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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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549 勘違いでも嬉しかったの

 今日は久々に、ゆかりと環はショッピング&ガールズトークに勤しんでいた。ちょっとレトロな喫茶店の半個室からはきゃらきゃらと楽しげな話し声が聞こえている。


「そういえば環さんと長田さんがお付き合いするきっかけって何だったんですか?」

「きっかけは、通っていたテニススクールで実施された温泉旅行ですね。あ、テニススクールはそれぞれで申し込んでて、顔は知ってたけど旅行で初めてご挨拶したくらいだったんですけど……」



  ◇ ◇ ◇



 環は温泉宿一階のお土産コーナーで小さく溜め息を吐いた。


「おや、たしか環さんでしたね」

「はい。長田さん、ですよね。温泉に行ってらしたんですね」

「はい。温泉は気持ち良かったのですが、どうにもカラスの行水になってしまいまして、一足先に上がらせていただきました」

「そうなんですね」

 はははと笑いながら話す長田の様子に環の表情が緩む。

「環さんは、温泉にはもう入ったんですか?」

「あ……今日は、大浴場はちょっと……」

「ふむ……環さん、実はこれから少し足湯巡りをしようと思っているのですが、ご迷惑でなければご一緒しませんか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんです」


 それから、足湯パンフレットを見て特に気になった四か所を二人で回った。

 雪と明かりの景色が綺麗な足湯。すぐ横の売店で購入した温泉饅頭を食べながら入る足湯。地元の皆さんとおしゃべりしながら入る足湯。二人でいっぱいになってしまう小さな足湯。

 自分一人であれば安全性その他と気にしなければならないことが多くあって諦めていた足湯巡りが実現できたことに、環は浮かれていた。

 宿に戻る道すがら紙コップに湯気を立ち昇らせる緑茶で手を温めながら環は思う。テニススクールという共通の話題があったことはきっかけの一つではあるが、それ以外の話でも、つかず離れずの位置で同じ速さで歩んでくれるこの男との空気は存外心地良い。


 思わずふふふと笑う環をちらりと見て安堵の表情を浮かべた長田は穏やかに言葉を発した。

「楽しそうですね」

「ええ。とても」

「それは何よりです」

 ほんの少し、何かを企む顔になった長田はニヤリと笑う。

「お誘いしたデートを楽しんでいただけて重畳です」

 表情で、長田渾身の冗談のつもりなのはわかった。ならばこちらもそれに応えねば。

「私をこんなに淑女らしくエスコートしてくださる殿方は初めてで、素晴らしいひと時でした。またデートしましょうね」

 わかりやすくにっこりした笑顔を向けると表情を固めて真っ赤になっていく長田は、ハッとすると途端にわたわたする。

「えっ、いや、でも、それは……」

「あら? もしかして私、嫌われちゃいましたか?」

「そんなはずないでしょう!」

 笑いを堪えきれずくすくす笑いながらからかうように聞くと、慌てて否定する長田を見ていると、なんだか和むのを実感する環。

(ああ、この人となら同じ歩幅で歩いていけそう)


 環は、まずはテニススクールの予定を合わせるところから距離を詰めようと決意した。



  ◇ ◇ ◇



「……という感じで」

「ステキ! まさかの環さんがグイグイいって成立した関係だったんですね」

「あはは……あの時、私は月のもので入れなかったことに気付かれたと思ってたんですけど、彼は自分と同じように長湯が苦手な人と思ったらしくて。それが半年後くらいに旅行の計画をしてる時に発覚したんです」

「うんうん。それで?」

「その時にはそういう勘違いも愛おしくなってしまってたので。それに、推理がポンコツでも行動はイケメンなんで、それはそれでオッケーかなって」

「そっか。ラブラブですねぇ」

「いえいえ、ゆかりさんほどでは」

「いえいえ、環さんには負けますよぉ」


 うふふふと楽しげな会話はまだまだ続く。

 長田さんと環さんの馴れ初めっぽいもの。

 この二人はちょっとした勘違いから始まりそうな気がしていたので、こんな感じになりました。


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