 ジョージは呪文の詠唱が終わると手を前に突き出す。

 手の平から野球の硬球ぐらいの火球が飛び出し和樹に向かってくる。

 再び言わせてもらうが、はっきり言ってノロイ。

 和樹からすれば、時速120キロ程度で放たれる火球など恐るるに足らないものだった。和樹は目視であっさりと火球を避ける。

 火球は後ろの石造りの壁にぶつかって消えた。


「実用的とは言えないな。詠唱に時間がかかる上に簡単に避けられる」

 和樹はうーん、と考え込むような仕草をした後、ジョージに話し掛けた。


「すいません。他の魔法も見せてもらえますか?」

「え、え?」

 ジョージは敵側の提案に困惑している。

「お願いします。唱え終えるまで待ってますので」

「あ、はい……」

 丁寧にお願いされたからなのか、ジョージは敬語で答えていた。


 ジョージは再び詠唱を開始する。

 内容から察するに氷の魔法らしい。

 ジョージは手を前にかざすと、連続で十発のビー玉ぐらいの氷の粒が飛んできた。

 先程の火球よりは早いがそれでも視認できるレベル。

 和樹はファイティングポーズでサッサッサッと避けていく。


「さっきの火球よりは良い……か。あの、すいません。他のも見せてください」

 涼しい顔で簡単に氷の粒を避けた男は、さらに魔法を催促した。

「いや、これで全部です……すいません」

 またもや敬語でジョージは謝った。


「あー、そうなんですね。それなら仕方ない」

 和樹は顎に手を当てて、うーんと唸った後、すまなそうな顔をしてジョージに言った。


「色々出してもらったのに申し訳ない。試合には勝たないといけないので、今から三秒後に殴りにいきます」

「え? え? え?」

 ちょうど三秒きっかり。踏み込んで一気に間合いを詰めた和樹はジョージの鳩尾に拳を埋め込んだ。

「がはっ……!」

 腹を押さえながらジョージはくずおれて地面に突っ伏した。

 また歓声が湧き上がる。


 次の対戦相手は、回復魔法の使い手であるジャンなのだが……和樹がジャンの方に振り向くと、ジャンは顔面蒼白になり、首が曲がってしまうぐらい大きく横に振って、

「無理! 無理! 無理!」

 と、必死に闘えないと懇願する。


 ヒーラーであるジャンは元々攻撃には適していない。ジェフかジョージが和樹を片付けてくれるだろうと思って三人目になっていたのだ。

 しかもジャンが闘えないというだけでなく、相手はジェフとジョージをあっという間に気絶させている。闘うだけ無駄。進んで痛い思いをしにいくこともない。

 こうして三戦目は不戦勝となり、和樹は勝利を収めた。


(これでゆかりさんと一緒にいられる。ゆかりさんは見ていてくれただろうか)

 ゆかりの喜んだ顔を想像して和樹はゆかりの方に振り返った。


 確かにゆかりは嬉しそうな顔をしている。

 片方の頬を片手で押さえ、もう片方の手にはフォークを持ち、蕩けるような顔を浮かべたゆかり。


 あの顔には身に覚えがあった。

 美味しい物を食べた時にする恍惚の表情である。

 即席で用意された小さな食卓の椅子に座って、城の侍女がティータイムだと用意した紅茶とケーキをゆかりは和樹の試合中に堪能していたのだ。

「……」


 確かにコーヒーでも飲んでいてください、と言ったのは和樹だ。

 しかし世の中には建前というのもあり……。

(別に賞賛が欲しくて勝ったわけではない。ゆかりさんと二人でいるために勝ったのだから……)

 和樹は少しだけ覚えたショックな気持ちを、そう言い訳することで押さえ込んだ。

(だから別に寂しいわけじゃない!)


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