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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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539 餅つきスタイル

 子供たちが三歳前後のお話。

 連休中のご近所イベントとして、今年は餅つき大会をすることになった。一体なぜ? そう思いながらも

「力仕事は任せてくれ!」

 と、なぜか大盛り上がりの商店街の男衆に、誰も何も言えなかった。

 餅つき会場として喫茶いしかわのテラス席を提供することになったのは和樹の力説に根負けしたからだった。

 盛り上がっている男衆が準備も当日の作業もすべて担当するというのでお任せすることにした。


 そして当日。

 むわんむわんと体感気温が五度くらい上昇しそうなねじりはちまきに法被を纏う男衆が喫茶いしかわのテラスに集合している。

 奥方や子供たちがつい距離を取りたくなっても仕方ないとゆかりが思ってしまうのは、あの中に混じれないからだろうか。


 とはいえ「おもちがいっぱい食べられる!」とウキウキそわそわしてる真弓と、周りの笑顔につられてニコニコしている進に表情を緩めつつ、ゆかりは声をかける。

「真弓ちゃーん、進くーん」

 すぐに駆け寄ってくるふたりに目線を合わせる。

「あのね。お母さん、これからちょっとお餅に合うものをお買い物して、最後にあさひ堂さんに予約したあんこときな粉を取りに行くんだけど、二人も一緒に行く?」

「いく! おつかい!」

「りゅっくとってくるね!」

 嬉しそうに用意しに行く子供たちを見送りつつ、梢に出かけることを伝えた。お餅がつき上がる頃には帰るから、と。




 ゆかりは、手を繋いだ子供たちの後ろを歩く。しばらく前に進の足元を卒業したピコピコ靴のピッ! ピッ! という音が聞こえないのが淋しいような頼もしいような気分を抱えながら。

 歩道橋を渡る。信号は左右確認して手を上げる。教えた交通ルールをしっかりと守って歩く子供たちの成長を頼もしく噛み締めながら。


 八百屋さんで自家製トマトソースと美味しい季節の果物を、肉屋さんで甘辛そぼろとチャーシューを、スーパーでくるみやとろけるチーズや春巻きの皮などを。

 お餅アレンジメニューに使うものを次々買っていくと子供たちのテンションもぐんぐん上がる。


 八百屋では真弓が、肉屋では進が、元気に店員に伝えた。

「れじぶくろいりません! りゅっくにいれます!」

 そう言って勢いよくぐりん、と後ろを向く。すでに何度かこのやりとりをしたことがあるので、店員も微笑ましいものを見るようにくすくす笑いながら対応してくれる。

「かしこまりました。リュックに入れますね」

 リュックに入れる様子をもう一人が目を輝かせながらじーっと見つめ、中身の入ったリュックのチャックが閉まるとにこーっと笑いかける。それから二人並んで立ち上がった店員と

「ありがとーございました!」

「どういたしまして。気を付けて帰ってね」

「はーい!」

 というやりとりをするまでが一連の流れなのだ。


 最後にあさひ堂さんで注文の品を受け取ると、喫茶いしかわに戻る。

「もうおもちたべられるかなぁ?」

「どうかなぁ。帰ってすぐじゃないかもしれないけど、お餅につけるものを色々揃えてる間にできあがってるかもしれないねぇ」

「あっ、しんごう。あおになるまでまたなきゃ」


 喫茶いしかわに近付くと、「おいっ! おいっ!」と野太い掛け声が聞こえてくる。

「声がしてるから、まだお餅ついてるみたいね」

「うん! おいしくできてるといいね」


 テラスに戻ってくると、目の前に広がっていたのは。

 テラスの奥に大きな臼。餅をつく男と合いの手を入れる男。それをぐるりと囲んでうおぉぉおっ! と盛り上がる男衆。

 手前に「私は何も見なかった」と言いたそうな表情でつき上がった餅を丸める奥様たちと、キャッキャしてる若い女性たち。

 なかなかのカオスだ。


 そのカオスの中心にいるのは和樹だ。

 ここまではいい。不本意ながらここまではよくある話だ。

 だが……。


 なぜか和樹は、ねじり鉢巻きに褌一丁で餅をついている。

 上半身に何も着ていないのはもちろん、足元も裸足だ。きっちりと締めた六尺褌からは引き締まった臀部や良い筋肉ラインの見える太腿が惜しげもなく晒されている。

 あのキラキラした目を見れば、いそいそ準備し、喜び勇んで参加しているのは一目瞭然である。きっと六尺褌も吟味を重ねた一枚に違いない。


 ほのぼのしたおつかいから帰ってきた真弓と進はパッカーンと口をあけたまま、ノリノリの和樹を見ていた。

 一方ゆかりは、ごっそりと表情が抜け落ちている。混乱がひどく、動けない。


「よいしょーーっ!」

 最後に大きな掛け声で餅をつき終わると、拍手がわき起こる。

 爽やかな笑顔で手を振る和樹を見ると、本来の天職はアイドルだったのではないかと思ってしまう。じっとり汗ばむ様子すらキラキラエフェクトに変えてしまうのだから。


 こちらに視線を向けた和樹は、ばちりと目が合うと全開の笑顔を向ける。

「ゆかりさーん!」

 大きく二度手を振ると、ずんずんゆかりに近付いてくる。モーゼよろしく人並みが割れてゆかりまで一直線だ。

 子供たちは慌てて両側に逃げる。真弓は飛鳥の元に、進は梢の元に飛び込む。

 ビクリと大きく体を跳ねさせた後、どう逃げようかとキョロキョロしてる間に、目の前に和樹。さほど距離はないのだから当然なのだが、ゆかりは必要以上に動揺してしまう。


「あぁ……ゆかりさんっ」

「ひゃあっ! 裸で抱きしめないで!」

「裸じゃありません。褌締めてます。猥褻物陳列罪にはあたりませんから安心して」

「素肌が密着してきてる時点で全然安心できませんよ!」

「ふぅ、仕方ありませんね」


 小さく首を振った和樹はゆかりが律儀に持ち続けていた買い物袋を隣に来ていたマスターにすっと渡すと、じたばた暴れるゆかりをしれっと抱き上げて店の中に入っていく。

 パタリと扉が閉まる音をきっかけに、小さく溜め息を吐いたマスターがおもむろに宣言する。

「さあ、皆! せっかくだからつき立ての餅を楽しもう!」


 わっと盛り上がると、何事もなかったように餅を食べ始めた参加者たち。

 イベントはまだ始まったばかりである。


 その後、しばらくして出てきたゆかりと和樹。もちろん和樹はしっかり服を着ているが、ゆかりに叱られなければ褌一丁でい続けたかもしれない。

 周囲の参加者と交流しつつ、ゆかりにベタベタと引っ付き続けながらあーんで食べさせてほしいとゆかりに強請り続ける和樹の姿に参加者が何を思うのか……聞かぬが花というものだろう。

 ご無沙汰しておりました。


 子供たちのはじめてのおつかい書きたいなぁと思いながら全然関係ないある映像を見ていたら、褌一丁で楽しそうに餅をつく和樹さんというアイデアが降ってきまして……気付いたらこうなってました。

 無関係で見てる分にはいいんですけどね。


 これで和樹さんが味を占めなきゃいいなぁと……はい。

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― 新着の感想 ―
[一言] おとーさん大好きっ子たちも逃げる、褌一丁和樹さん(笑) なぜにそうなった?
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