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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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534 景品ゲットはこのためか

 ちょっと時期外れですが、新婚時の夏のお話。

 高く伸びのある笛の音や力強い太鼓の音、賑やかな声が少し遠くから響いてくる。緩やかな坂に等間隔で立つ電柱と電柱の間には提灯が飾られていた。


 この先にある神社ではお祭りが行われている。そのお祭りにゆかりと行く予定で、和樹はこの場所で待ち合わせしているところだ。最初は家まで迎えに行くと申し出たのだが、準備があるし会社から家に寄ってもらうより待ち合わせした方が早いからと断られ、神社近くのこの場所で彼女のことを待っているのだ。


「それで、なんでここにいるんですか」

「祭りがあると聞いたからな。折角だから覗いてみようかと」

「日本のお祭りは初めてだワ! すごく楽しみにしてたのヨ!」

「いや、そういうことを聞いているんじゃない。なんでここに、僕の近くに、いるんですか」

「おや。ここに居ては問題があるのか?」

「大ありです。休暇なぞさっさと終わらせて日本からとっとと出ていけ」

「あら! 私はただアナタのガールフレンドに会いたいだけヨ」

「それはそれは、すぐさまここから離れてくれませんかね」


 そんな和樹の元に、全然話が嚙み合わないふたりがやってきたのは今から五分ほど前のこと。

 突如現れた見覚えのあるふたりはなぜか挨拶だけで終わらず横に並んできたかと思えば、和樹の待ち人を見たいとこの場に留まったのだ。神社の駐車場は関係者の車でいっぱいで、和樹は車をこの近くにあるパーキングに停めている。彼らも同様にそこまでは車で、神社までは歩きでいくつもりでこの道を通ったのだろう。


 神社に続く道は裏通りと今和樹たちがいる表通りのふたつしかない。目的が同じであれば遭遇する可能性は高いのだが。それにしてもなんでこいつらこのタイミングで日本にいるんだよ、とこれ見よがしにため息をついた。

 久しぶりのデートだからふたりで楽しみたい。最初から最後まで彼女を独り占めしたい。こいつらがいると彼女とイチャイチャできる時間が減ってしまう。問題しかないじゃないか。


 不機嫌を隠さずに眉を顰めても、ふたりはお構いなしに和樹の横に立っている。

「暑いワネ」

「自販機で何か買うか」

 なんていう会話が聞こえてきて、それならさっさと神社に行ってラムネでも飲んでいればいいだろと思った、ところで。

 道路を挟んでお店が立ち並ぶ、斜め向かいの酒屋の隣。可愛らしい桃色の花が描かれた浴衣を身にまとう彼女の姿が見えた。今来たというより、少し前からそこに立っていたのではないかと思わせる立ち姿。和樹が目を向けた瞬間に、明らかに肩をびくりと揺らした。やっぱり今来たばかりではなさそうだ。なぜ、そんな離れたところにいるのだ。


 疑問に思いつつ、とにかくたった数メートルの距離を迎えに行こうとすれば彼女が慌てた様子で踵を返した。

「ゆかりさん!」

 和樹は車が通らないことを確認して通りを大股で渡り、逃げようとする彼女の背中を追いかける。といっても相手は浴衣を着ているから小股でしか進めず、カランコロンと子気味のいい音を立てる下駄ではうまく走れないようで簡単に腕を取ることができた。転ばないように気を付けながらも自分と比べて小さな体をこちらに引き寄せる。


「どうして逃げるんですか」

「いやだって、その……」

 腕の中に捕えた彼女はもごもごと口の中で言葉を転がし、視線が忙しなく左右に動いている。その様子から隠し事をしているのは明らかだ。何を隠しているのだろうか。もしかして足が痛いとか、体調が悪いとか。それなら逃げるような真似はしない気がするけど。


 もしかして他に一緒に来ているやつがいるとか。それこそありえない理由だとは思ったが、逃げられた事実が結構ショックで掴んだ腕に力が入ってしまった。誰にも渡したくない一心で彼女の背中に腕を回して自分の方へと強く引き寄せる。どこにも行けないように腕の中にがっちり閉じ込めれば、反対にぐぐっと胸元を押し返されてしまった。


「わ! 人が見てるのに、離してください!」

「嫌です、誰にも渡さない」

「えっ!? ちが、何か勘違いしてません!?」

「じゃあなんで逃げるんですか」

「だってイケメンと美女が並んでるんですもん! 平凡オブ平凡なわたしが近付けるわけないですよ!」


 彼女が顔を向けた先。そこにはまだあのふたりが立っている。

 この間にいなくなればいいと頭の片隅で考えていたので、思い通りにならない現実に思わず舌打ちしてしまう。それに気付かないのか、ゆかりはちらちらとふたりにまだ視線を送っていた。

 あのふたりが和樹の知り合いであることは明白で、彼女のいうイケメンと美女というのは乾とステファニーのことだろう。イケメン、はたぶん自分にもかかっている言葉だけど、他の男もそう評価するのは面白くない。

 というか、なんでそんなに自己評価が低いのだ。僕の最愛(ゆかりさん)は世界一可愛いのに。夫の欲目だとしても、喫茶いしかわの看板娘にはファンが多いのも事実だというのに。


「何言ってるんですか、行きますよ」

 しっかりと手を繋いで、今度はふたりで通りを渡る。ゆかりの歩調に合わせながらも彼らに近付き、とにかく挨拶だけしたらさっさとあのふたりには離れてもらおうと心の中で呟いた。


 そんな和樹の内心など知らないゆかりがぺこりと頭を下げれば、ふたりもまた軽くお辞儀を返す。自分以外に意識が向いているのがちょっと気に入らなくて繋いだ手に少しだけ力を込めた。


「ふふ、こんばんは」

「やあ。会うのは三日ぶりかな」

「は!?」

「あら、アナタ、会ったことあるの?」

「ああ。喫茶いしかわのコーヒーを気に入っているんだ」

「待て。どういうことだ。聞いてないぞ、そんなこと」

「言ってないからな」

「ふざけるな、来るな、二度と!」

「あ! 和樹さんだめです! 大事なお客様ですよ!」

「でも、だって、僕は一週間ぶりなのに」


 その前にこいつと会っているなんて客だったとしても気にくわない。今だってふたりきりを邪魔されているのに我慢ならないと眉間にしわを寄せれば、口を尖らせた彼女に頬をぎゅっと抓られてしまった。さっきまでの逃げ腰の彼女はどこに行ったのか。すっかり調子を取り戻している。


「わがまま言わないの、和樹さん」

 めっと年下の彼女に怒られてしまう。情けないけどうれしいなんて思ってしまってゆるゆると口端が持ち上がった。そしてそのまま彼女の肩に額を押し付けて、華奢な体をすっぽりと腕の中に収める。


「うん。ごめんね」

「わかったならそれでいいんです」

「ありがとう。それとゆかりさん、すっごく可愛い」

「えへへ。ありがとうございます」


 ぐりぐりと額を押し付けていれば、横から視線が痛いほど刺さってくる。その正体がなにかなど知っているけど、むしろ居たたまれない気持ちになってここから去れと思っているのだ。早くいなくなれと強く念じる。

 けれど遠ざかるような気配はなく、むしろわざとらしい咳払いがその場に響いた。それに連動して彼女の体がぴくりと揺れる。


「っ! 和樹さん、離れて!」

「えー、やです」

「見せつけられているこっちの身にもなれ」

「見せつけているんです。わかったら、さっさとどこかに行ってください」

 少しだけ顔を横に向けて、呆れたような顔をしているふたりを睨みつけたのだった。




 で、どうしてこうなった。

 普通はさっきのやり取りを間近で見たなら別行動になるものじゃないのか。


 和樹の思いとは裏腹になぜか四人は一緒に神社内を歩いていた。しかもステファニーとゆかりが仲良く並び、乾と和樹はふたりの後ろをついていく形だ。

 気にくわない。心底気にくわない。ふたりきりで楽しみたかったのに、こっちの気持ちを汲み取れよと隣の男を睨みつければ、ちょうど乾も和樹の方へと振り返った。


「あれ、楽しそうだな」

「は?」


 くいっと顎で指した先には射的の文字。定番のキャラメルやチョコレート、ぬいぐるみに最新ゲーム機。ずらりと景品が棚に並んだ出店だった。

 ああ確かに。この男の気を引くものかもしれない。そう思ったのと同時に前を歩く、明るい金糸を揺らしたステファニーが振り返った。


「ワォ! あれ、やりましょうヨ」

 指差す方向には射的の出店。なるほど趣味の合う二人ということか。流れるように四人は射的の出店に足を向けたのだった。




「で、結局こうなるのよね」

「ふふ。盛り上がってますね」


 はじめは乾とステファニーが並んで射的を楽しんでいたのだが、気付けば乾と和樹が白熱した戦いを見せている。あまりに的確に、バシバシと的に弾を当てるのでギャラリーが増え半円形に囲まれていた。しかもふたりは整った顔立ちにまるでモデルのようなスタイルで、女の子の視線を掻っ攫っている。おそるべしイケメンパワー。ゆかりはじりじりと後ろに下がっていた。


「ユカリ、どこ行くの?」

「いやなんか燃えそうなので……」

「燃える? 火なんてないわよ」

 薄い水色の瞳を瞬かせてステファニーが不思議そうにゆかりを見ている。


 ステファニーさんも美人さんだから視線を集めちゃうんだよなあ。居たたまれない、と頬を引きつらせながら笑みを浮かべれば「わっ!」と場が一層盛り上がった。なんだと思わず出店のほうを振り向けば、大きなねこのぬいぐるみが棚から落ちたところで、射的のおじさんがちょっと泣きそうな顔をしている。


「エクセレント! でもそろそろ止めたほうがいいわネ」

「そうですね。さすがにおじさんが可哀想……」


 炎上の二文字を忘れてしまうほど、射的の棚ががらんとしてる。これはまずい。商売にならなくなってしまうと慌ててふたりの元へと向かって、ゆかりはワイシャツの裾をくんと後ろに引っ張った。その隣では乾がぱしりと背中を叩かれている。


「和樹さん、そろそろやめましょう?」

「さすがにやりすぎだワ」


 その言葉に一番反応したのは射的のおじさんだ。なんとなく申し訳なくてゆかりはぺこぺこ頭を下げて、こんなには持っていけないからと景品の七割ほどは返す。そもそもこの二人は景品を取ることより当てることだけを楽しんでいる。たぶん自分たちがどれだけ景品を取ったかなど気にしていないのだ。

 それでも和樹が嬉しそうに大きなねこのぬいぐるみを渡してくるので、ゆかりはお礼をいってその大きなぬいぐるみを抱きしめたのだった。




「あ、ゆかりさんかき氷食べますか?」

「チョコバナナありますよ」

「りんご飴も食べたいって言ってましたよね」

「焼きそばも食べましょう」


 大きなぬいぐるみで両手が塞がっているゆかりに、和樹がすごく嬉しそうに食べ物を差し出してくる。餌付けされている気分だ。

 もしかしてねこのぬいぐるみで手を塞いで、甲斐甲斐しく世話を焼くためのアイテムとして渡されたのだろうか。さきほどまで隣を歩いていたステファニーと連れの乾はいつの間にか姿が消えている。


 ちらりと彼を見上げれば、それはもう楽しそうだ。ううーん。でもまあ和樹さんが楽しいならそれでいっか。


 ゆかりは考えることをやめて冷凍パインを食べるために大きく口を開けた。

 ねこぐるみは高さ35センチくらいの普通に抱っこできるサイズです。射的の景品だし。でもゆかりさんが片手で抱えて人混みをズンズン歩くのは厳しいサイズ。

 お家に帰るとでっかいくまぐるみのお腹に抱えられるポジションが定位置になります。


 最初はうさぎにしようかなと思ってたんですが、にゃんこの日なので。えへ。

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